北山淑江
新潟大学工学部化学システム工学科
〒950-2181 新潟市五十嵐2の町8050
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1.はじめに 2.湿度の調節と粘土 3.粘土と金属イオン 4.有機化合物と粘土 4.1 農薬と粘土 4.2 残留農薬の光分解における粘土の役割 4.3 生活空間における有害物質の除去 4.4 機能材料としての粘土(触媒) |
1. はじめに
「地球環境の保全」という言葉をよく使います。地球環境の保全に関しては人間が最大の敵といっても過言ではありません。歴史のうえでは、鉄の精錬に松が使われ、山が丸裸になってしまったとか、鉱山から流れた水により下流で中毒が起こったなど、自然破壊による害は数えればきりがありません。
20世紀後半から、急に石油が燃料以外の用途で使われるようになってから、建材、衣料、日用品、医薬品、農薬などに、いままで自然界には無かった新しい物質(化合物)が登場してきました。これらのなかには、環境汚染の原因となっているものが数多くあります。また、毒性がないと云われている物質でも将来毒性物質となる可能性も秘めています。たとえば、すでに生産も使用も禁止されているのに環境中に残っている分解しにくいDDTやHCHなどの農薬(残留性農薬)、水銀のように工場排水として流され病人がでてから問題となったもの、建材にふくまれる溶剤が原因とされているシックハウス症候群のように新しく便利な材料として使われていた物からの汚染による病気などがあります。
この章では、環境保全のために粘土がどのように使われているかについて述べることにします。
2. 湿度の調節と粘土
粘土鉱物の基本構造は,アルミニウムまたはマグネシウムシリケートがSi-O4四面体の3つの酸素で互いに連結して2次元のシートを形成し、これらのシート(層)が積み重なったものです。一般に層は負電荷を帯びていますので、層と層との間に陽イオンと水が挟まって積み重なっています。粘土は水との親和性がよいので、湿度の高い日本の風土では、土壁として家屋の建築に昔から使われてきました。最近、建物に隙間がなくなり、建物の中に湿気がこもるため「かび」が発生し、健康を害することから、昔から使われてきた土壁、障子紙、木などは湿度を調節する機能をもつ調湿材料として、再び見直されています。土壁は、地方で産出する粘土質の土に藁を混ぜて、熟成し、粘着性と強度をもたせており、乾くとかたくなりますが、もともと粘土でできていますから、空気が湿ってくると、水分を吸着してくれるのです。また、粘土は、周囲が乾いてくると、吸着していた水分を放出し室内の湿度を一定に保ついわゆる調湿作用をもっています。しかし、乾きすぎると粉になって落ちてくるという欠点も持ち合わせています。土壁は、長い工期を必要とするため、最近このような工法は実情に合わなくなっています。そこで、現代の工法に合うように粘土を加工した壁材が開発されました。
アロフェン(1〜2SiO2・Al2O3・nH2O)は、非晶質中空球状タイプの粘土で、吸湿・放湿性があるため、湿度を一定に保つことができます。アロフェンを使ったセラミックスの板が住宅内装材として販売されています(商品名エコカラット)。このセラミックスを25℃、90%の恒温恒湿の箱に入れ、水分を吸着させたのが図1の吸湿の部分です。放湿は、これを25℃、50%の恒温恒湿の箱に入れ変えたときで、湿度が低くなると図1のように水分が急激に放出されていることがわかります。また図2は、調湿作用をしらべるために20℃、湿度60%の恒温恒湿槽に試料を入れて15℃から25℃まで24時間周期で温度変化を行ない湿度の変化を測ったものです。アロフェンを使ったこの壁材は、調湿機能のほかに脱臭機能をもち、シックハウス症候群の原因となっているホルムアルデヒトの除去にも有効とされています。ベントナイト30%とパーライトを混ぜた壁材でも一日周期での湿度の調節ができるという報告もあります。このように土壁に代って、粘土を使った新しい材料が開発されています。
3. 粘土と金属イオン
