9.海底堆積物中の粘土鉱物
―近海及び遠洋堆積物を例として―

青木三郎
東洋大学経済学部自然科学研究室
e-mail:aokis@hakusrv.toyo.ac.jp


1.はじめに
2.海底堆積物中の粘土鉱物の研究方法
  2.1. サンプルの脱塩処理
  2.2. 粘土鉱物の定性分析
  2.3. 粘土鉱物の定量分析
3.海底堆積物中の粘土鉱物の分布
  3.1. 東京湾及び相模湾と周辺海域の例
  3.2. 大平洋中央海盆底における分布の例
  3.3. ピストン・コアにおける分布
4.あとがき

1.はじめに
  海底堆積物中に含まれる微細な鉱物は、粘土鉱物を主成分としますが、セキエイやチョウセキなどの非粘土鉱物もかなりの割合を占めています。特に陸地に近接する内湾や大陸棚などの近海海底環境は、陸域の地形・地質の影響を強く受けるので、より微細な粘土鉱物より相対的に粗粒な非粘土鉱物が運搬され堆積するからです。最近筆者が調べた西カロリン海域で捕集されたセジメントトラップサンプル中の粘土鉱物と非粘土鉱物の個数%は60:40でした。また、日本海溝底上で捕集された水深の異なるセジメント・トラップサンプル中のその割合もほぼそれに近い比率でした。しかしながら、陸域から遠く離れた遠洋海域では粘土鉱物の割合が多くなる傾向があります。このように、微細な鉱物の大部分を占める粘土鉱物が堆積環境の異なる海底環境でどのような分布をしているか、に関心が持ち始められたのは我が国では第二次世界大戦後で、実際に海底堆積物中の粘土鉱物の研究がスタートしたのは1950年代でした。今日では、深海底掘削計画により採取された長さ2,000m以上のドリル・コア中の粘土鉱物の研究も活発に行われてきています。この解説では、筆者自身が参加した研究航海時に採取された近海及び遠洋底堆積物中の粘土鉱物の分析例を紹介します。

2.海底堆積物中の粘土鉱物の研究方法
2.1. サンプルの脱塩処理
 海底堆積物は海底の表層はもとより海底下数100mでも、採取時に海水と接触する可能性があります。従って、海底堆積物中の粘土鉱物研究の第一歩は海水による汚染を除去することつまり脱塩処理を最初にしなければなりません。通常は蒸留水中でサンプルを数回洗浄させるだけで十分ですがこの場合、鉱物粒子の分離をよくするために分散剤を使用することもありますが、化学薬品を使用することを考えると目的によっては使用しないほうがいいでしょう。また、分析するサンプルの粒度は、研究対象が粘土鉱物であれば2ミクロン以下で統一されていると考えてよいでしょう。

2.2. 粘土鉱物の定性分析
 表1に海底堆積物中の粘土鉱物をX線分析によって定性的に研究する方法のフローチャートを示しました。この方法は生沼・小林がすでに1950年代から実施しています。初心者はこの方法の実践を是非試みて欲しいと思います。基本的には、X線回折法が主な分析手法ですが、海底堆積物のように多種類の粘土鉱物を含むサンプルではそれ以外の方法で確認することも必要です。例えばカオリンが少量混在するサンプルで、X線分析ではカオリンの同定が難しい場合でも赤外吸収分析法によってカオリンが同定されます。従いまして、X線分析方法以外の分析手段によってさらに確実な判定を試みることが必要です。最新の定性分析手段として分析電子顕微鏡による方法があり特に、化学組成分析には優れた分析手法であります。

2.3. 粘土鉱物の定量分析
 海底堆積物中の粘土鉱物の定量法にはX線回折法が使用されています。我が国ではSudo ら の方法が、欧米ではBiscayeの方法が採用される傾向があります。ガラス版に塗布された半定方位サンプルを使用します。化学処理や熱処理されていない未処理サンプルには基本的にはチャート紙に17、15、10、及び7Åに粘土鉱物による回折線が出現します。これらの回折線は単独の粘土鉱物によるピークではないので、これを分離・処理する必要があります。そのために、化学処理や熱処理をした別のサンプルを用意します。結果として得られた各粘土鉱物のピーク面積が求まります。合計ピーク面積の値を100%として、各粘土鉱物の相対量、含有率を決定します。この場合、粘土鉱物のピークには、各粘土鉱物の吸収特性によって係数をかける必要があります。Oinumaによれば、スメクタイト、クロライト、イライト、カオリナイトの4種類の粘土鉱物が混在している場合には、スメクタイトは1/3.6倍する必要があります。これは等量存在している粘土鉱物の反射ピークではスメクタイトのピークは他の3種類の粘土鉱物よりも3.6倍強く反射されるからです。このようにして得られた各粘土鉱物の含有率を分布図に表します。以下に、東京湾及び相模湾周辺海域の近海海底堆積物と太平洋中央海盆の遠洋底堆積物の分析例で説明します。

