日比野 俊行
産業技術総合研究所環境管理技術研究部門
〒305-8569 茨城県つくば市小野川16-1
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1. はじめに 2. ハイドロタルサイト様化合物の特性 2.1. 構造 2.2. 熱分解挙動 2.3. インターカレーション 2.4. 膨潤 3. ハイドロタルサイト様化合物の合成 4. ハイドロタルサイト様化合物の利用 4.1. 触媒 4.2. 医薬品 4.3. プラスチック用添加剤 4.4. 吸着剤 5. おわりに |
1.はじめに
ハイドロタルサイトとはどんな鉱物でしょうか。名前からするとハイドロ化(水または水素の接頭語)したタルク状の石といったところでしょうか。図1はノルウェーのスナルムというところで産出されたハイドロタルサイトです。タルク(滑石)のような光沢を持っているので、タルクに因んだ名前はうなずけるところがあります。ハイドロタルサイトは、ロシアのウラル地方などにも産出するようですが、天然にはあまり産出されない鉱物のようです。ハイドロタルサイトは、構造式Mg6Al2(OH)16CO3・4H2Oで、タルクやスメクタイトと同じように層状の結晶構造を有していて、ひとつひとつの結晶片は葉片状あるいは鱗状を呈しています。名前の‘ハイドロ‘に関連するように、構造の主骨格[Mg6Al2(OH)16]はシート状の金属水酸化物です。ハイドロタルサイトは、構造式[M2+1-xM3+x(OH)2][An-x/n・mH2O]で表される様々な化合物のうちのひとつですが、ハイドロタルサイトのほか、ハイドロタルサイト系鉱物にはハイドロタルサイトのポリタイプであるmanasseite、水酸化物シートに含まれる金属がマグネシウムと鉄であるpyroauriteやsj
grenite、さらには2価と3価の鉄を水酸化物シートに持つgreen rustなどがあります。これら一群の化合物は、便宜的にはハイドロタルサイトと呼ばれることも多いですが、正確にはハイドロタルサイト様化合物というべきかと思います。また、主骨格が複水酸化物なので層状複水酸化物(英語名のLayered Double Hydroxideを略してよくLDHと表される)ともよく呼ばれます。
ハイドロタルサイト様化合物は、天然にはあまり産出されないようですが合成は至って簡単で、様々な研究は主に合成物で行われています。スメクタイト類とは対照的な陰イオン交換体であること、焼成物から水溶液中で再生する性質があることなどユニークな特徴を利用してスメクタイト類とは一風違った利用のされ方をしています。
2.ハイドロタルサイト様化合物の特性
2.1 構造
ハイドロタルサイト様化合物は、一般式[M2+1-xM3+x(OH)2][An-x/n・mH2O]で表される化合物です。ここで、M2+とM3+は、2価および3価の金属イオンを、An-x/nは層間陰イオンを表しています。前半の[M2+1-xM3+x(OH)2]が水酸化物シートで、金属イオンを6つのOHが取り囲んで形成する八面体が互いに稜を共有することによって作られています。八面体サイトでは2価金属と3価金属がランダムに入っていると考えられ、2価金属と3価金属サイトの規則的配列に起因する超格子(super lattice)は通常みられません。水酸化物シートが図2のように何枚も重なってハイドロタルサイト様化合物の層状構造を形成します。シートとシートの間(層間)には陰イオンと水分子が入っています。もし、層間に何もなく、水酸化物シートが[Mg2+(OH)2]であればブルーサイト(水酸化マグネシウム)の構造と同じです。ハイドロタルサイト様化合物の水酸化物シートは2価金属の一部を3価金属が置き換えているので全体として正に荷電しています。従って3価金属の置換量が多いほどシート上の電荷密度は高くなります。静電的なバランスは、層間に陰イオンが取り込まれることによって保たれていて、層間の陰イオン同士の隙間には水分子(層間水)が介在しています。層間の厚みは、ほぼ層間陰イオンの大きさに一致します。