粘土は、層状で層間に陽イオンが存在します。天然の粘土には、陽イオンとしてNa+やK+が含まれています。この層間の陽イオンは水中で他の陽イオンとイオン交換することができます。また粘土の層間に有機物を挿入(インターカレート)することもできます。
地上にあった化学物質は、水に溶解し、土に浸みこむことにより粘土と接触することになります。粘土と化学物質との相互作用は、粘土の種類や化学物質の種類により異なることはいうまでもありません。有害化学物質を吸着剤を使って除去する場合、吸着剤として使う物質には、いったん吸着した物質が吸着剤から脱離しにくく、なるべく多量に吸着されることが要求されます。
飲料水中の金属イオンを取り除くために、粘土を使った金属イオンの除去に関する研究は数多くなされてきました。水中の金属イオンは、粘土の層間にある陽イオン(H+,K+, Na+)との交換と粘土表面への吸着により取り除くことができます。イオン交換により取り除かれる金属イオンの量は、粘土のもつイオン交換容量(CEC値)を超えることはできないため、粘土1グラムあたり数ミリグラムから数十ミリグラム程度になります。たとえば、NaClで処理して層間をNa+で置換した粘土を用いた場合、粘土1グラムあたりNi2+15.4ミリグラムを取り除くことができます。
水中にある金属イオンは通常2価または3価で存在します。2価の金属イオンの粘土への親和力の強さは、つぎのようになっています。
モンモリロナイト Ca2+>Pb2+>Cu2+>Mg2+>Cd2+>Zn2+
Pb2+>Cu2+>Ca2+>Ba2+>Mg2+>Hg2+
イライト Pb2+>Cu2+>Zn2+>Ca2+>Cd2+>Mg2+
カオリナイト Pb2+>Ca2+>Cu2+>Mg2+>Zn2+>Cd2+
同じモンモリロナイトでも、研究者により順序が異なるのは、粘土の産地、含まれている不純物や粒度にちがいによるものと考えられます。
分配係数Kd=(単位重量の乾燥粘土に吸着された吸着質の量 _g g-1)/(吸着平衡における溶液の濃度 _g dm-3)は溶液中の物質が粘土へどのくらい吸着されるかを示すパラメーターになります。Kdが大きいほど溶液中のイオンを粘土が取り込みやすいことになります。カオリナイトとNaFから合成したNa4-micaのKd(dm3g-1)は、Ba2+(164×10+)≫Sr2+(48.6×103)>Ca2+(6.7×103)>Mg2+(2.1×103)とBa2+が非常に大きい値を示すことがしられています。この物質のSr2+イオン交換容量も200eqiv/100gと非常に高い値をしめします。
表面への吸着は、粘土の粒子系が小さく比表面積が大きいほど多くなるはずです。また、イオン交換の反応速度も速くなるはずです。しかし、水中の金属イオンを取り除く場合、吸着剤の粒度を小さくしすぎると、水中に分散し、回収が難しくなるため、一概に微粒子化により比表面積をふやしたほうが良いとはいえません。また、イオン交換後の粘土の後始末も問題となるため、低濃度の汚染水の処理には、かえって逆効果となる可能性もあります。
金属イオンのなかでも面倒なのがCr6+とAs3+です。通常クロムはクロム酸イオン(CrO42-)として、As3+もpHによってはAsO33-のような陰イオン形で水中に存在するため粘土による除去は不可能とされてきました。クロム酸に汚染された土壌を除去する前の応急処置として、土壌より溶出した6価クロムに汚染された地下水(宙水)を亜炭と酸性白土の混合物を充填した層を通して、不溶性のCr3+に還元し、無害化した例は、酸素酸イオンの粘土による処理に対する一つの方向性を示したものといえます。
4. 有機化合物と粘土
有機物と粘土との相互作用を考える場合、粘土の外表面への吸着と層間への挿入(インタ−カレーション)に分類する必要があります。粘土の外表面への吸着には、表面積、表面電荷や固体酸点・塩基点などが重要な役割を果たします。後で述べるセピオライトと称する粘土には、比較的強い酸点と弱い塩基点が共存しており、吸着剤や触媒担体として興味ある挙動を示します。
