|
"To-morrow"(August 2011 in Tokyo)
設楽 靖子
短編小説「明日」の執筆事情とあらすじ(執筆:社本雅信)
「明日」‘To-morrow’ 1902年8月『ペルメル・マガジン』に掲載され、1903年短編集『台風、その他の物語』に収録された。1904年、コンラッドはこれを『もう一日』というタイトルの一幕物の戯曲に仕立てた。
やもめ暮らしのハグバード船長は隣家のむすめベッシー・カーヴィルを気に入っている。船長は、15歳で家を飛び出した船乗りの息子が「明日」帰り、ベッシーと結婚することを期待して、家具調度品をそろえるのに余念がない。
そんな中、息子のハリーは16年ぶりに帰宅するが、遊ぶ金を無心するために立ち寄ったに過ぎず、船長は息子を目の当たりにしながら息子と認めようとしない。ハリーは、父がベッシーと結婚させたがっていることを知り、再び放浪の旅に出る。視力を失った父を世話する日々に明け暮れ、ハリーに嫁ぐ日を心待ちにしていたベッシーは、結婚の夢破れて絶望の淵に沈む。船長はひたすら息子の「明日」の帰宅を信じつづける。
研究会報告(執筆:設楽靖子)
「明日」という言葉で結びつけられたCaptain
Hagberdと隣家の娘Bessieの日常の中へ、「明日」を具体化することを期待された放浪息子(と思われる)Harryが16年ぶりに現れるが、待たれた「明日」は訪れないまま、Harryは去っていく。今回の読書会では、気鋭の新メンバー2人を加えて、Captain
HagberdはHarryを息子と識別していたかどうか、という話題からディスカッションが始まったが、Oxford
Reader's Companionで"an unduly neglected tale"と記述されたこの作品に対しての有効なアプローチになったと考える。
この短篇"To-morrow"
(1902)について、戯曲版One
Day More (1904; 初演 1905)と合わせ読んだうえでの感想も話題となった。
その際に参考となる文献として、戯曲をAppendixとして所収し、しばしば引用されるPaul
KirschnerのIntroductionを収めたペンギン版Typhoon
and Other Stories (1990)と、舞台化されたコンラッド作品を詳細に検討したRichard
J. Hand, The Theatre of Joseph Conrad: Reconstructed Fictions (Palgrave,
2005)の2冊が紹介された。
なお、『現代世界戯曲選集---イギリス篇』(白水社 1954)には、J. ジョイスやN.
カワードらの作品と合わせて「ある一日」が翻訳掲載されている。この古めの選集からは、日本でも戯曲として評価されてきた経緯が窺える。
今回"To-morrow"を取り上げたきっかけの一つは、前回6月の会で紹介された1冊に朱牟田夏雄他編注Prince
Roman and To-morrow (金星堂 1959)という注釈書であった。 50年前に大学教材用に作られた注が現在の精読・読解にどのように役立つかは利用者次第であるが、少なくとも筆者にとっては、たとえば幾つかの単語がオーストラリア英語であることの指摘はローストフトからオーストラリアへというコンラッド自身の記憶を連想させるものとして参考になった。
設楽靖子
戻る
|