3.海底堆積物中の粘土鉱物の分布
3.1. 東京湾及び相模湾と周辺海域の例
 図1に東京湾及び相模湾から房総半島周辺海域にいたる表層海底堆積物採取地点と同海域の表層海流分布図を示してあります。また、図2に海底堆積物中に含まれていました4種類の粘土鉱物含有率の分布パターンを示しました。次に各粘土鉱物の含有率の分布パターンを見てみます。
 スメクタイトの分布は、東京湾と外洋域では明らかな差異が認められます。すなわち、東京湾内では湾奥部から湾口部へ含有率が高くなっていて、湾口部では最も高くなっています。また、房総半島東海岸沖でも若干含有率が高くなっています。これにたいして、相模湾内や大島周辺海域では含有率は最も低くなっています。このスメクタイトの供給源を知る手段として、東京湾と相模湾内へ流入する周辺陸域の河川底堆積物中の含有率を調べてみました。2図が示すように、東京湾では、湾奥部の河川からの供給はほとんどなく、房総半島西岸や三浦半島からの供給を暗示しています。一方、相模湾内への供給源としては伊豆半島東岸や三浦半島西岸域からの供給を強く示していますが、湾内の低い含有率と矛盾した結果となっています。
 クロライト含有率の分布パターンは、スメクタイトの分布とは対照的なパターンを示しています。すなわち、東京湾内では湾奥部の含有率が高く、湾口部では最も低くなっています。相模湾内や大島周辺では相対的に高い含有率となっています。河川堆積物中の含有率では、東京湾湾奥部の河川で含有率が高いのに対し、房総半島西岸の河川堆積物中では低い値となっています。相模湾内に流入する河川堆積物では、湾奥部の河川では、高い含有率を示すのとほとんど含まない河川もあり一様ではありません。また、伊豆半島東岸から相模湾に流入する河川堆積物は相対的に低い含有率かほとんど含んでいません。
 イライトの含有率は、東京湾と相模湾及び周辺海域でも最高の含有率を示しいます。東京湾内では、湾奥部で高い含有率を示したのに対し、湾口部では逆に低い値を示しています。つまり、クロライトの分布パターンと同じ傾向を示しています。河川堆積物では、房総半島西岸域よりも湾口部側で相対的に高い含有率を示しています。相模湾及び大島周辺域ではほぼ全域で高い含有率を示しますが、周辺の河川堆積物中のクロライト含有率は多様な値を示しています。
 カオリナイト含有率の分布パターンは、含有率の高低は小さいのですが全体的にスメクタイトのパターンに近似しています。すなわち、東京湾内では、湾口部で含有率が高く、湾奥部で低くなっています。10%以上の含有率を示すのは、湾口部に集中しています。周辺の河川堆積物中でも特に高くも低くもありません(12%〜4%)。相模湾及び大島周辺海域では、1地点を除き10%を超えることはありません。周辺の河川堆積物中では、伊豆半島東岸域の河川堆積物で相対的に高い含有率(10%以上)を示しています。
 以上述べてきた海底及び河川堆積物中の各粘土鉱物の分布パターンから読み取れる、粘土鉱物の含有率と分布に影響している環境因子についてみます。海域に運ばれた粘土鉱物の分布に影響する第一の重要な因子は海流の流向と速度です。図1に示したように海流の分布では、東京湾内は1ノット以下の海流が湾口部から湾奥部へ流れ、また湾奥部から湾口部への流れが認められます。一方、相模湾内では1ノット以下の流速ですが、湾央部から大島周辺では1ノット以上の流速が認められます。これは黒潮の影響によるものと考えられます。これらの海流の影響は、東京湾では、スメククタイトが湾口部で含有率が高くなっていることと関係がありそうです。つまり、周辺河川から運搬されたスメクタイトは、流れの緩やかな海域で沈殿しやすくなります。これにたいして、イライトやクロライトは比較的粒度が大きいので、流速が速い海域でも沈殿する傾向があるようです。
 次に周辺陸域の地質との関係を見てみます。東京湾や相模湾を囲む周辺陸域の地質は、第三系及び第四系の堆積岩及び堆積物を主としています。また、東京湾に流入する荒川上流には変成岩も分布しています。さらに、相模湾の西部には、伊豆半島の第三系及び第四系の火山岩同火山砕屑岩が分布する地域を流れる河川が流入します。従って、東京湾や相模湾内には、これらの地質特性に由来した粘土鉱物が周辺陸地から搬入されることが考えられます。主な堆積岩類や堆積物からはイライトやクロライトが、火山岩及び火山砕屑岩類からはスメクタイトやカオリンが、また変成岩類からはクロライトが主に河川を通して海域へ運搬されていると考えられます。この場合、河川の大きさ、つまり流域面積や排水量も影響因子として重要です。

3.2. 大平洋中央海盆底における分布の例
 図3に大平洋中央海盆底の底質分布とサンプル採取地点を示してあります。底質は、珪質軟泥、珪質・石灰質軟泥、石灰質軟泥及び褐色粘土の4種類です。海底地形の特徴として、北部にいくつかの海山群が分布しています。海底堆積物はオケアン型サンプラーによって採取され、その最上部5cmのを部分を分析に供したものです。分析に供したサンプルは粘土鉱物の回収が出来なかった石灰質軟泥を除く3タイプの底質から採集されたものです。図4には代表的なサンプルの未処理、各種処理したX線回折パターンが示されています。同定された粘土鉱物は近海堆積物中と同じ4種類ですが、セキエイ、チョウセキ、カルサイトが非粘土鉱物として含まれていることが判明しました。

