小川 誠
科学技術振興事業団「さきがけ研究21」および 早稲田大学教育学部
〒169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1
e-mail : makoto@mn.waseda.ac.jp
|
1.はじめに 2.粘土を使った光/電子材料 3.環境、エネルギー問題に関連して 4.粘土と高分子の複合材料 5.触媒、分離機能 6.粘土の改質 7.粘土に倣って 8.まとめ |
1.はじめに
粘土は千の用途を持つ素材といわれ、古くからセラミックス原料などとして非常に広く利用されており、また猫砂や廃棄物処理における利用など新しい応用も開けてきている。ここではまだ実用化されてはいないが、次世代の材料として粘土が期待される分野について、特に粘土のもつ性質を利用して粘土に新しい機能を付与する試みを紹介する。
近年エレクトロニクス,フォトニクスなどの分野では技術の進歩により素子の軽量,小型化が行われてきた。しかしながら原理的にこれ以上の小型化は困難な状況にある。そこで発想を転換し物質の構成単位である分子や原子を操作し素子を作ることが考えられ始めている。このような発想を基にえられる物質は、分子素子,生物素子などと呼ばれ、従来のテクノロジーでは到底到達できない機能を持つ可能性がある。自然界では生物の営みそのものがさまざまな複雑な反応を分子レベルで有効に行うシステムを持っており,これを模倣する化学ということから生体模倣化学(biomimetic chemistry)と呼ぶ分野も確立した。例えば植物が行う光合成の反応を人工的に行うことができれば、二酸化炭素から有機化合物を作ることが可能となり、化石燃料に頼っている物質科学が大きく変わる可能性が期待されるのである。
このような考え方において重要なのは目的の機能を持つ化合物を設計する(分子設計)こととこれを適当な形に並べる(組織化)ことである。後者において粘土の表面が有効に利用できる可能性がある。分子はナノメートル(10−9メートル)程度の大きさであり、これを操作して個々の機能を利用できれば現行の素子を格段に小型化できることが理解できるであろう。粘土は厚さ1ナノメートル程度の構造単位を持ち、その中には分子を並べることができる空間があり,通常は水分子やナトリウム,カルシウムイオンなどが存在している。これらを他のイオンと置き換える反応や電荷を持たない分子が層間に侵入する反応はインターカレーションと呼ばれる。(語源はカレンダーに閏を入れるという意味である。図1参照)この反応を利用して粘土を使って分子を並べることが期待されるのである。泥水(粘土が分散した状態)とある種の化合物を混ぜるだけでナノメートル次元で反応が起こり,自発的に分子が並んでいくのである。ひとつの分子を操作することは簡単ではないが、粘土表面の特性を利用してナノメートルの厚さを持つ粘土層の表面に有機化合物を配列させることがビーカーやフラスコを用いた化学実験でできるのである。ナノメートルの大きさの分子一つ一つの動きはもちろん実際に見ることはできないが、適当な分析装置を使うとその様子をある程度知ることができる。またこの反応によって粘土の性質が大きく変化することも多く、反応の進行を視覚的にも認識できることも多い。
無機物と有機物を分子レベル(ナノメートルの大きさ)で複合化した材料は無機有機ハイブリッドと呼ばれ、グラスファイバーを樹脂と複合化させたFRP(Fiber Reinfored Plastics)など実用化されているものも多い。また真珠は炭酸カルシウムという無機化合物と有機化合物の複合化することにより独特の真珠光沢を呈することが知られている。このように様々な無機物と有機物を複合化させることによってそれぞれ単独では実現できない機能を持つ素材を作り出すことが期待できる。粘土と有機化合物の複合化によって得られる無機有機ハイブリッドはナノメートルの厚さを持つ粘土層とゲストとなる化合物との分子レベルの複合材料である。以下粘土の層間に有機化合物を配列させることによって造ることが期待されている材料についていくつかの例を紹介する。
2.粘土を使った光/電子材料
光があたると色が変わる現象のことをフォトクロミズムという。室内では透明であるが野外の明るいところで着色するサングラスに応用されている現象といえば馴染みのある方も多いであろう。このような反応を利用して,光記録材料,光を刺激として機能する光応答材料をつくる試みが行われている。フォトクロミズムを示す化合物について、繰り返し安定に用いるための耐久性の向上、用途に応じた応答速度、動作環境(温度や湿度)、などの現実的な要求に応じた工夫がその実用化のために必要である。フォトクロミズムを示す有機化合物を透明な固体に分散固定した材料はこれらの要求を満たす可能性がある材料として期待されている。透明な固体としてはガラスや高分子材料がその高い透明性からよく研究されているが、粘土を固体媒質として用いる研究が行われている。粘土の層間に多様な化合物が侵入できること、また粘土自身は基本的には可視光領域(人間の肉眼で感じる光;波長でいうと350から800nm)に吸収を持たないことがこのような研究を可能にしており、実際粘土の層間に様々な色素を取り込んだ層間化合物が合成され、粘土の層間で色素が光照射により変色する(光化学反応する)ことがいくつかの層間化合物で確認されている。図2に用いられた色素の構造と光化学反応を示す。