粘土層間には、層電荷を補償するため層間にナトリウムやカリウムなどの陽イオンと水分子が存在し、この陽イオンにはイオン交換能があります。したがってプラスの電荷をおびた水中のアルキルアンモニウムイオン(陽イオン界面活性剤)やピリヂウムイオンなどは、粘土の層間にイオン交換により挿入(インターカレート)し、粘土との間で複合体を形成させることにより水中から除去することができます。また、アルキルアンモニウムと粘土の複合体を使って水中の油や非イオン性有機物を処理することもできます。スメクタイト・トリメチルフェニルアンモニウム(TMPA)複合体へのベンゼン誘導体の吸着量は、層間にインターカレートするTMPAの量が増加するにつれて増加すると報告されています。有機物が層間にインターカレートすると層間が広がるためX線回折の底面反射のピ−クが低角側に移動します。粘土は親油性(疎水性)でもあるので、こぼれた油を粘土に吸収させることもできます。
有機物と粘土との相互作用には、(1)弱いファン・デル・ワールス相互作用(2)静電相互作用(3)水素結合(4)疎水性などが関与しています。
4.1 農薬と粘土
農薬と粘土との関わりには、二面性があります。粘土は、農薬のカプセルとして使われています。粘土に農薬を吸着させて安定化し、土の中で少しずつ放出させて長期間効能を発揮できるようにしてあります。農薬だけを使うと役目を果たす前に雨で流されてしまいますが、粘土へ吸着させることにより無駄を省くことができます。このようにカプセルの役目をもつ粘土ですが、この性質が裏目にでると、残留農薬として土中に長期間残り環境汚染源となる可能性も秘めている両刃の剣なのです。農薬は種々の官能基(-OH, -CO, -Cl, NO, -NH2)をもつ複雑な化学構造からなる化合物です。これらの中には、陽イオンや陰イオンとなっているもの、酸性または塩基性を示すものもあります。陽イオン性農薬は粘土の層間にイオン交換で入っていきます。アミンのようなものは層間の金属イオンに直接または層間水を介して配位します。酸性やアルカリ性を示すものに対しては、粘土のもつ固体酸・塩基的性質と溶液のpHが農薬の吸着に影響を与えます。粘土-アルキルアミン層間挿入複合体(有機粘土 organoclay)は、まえにも述べたように、水中の非極性有機物を吸着して水中濃度を下げることがでるので、非極性または極性の小さい農薬の吸着には有機粘土が適しています。農薬の役割は土または水のなかで、必要な期間、必要な濃度で農薬を供給し続け効能を発揮することです。このような目的を果たすためには、吸着したものが徐々に脱離しなければなりません。農薬の種類に応じた粘土とアルキルアミンの組み合わせが研究されています。また農薬には有機塩素系の物質が多く、光分解が起こります。粘土層間へのインターカレートには、遮光による劣化の防止という役割も担っているのです。セピオライトには、有効断面積約0.44nm2という結晶構造由来の細孔があり、この細孔内に農薬を吸着させると光分解を防ぐことができるという報告があります。
4.2 残留農薬の光分解における粘土の役割
太陽光を利用して自然界に拡散した汚染物質をチタニア(TiO2)触媒により光分解しようという試みがいたるところで行われています。チタニアは大部分の農薬の光分解に触媒活性をもっていますが、一般にBHCとよばれているヘキサクロロシクロヘキサン(正式名称HCH)の光分解にたいしては、チタニア単独では活性を持たないといわれてきました。その理由はチタニアが親水性の物質でHCHを吸着しないからです。そこで膨潤性マイカの層間にチタニアの柱を立てることにより多孔体(TiO2-マイカ層間架橋体、図3)を合成し、これを触媒としてHCHの分解反応を行うと図4に示すように分解が起こります。農薬の分解では、分解により有害化合物ができることは許されません。完全無害化されなければ意味がありません。HCHは完全に酸化分解されるとCO2とHClになるはずです。TiO2-マイカ層間架橋体触媒を使ったHCHの光分解反応では、図5に示すように反応式から算出した量に等しいClイオン(1モルの_-HCHに対して6モルの塩素イオンに相当)が検出されています。HCHは完全に二酸化炭素と塩酸に分解されたことになります。TiO2-マイカ架橋体は、親水性のTiO2が疎水性のマイカ層間に挿入されています。疎水性のHCHは、一旦疎水性のマイカの層間に吸着し、層間にあるTiO2の光触媒作用により二酸化炭素と塩酸に分解されるのです。このように、粘土と光触媒を複合化することにより、難分解性農薬光分解用触媒としての新しい機能を持たせることができるのです。