3価金属への置換量を示すxは、一般的に0.20から0.33の範囲とされていますが、下限値0.20は上限値0.33ほどはっきりしていません。水酸化物シート面内方向の格子定数aとxの関係をグラフ化してみると、x=0.20あたりから0.33までは直線となり、いわゆるVegard則が成り立っています。Vegard則が成り立っている外の範囲では、ハイドロタルサイト様化合物の他に過剰になったM2+(OH)2または M3+(OH)3、或いはX線回折で検出されない、これらの成分を持ったアモルファスが副生していると云われています。ここで、上限値x=0.33は、モル比で表すとM2+ : M3+=2:1となります。BrindleyとKikkawa(1979)によれば、例えばMg-Al系では、水酸化物シートの八面体サイトにおいてAlのサイトは、できるだけお互いに遠ざかる傾向にあるとされ、Mg:Al=2:1を超えると、Alサイト同士が隣り合うところがでてきてAl(OH)3の核生成が始まるのではないかと推測されています。ハイドロタルサイト様化合物はシートの積み重なり方によって、菱面体晶系と六方晶系のポリタイプがあります。菱面体晶系では単位胞中のシートが3枚、六方晶系では2枚となります。合成物は主として菱面体晶系をとるようです。(Cavani et al., 1991)
黒鉛(グラファイト)は、ハイドロタルサイト様化合物やスメクタイトと同様に層状構造を持った化合物ですが、層間に入り込んだゲスト物質の層と黒鉛層はステージ構造と呼ばれる規則性を持った積層をすることがあり、ゲスト物質が各層間に入っていれば第1ステージ、ひとつおきに入っていれば第2ステージなどと云います。通常、ハイドロタルサイト様化合物ではステージ構造をとることはありませんが、有機陰イオンが層間陰イオンゲストとして入る場合には、ひとつおきの層間に入るケース(第2ステージ)も見つかっています。ただし、ハイドロタルサイト様化合物の場合、有機陰イオンが入ってない層間は比較的小さな無機陰イオンが入っていて、グラファイトのステージ構造とは少し違っています。また、最初にハイドロタルサイト様化合物の一般式を示しましたが、M2+とM3+はそれぞれ1種類の金属である必要はなく、3元、4元など多元系のハイドロタルサイト様化合物が合成可能なほか、一部4価の金属が入ったハイドロタルサイト様化合物や、さらにはLi-Alであれば1価−3価の組み合わせのハイドロタルサイト様化合物も合成されています。
2.2 熱分解挙動
ハイドロタルサイト様化合物は、加熱した際の一般的な挙動として、まず層間水の脱離がみられ、さらに温度を上げると水酸化物シートの熱分解による構造水の脱水が起こって複酸化物となります。層間陰イオンの多くも水酸化物シートの分解に前後して分解します。層間水の脱離では、ハイドロタルサイト様化合物の層構造は保たれたままですが、水酸化物シートの分解では層構造は崩壊してX線回折分析ではアモルファス状態を示します。温度の上昇にともなって層構造の崩壊した熱分解物はM2+−M3+酸化物固溶体やさらには酸化物固溶体が相分離してできた酸化物相に変化していきます。層構造が崩壊する温度は水酸化物シートの組成によって異なり、層間陰イオンが炭酸イオンである場合の比較では、Co-Al < Zn-Al < Mg-Fe, Ni-Al < Mg-Al, Mg-Crの順に分解温度が高くなっています。層構造崩壊の温度が高い Mg-Al系やMg-Cr系では約400℃、比較的低い温度で分解するCo-Al系では220℃と報告されています。
最も頻繁に研究されているMg-Al-CO3系ハイドロタルサイト様化合物で熱分解挙動を詳しくみてみましょう。図3はMg:Al=2:1(x=0.33)のMg-Al-CO3系ハイドロタルサイト様化合物を昇温速度3℃/minで加熱していったときのTG-DTAの測定結果です。層間水脱離による吸熱ピークが210℃にみられ、重量もそれに伴って減少しています。層間水の脱離温度は、Al量が多いほど、すなわち水酸化物シート上の電荷密度が高いほど、高温側にシフトします(Miyata, 1980)。水酸化物シートの分解は2段階で起こり、吸熱ピークは320℃と375℃の接近した2つのものが表れます。