また光化学ホールバーニングと呼ばれるさらに次世代の光記録法として知られる現象があり、ここでも光を吸収する化合物(色素であったり、希土類金属イオンであることが多い)が固体媒質に分散した材料が必要とされる。(図3)そこで粘土を固体媒質として利用することが試みられ、粘土と色素の層間化合物において光化学ホールバーニング現象が実際に観察されている。色素分子を孤立させて固定化することが要求されるため、粘土層間に柱を建てたピラードクレイをあらかじめ調製し、その細孔に色素(図2参照)を取り込んだ層間化合物が設計された。(図4)このピラードクレイを担体に用いて波長変換機能を持つ層間化合物も合成されている。(図4)
レーザー発振用色素と粘土のイオン交換によるインターカレーションが試みられ、吸着量と蛍光挙動との関連から、層間での色素の吸着状態が検討された。色素の層間での配列を制御することにより、発光挙動を制御することが可能となっている。まだ粘土と色素の層間化合物で実際にレーザー発振に成功した例はないが、最近になってゼオライト(沸石)の包接化合物でレーザー発振に成功したことが報告されている。色素レーザーの発明によって、分光物理化学の研究には大きな進展が見られた。現在市販されている色素の溶液を使う色素レーザーが、固体化されることにより装置構成がかわり、使用環境や性能の向上も期待され、さらなる分光化学の発展も期待されている。層間化合物をつかったレーザー発振が待たれる。
幸いなことに化粧品などへの応用を考えて、天然の粘土よりもより白色度の高い粘土が合成され工業製品としても入手可能となっている。光機能を念頭に置いた研究ではより高い白色度を求めて人工的に合成された粘土が用いられることが多い。いずれの物性もまだ基礎的な評価の段階ではあるがこれらの現象を応用して粘土を用いた次世代の光/電子記録材料ができるかもしれない。粘土を用いた光触媒、粘土修飾電極なども興味ある研究対象である。
3.環境、エネルギー問題に関連して
環境問題における粘土の貢献は他の節でも紹介されているが、ここでは将来的に期待される汚染環境の浄化に用いる材料としての可能性を紹介する。環境汚染に関してその汚染物質を化学的に分類してみると、鉛、カドミウムなどに代表される重金属イオン、ダイオキシンや農薬などの有害有機化合物、放射性核種に分類することが可能である。現在の課題は産業の発展にともない人為的に環境中に放出されたこれら環境汚染物質を濃縮する、または無害化することと、今後環境を汚染しないような農業、工業のあり方を考えることであろう。1900年代後半より公害問題(現在では環境問題)の深刻さが認識され、また放射性廃棄物処理問題も現実的となっているが、粘土の陽イオン交換性を利用して重金属イオンや放射性核種を固定することが試みられた。この際他のイオン交換体と比べて安価、高い安定性、それ自身無害であることなどが粘土の特長である。
一方近年の農薬や工業廃水に含まれる有機化合物による環境汚染に関しても粘土の役割が議論されている。ひとつは土壌の汚染の機構に関することであり、さらにはこれら汚染物質の浄化に関する問題である。工場廃水や廃棄物処理による土壌、水質汚染は深刻であり、ダイオキシンに代表される有害有機化合物をある種の固体に吸着し、濃集除去し,されにはこれを何らかの方法で分解することがこれらの有効な無害化方法の一つとして期待されている。粘土表面に様々な有機化合物が吸着することは古くからよく知られたことであったが,近年の複雑化する環境汚染の中では特定の物質を選択的に吸着する物質がのぞまれている。粘土そのものをこの種の目的に用いる事とあわせて、粘土を後述するような方法で改質し、そのために水中や気相の汚染化学物質を濃集することなどが試みられている。(図5)反応の効率向上や吸着後の無害化などが今後の課題である。
有機化合物を固定する性質を違った点から見ることによって抗菌剤などとしての粘土の利用が考えられている。粘土そのものに抗菌、抗カビ剤としての機能があるのではなく、抗菌、抗カビ機能をもつ化合物を粘土の層間に固定することにより、長時間にわたってその機能を発揮する事、また安定性を向上させることなどが目的である。(図6参照)同様な期待から農薬を粘土の層間に固定する試み等も考えられている。このような工夫によりそれ自身が環境汚染物質である農薬や抗菌、抗カビ剤の使用量を減らすことも期待できる。
4.粘土と高分子の複合材料
さて以上の例は粘土を用いて有機化合物を並べることによって新しい機能を持たせる研究例であるが、ここからは粘土を少し混ぜると性能が向上する材料について紹介しよう。