 図5には同定された4種類の粘土鉱物の含有率分布を示してあります。含有率の高い方から、イライト(58%〜16%、平均40%)、クロライト(38%〜13%、平均26%)、スメクタイト(59%〜10%、平均25%)、カオリナイト(10%〜5%、平均9%)の順です。本研究海域のように北大平洋の中緯度ではイライトが高含有率を示すことはこれまでの研究結果から明らかにされてきました。これは、中央アジア大陸の砂漠地帯から大気運搬されてきたイライトによるものと考えらています。一方、4種類の粘土鉱物で最も低い含有率のカオリナイトが10%以下であることもこれまでのデータと調和的です。当海域の北部側で採取された広範囲な地点の分析結果もこれと同様な結果が見い出されました。一方、スメクタイトの含有率では、4地点のサンプルのなかで3サンプルが最も高い含有率(59〜51%)を示しています。この地点の底質はいずれも褐色粘土です。海洋底では、赤色粘土や褐色粘土に高いスメクタイトの含有率を示すことが知られていますが、その理由として、これらの粘土は火山性粘土から構成されていることが多く周辺の海底火山活動に起因することが指摘されています。含有率が高いサンプルがいずれも海山に近接していることを考えますと、そのことが裏ずけられているといえるでしょう。

3.3. ピストン・コアにおける分布
 図5に図3と同じ大平洋中央海盆底の北部海域で採取されたピストンコア中の粘土鉱物組成の分布パターンが示されています。コアの上半分は遠洋性褐色粘土で構成されていますが、下半分は珪質軟泥となっています。コアの長さは5m弱ですが、堆積速度が大変遅いので最下部の年代は数千万年の時を刻んでいて、コアの最下部の年代は地磁気と微化石の研究から古第三紀漸新世であることが判明しています。図6に同コアのほぼ全体の未処理のX線回折パターンが示されています。図はコアの上半分、つまり褐色粘土部分の回折パターンでは4種類の粘土鉱物のシャープなピークが認められますが、下半分の珪質及び石灰質軟泥ではピークの強度も弱まり、15Åのピークなどはブロードになっています。これは軟泥を構成している珪質ないし石灰質プランクトンの遺骸(化石)によって粘土鉱物のピークが弱められてしまうからです。
 粘土鉱物組成の垂直的変化(図7)では、スメクタイトの含有率が下部方向、つまり第三紀においての増加が顕著です。これにたいして、イライトは逆に減少傾向が認められます。このような組成的増減傾向は、同じ海域で採取された他のコアにも認められていますし、大平洋底で採取された多くのコアでも同様な傾向が認められ、古第三紀から新第三紀にかけての大平洋のかなり広範囲で、スメクタイトを供給する地質環境、海底火山活動などが活発であったことを暗示しています。また、X線回折パターンからうかがえるように(例えば、340-342cmの部分ではカルサイトだけのピークとなっている)古第三紀では生物生産活動が同時に活発であったことを示しています。第4紀に入り、地球環境が大きく変わり、地球規模の気候変動、特に寒冷化が発生しそれに伴う、大陸での風化・削剥作用によって砕屑性粘土鉱物であるクロライト、やイライトが大陸から搬入されてきました。これによって、それまで優勢であったスメクタイトはこれら砕屑性粘土鉱物によってその含有率が薄められてきました。この結果がコアの上下に見られる垂直的増減変化となっているのです。

4.あとがき
 本基礎講座で述べてきました海底堆積物中の粘土鉱物の研究法はもっとも基本的な方法です。この方法を踏まえてより新しい方法、技術を修得することが肝腎であることはいうまでもありせん。海底粘土鉱物学研究の将来的問題点については、粘土科学の最新号(青木、2002)に書いておきましたのでそれを参考にしていただければ幸いです。

謝辞:東洋大学経済学部の生沼 郁教授からは日頃から海底土を研究するうえで有益な助言を、また独立行政法人産業医学総合研究所の神山 宣彦部長と篠原也寸志博士からは機器分析使用上の援助をいただいている。
 本報で使用した、大平洋中央海盆底堆積物は、1974年筆者が、通産省が実施した第一回の深海底マンガン団塊の採集調査に参加した時に採取されたものである。相模湾及び周辺海域から採取された海底堆積物は元地質調査所の有田正史博士からまた、東京湾底サンプルは、元東京水産大学の石野誠教授、元東京大学海洋研究所の石塚明男博士から供与されたものである。調査時に参加された多数の通産省地質調査所の方々には多大な便宜を諮っていただきました。本研究を進めるうえで、東洋大学特別研究費(平成14年度)の一部を使用した。以上の方々と研究機関に心から御礼申しあげる次第です。

引用文献
青木三郎 (2002) 粘土科学41, 13-18.