低温側のピークはAl量が増えるほど大きくなるため、Alに配位した水酸基の縮合脱水が先に起こっていると考えられ、対して高温側のピークはMgに配位した水酸基の縮合脱水であると考えられています(Miyata, 1980)。炭酸イオンの分解は、Mgに配位した水酸基の分解と同時に起こっているといわれ、実際にガスグロマトグラフィーで脱離してくるCO2量を測定してみると(図4)、CO2が脱離してくる最大のピーク温度(380℃)は、高温側の水酸基分解のDTAピーク温度と一致します。XRDの測定では、層構造が崩壊するとアモルファス状態になることが観察されますが、加熱温度が500℃くらいになるとMgOにAlが固溶した複酸化物の反射ピークが現れます。さらに加熱温度を上げていくとAlは酸化物固溶体から徐々に抜け出ていき、900℃以上ではMgAl2O4スピネルとMgOに分離していきます。また、最近では層間水が抜ける温度と層構造が崩壊する温度の間では、中間脱水相ともいうべき準安定相があると提案され、炭酸イオンが水酸化物層に一部入り込んだ(グラフト化)状態にあると云われています。この相は、XRD測定においては、面間隔が縮まり底面反射の2次反射が極端に小さいという特徴を持っています。
2.3 インターカレーション
層状化合物において、様々な分子やイオンを層間に挿入させることをインターカレーションと云います。ハイドロタルサイト様化合物は陰イオン交換性を持っていますので水溶液中でのイオン交換によって、目的とする陰イオンをインターカレーションすることができます。イオン交換は電荷密度の高いイオンほどインターカレーションされ易いという序列にほぼなっています。すなわち、価数が高く、イオン半径の小さい陰イオンの方が層間に取り込まれやすいということになります。そのためイオン交換させるための前駆体としては1価の陰イオン、例えば塩素イオンや硝酸イオンを含有するハイドロタルサイト様化合物がよく用いられます。一般的なイオン交換性の序列とは別に、ハイドロタルサイト様化合物は炭酸イオンに特異的な親和性があり、大抵の陰イオンは層間にあっても炭酸イオンと交換してしまいますし、炭酸イオン型のハイドロタルサイト様化合物は他の陰イオンとは殆どイオン交換しません。ハイドロタルサイト様化合物の合成はアルカリ性条件化での湿式合成で行いますが、厄介なことに空気中のCO2はアルカリ溶液に少なからず吸収されて炭酸イオンとして入ってきます。炭酸イオンの混入を最小限にするには、窒素ガス雰囲気下で合成するか窒素ガスをバブリングさせながら合成することが必要です。しかしながら、炭酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物でも、溶解してしまわない程度の薄い酸で処理すると、例えば希塩酸に浸すと、炭酸イオンが層間から出ていき、塩素イオンが層間陰イオンとしてインターカレーションされることが知られています。さらに、希釈した塩酸での処理においてNaClを加えると非常に迅速に炭酸イオンが交換されることも分かってきました(Iyi et al., 2004)。また、最近の報告(Lee et al., 2004)では、炭酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物でも、加熱加圧条件化の有機溶媒中(ソルボサーマル反応)では層間の炭酸イオンがジカルボン酸と交換しています。さらには、疎水的相互作用によってドデシルベンゼンスルホン酸が還流下で炭酸イオンに代わって層間に入り、疎水的なハイドロタルサイト様化合物が得られたという報告もあります(Xu and Braterman, 2003)。疎水的な部位を持った陰イオンが、分子が大きいにもかかわらず、小さなより親水的な陰イオンよりも取り込まれやすいという傾向は、アミノ酸イオンでも確認されています。従って、陰イオンの電荷密度がイオン交換の優劣を決める唯一の因子ではなく、疎水的相互作用もインターカレーションを誘引する要因でありうることが最近では分かってきました。