繊維,食品など私たちは人工,天然を問わず様々な高分子材料を利用している。高分子材料は軽量、安価,加工性、耐久性に優れるなどの特長を持つことから衣類,包装材料から人工臓器、構造材料まで様々な分野で利用されている。現在応用されている分野ではその性能の向上が,また新しい応用の可能性の探求が行われているが,その中で高分子材料に粘土を少量混合することいより性能が向上することがある。1980年代にナイロンに粘土を少し混ぜるとその強度が向上することがユニチカ、トヨタ中央研究所の研究者により報告され、自動車部品の材料などとして実用化された。日本におけるこの成功をきっかけに、様々な汎用樹脂に粘土を混合することによってその機能を向上させる試みが世界各国の高分子材料メーカー,材料メーカー、研究者をまき込んで行われるようになった。ナイロンと粘土との複合材料の成功に始まって、ポリイミド、エポキシ樹脂、ポリオレフィンなどとの複合材料が単に混合するだけなく分子レベルの複合化を目指して研究されている。複合材料では、単に強度が向上するのみではなく透明性が向上する,ガスの透過性が低下する例も報告されている。食品包装用材料として利用する際には、ガス透過性の低下は保存性を高める効果となる。価格の安い粘土を少量添加することで実用上有効な性能の向上が実現できることには大きなインパクトがあり、現在も内外の化学系企業が高分子と粘土の複合材料について実用的な見地から盛んに研究を進めている。
5.触媒、分離機能
粘土は触媒としても古くから利用されている。有機合成化学の進歩によってきわめて多様な化合物が合成できるようになり,医薬品,染料などの多様性が各段に広がっていることは日常生活においても十分感じられることであるが、これらの合成に触媒は欠くことのできないものである。さらに新しい化合物の合成や特定の化合物をより効率的、選択的に合成するための触媒が求められている。粘土特に酸処理により得られる粘土(酸性白土、活性白土と呼ばれることもある。)は古くから触媒として広く用いられているが、最近でも他の触媒では合成しにくい化合物の合成などへの利用が計られている。通常非常に収率の悪いポルフィリンの合成における酸処理粘土触媒の有効性は、粘土表面の構造や特性を意義づける重要なものである。
また粘土の吸着能力を利用して粘土に分離機能を持たせる試みもある。クロマトグラフィーの担体として粘土および粘土層間化合物が使われている。光学活性な化合物を担持することにより、生命化学的にも有用な光学分割や不斉合成への適用も可能である。
6.粘土の改質
以上紹介したような応用のために粘土をそのまま用いることもあるが、まずこれを精製してより純度を高めて用いることが多い。さらには粘土の表面の性質を改質することもある。この改質の方法として以下に述べる方法を紹介する。
ピラー化粘土
粘土の層間の陽イオン交換反応を利用して層間に金属錯体を導入しこれを熱処理して酸化物の柱を立てる反応により、新しい多孔質材料が得られる。このようにして得られる多孔質材料をピラー化粘土と呼び、他の多孔質材料にはない細孔構造から注目を集めている。最近では粘土以外の層状物質についても同様なピラー化が試みられている。
有機修飾粘土
粘土層間の陽イオンを有機アンモニウムイオンとイオン交換することにより粘性や分散性、吸着特性などが大きく変化する。得られる有機修飾スメクタイトの特性は用いる有機イオンによって大きく影響を受ける。最も広く用いられている有機アンモニウムイオンは陽イオン性界面活性剤イオンであり、イオン交換した粘土は水に膨潤せず、有機溶剤に膨潤することからorganophilic clay(親油性粘土)と呼ばれる。)陽イオン界面活性剤としては長鎖アルキル基を有する一級から四級のアルキルアンモニウムイオン、アルキルピリジニウムイオンなどが用いられる。一方サイズの小さい有機アンモニウムイオンとの交換反応を行うと有機アンモニウムオンが柱となって層間が三次元化されたピラー化粘土となる。(図4参照)これらについては古くからその吸着特性が広く研究され、イオンの種類、シリケ−ト層の表面電荷密度などが吸着特性に及ぼす影響が検討されている。粘土の電荷密度により図7に示すように層間での配向が変化し、同様な変化は界面活性剤の構造を変えることによっても実現できる。これら層間化合物は構造の違いだけでなくその性質も異なっている。また界面活性剤で疎水化した粘土は製品として入手することも可能である。入手先については“粘土とともに”(古賀、共立出版)に詳しいので参考にしていただきたい。
7.粘土に倣って
粘土を用いた研究に触発されて他の層状物質を用いて同様の研究が盛んに行われている。天然にも算出する鉱物で合成可能なものに層状ポリケイ酸塩、層状複水酸化物などがあり、またリン酸塩やチタン酸塩のイオン交換もよく研究されている。これらはもともとの性質が粘土と違っていることから、粘土では実現できない物性が見られているものも多い。しかしながら粘土と違って安価に入手することは難しく、より付加価値の大きいもの(学術的にも工業的にも)を求める必要がある。生化学分野や希少資源にかかわる分野などでの応用が有望であろう。
8.まとめ
粘土はもともと千の用途をもつ素材といわれているが、ここに紹介した新しい展開が実現すればその価値は一層高まる。安価で安定で無害な粘土の利用は、工業的にも有意義であり、環境問題から日用生活品まで様々なところで新しい粘土の使い方が模索されている。しかし粘土も化石燃料などと同様天然資源であることに変わりはなく、資源の枯渇と採掘による自然環境の破壊は現状では避けられない問題である。今後どのような形でこの分野が発展していくのか興味深いところである。