4.3 生活空間における有害物質の除去
大気や室内の有害物質や不快臭の除去にも粘土が活躍しています。室内の調湿と不快臭の除去を同時に行うため、粘土の吸着能に加えて、触媒能をもたせることが必要になってきます。また、複合化して使う場合もあります。不快臭の原因物質には、アンモニアやアミンのような窒素原子を含む化合物、硫化水素やメルカプタンのような有機硫黄化合物、アルデヒド類、有機酸類などさまざまな物質があります。いろいろな形に成形できるセピオライト入りの粘土が脱臭粘土として袋入りで市販されています。セピオライトは繊維状の粘土鉱物で、理想化学式はMg8Si12O30(OH)4・4H2O・nH2Oで、図6に示すように断面積1.35nm×0.67nmのマグネシウムシリケートのブロックが市松模様のように交互につながっており繊維軸に沿って有効断面積1.13nm×0.39nmのトンネルがあるため、1gあたり280〜300m2と大きい表面積をもっています。通常このトンネル内には8〜12分子の水が含まれており、この水分子は、120℃以下の加熱により脱離し、沸石水とよばれています。トンネル壁のMg2+は2分子の水を配位して六配位八面体を形成しています。この水は結合水と呼ばれ、約240℃で一分子が脱離し、トンネルは歪みますが、室温にもどすと空気中の水分、アミン、アンモニアやアルコールなどを再配位してもとの六配位八面体に戻る性質があります。セピオライトは、固体酸としての性質をもっているのでアンモニアやアルキルアミン類の吸着には、適していますが、アルデヒドや有機酸の吸着には不適当です。図7には、トンネル壁のMgに結合した水分子とNH3との交換反応をしめしたものです。沸石水を含んでいるセピオライトは、含まないものの約1.8倍のアンモニアを吸着することから、アンモニアの吸着には、トンネル壁のMg2+よりトンネル内の水分子(沸石水)の方が重要な役割を果たしているものと考えられます。
4.4 機能材料としての粘土(触媒)
粘土は、触媒の担体として利用されてきました。天然の粘土を触媒担体として使う場合産地により含まれている不純物が異なるため触媒活性に重大な影響を与えます。したがって最近は、成分既知の合成粘土が使われるようになってきています。触媒担体を固めて形を保たせるために少量の粘土が使われる場合もあります。粘土には可塑性、固結・焼結性があるため自動車の排ガス分解用ハニカム触媒のように、セラミックスとして使う場合もあります。室内外における有害物質を除去するためには、金属触媒との複合化により、粘土本来の性質に触媒としての働きを付加して使われる方向に向かって進歩しているのが現状です。脱臭用ハニカムフィルタは、粘土をハニカム状に成形焼結したものに硝酸銅を担持したものです。粘土の吸着能に銅の悪臭成分分解触媒としての機能を付加したものとして実用化されています。
筆者は、セピオライトを触媒という立場で取り扱ってきました。セピオライトはトルコ、スペイン、韓国、中国、アメリカ、日本(栃木県葛生)などで産出する粘土鉱物ですが色も形も全部異なっています。特に、中国産のセピオライトは長い繊維の束として掘り出されます。これを水できれいに洗うと絹糸のような光沢がでてきます。この美しい繊維は、人間がつくりたくても造り出せる物ではありません。
最後に、粘土も地球という「化学反応容器」が非常に長い年月をかけて合成した鉱物です。資源として大切に扱っていきたいものだと、筆者は常々考えています。
引用文献
(図1、2)INAX技術資料 エコカラットより引用