さて、水溶液中での直接のイオン交換とは別に、ハイドロタルサイト様化合物では再生法と呼ばれる方法で目的の陰イオンをインターカレーションする方法があります。これは、ハイドロタルサイト様化合物の加熱分解物を水溶液に浸すとハイドロタルサイト様化合物に再生するという性質を利用したものです。加熱分解物は水溶液中に存在する陰イオンを取り込んで再生するので、予め適当な陰イオンを仕込んでおけば再生の際にインターカレーションさせることができます(図5)。ただし、Mg-Al系ハイドロタルサイト様化合物などでは加熱温度が900℃以上になってスピネルが分離するようになるとハイドロタルサイト様化合物には再生しなくなります。このような制約から再生法では、Mg-Al-CO3系ハイドロタルサイト様化合物を500℃で焼成したものがよく利用されます。炭酸イオンはイオン交換では他の陰イオンと交換しませんが、再生法ではCO2となって系外に出て行くので再生法においては都合のよい層間陰イオンです。しかしながら、図4のCO2脱離曲線に示されるように500℃以上でも焼成物中に残存する炭酸イオンがあり、再生ハイドロタルサイト様化合物ではこれに由来する炭酸イオンの混入は避けられないものと思われます。再生反応が容易な組成としては、Mg系ハイドロタルサイト様化合物が最も効率的です。Mg系は焼成後、室温でも水溶液中でハイドロタルサイト様化合物に再生しますが、Ni系は水熱処理を必要とします。Zn系は室温である程度再生しますが、ZnOが幾らか残ります。水熱処理を行うとZn系はZnOが結晶成長してしまうと報告されています。
2.4 膨潤
単純な無機陰イオンを層間陰イオンとするハイドロタルサイト様化合物では、スメクタイトのように水分子層が1,2,3層と順次増えていって層間が膨潤するという現象は今のところ報告がないようです。水懸濁液でレオロジー特性を検討した報告のなかでも硝酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物などは全く膨潤していません。スメクタイトと比較して電荷密度が高いため、簡単には水分子の侵入で層間が広がらないものと思われます。ただし、グリセリンやエチレングリコールなどの極性溶媒分子が入って層間が広がることはあるようです。
有機陰イオンをインターカレーションして有機修飾したハイドロタルサイト様化合物では、トルエンなどの有機溶剤で層間が大きく広がることが確認されているほか、最近では膨潤が究極まで広がった剥離状態に至った例が報告されています。剥離を起こす溶剤としてはアルコールやホルムアミドなどの極性有機溶媒や四塩化炭素などの無極性溶媒でも剥離が報告され、有機溶媒のほか、水でも剥離する系が報告されています。乳酸イオンを含有したハイドロタルサイト様化合物では、合成・水洗後、水に懸濁させておくと、濃度などにもよりますが、ほぼ数日くらいでほとんど透明なコロイド溶液に変化し、ハイドロタルサイト様化合物の層が剥離(デラミネーション)することが確認されています(図6)。
3.ハイドロタルサイト様化合物の合成
ハイドロタルサイト様化合物は、基本的には水酸化物であるので2価と3価の混合金属塩水溶液とアルカリ性溶液を混合すれば直ちに沈殿物として生成してきます。この方法は2価と3価の金属イオンを共沈殿させているので共沈法と呼ばれています。共沈するpHの範囲は金属イオンの組み合わせや濃度によって変わってきますが、Mg-Al系ハイドロタルサイト様化合物ではpH=10でよく合成されています。極端に低いpHではMgが沈殿せず、極端に高いpHでは水酸化アルミニウムが両性化合物であるためAlが再溶解します。Zn系やNi系ではMg系より低いpHでも共沈するようです。幾つかのバリエーションはありますが、共沈法では金属塩水溶液は予め混ぜておき、目的とする層間陰イオンを含有している水溶液(所定のpHに調整しておく)にゆっくり滴下する方法が一般的です。金属塩水溶液の滴下とともにpHは変化しますので、水酸化ナトリウム水溶液などを適宜加えてpHは一定にしておきます。上述の“構造”の項でも述べましたように、ハイドロタルサイト様化合物は金属の組み合わせは2元系に限りませんし、4価金属もある程度は含有させることが可能ですので、金属塩水溶液に目的とする様々な金属塩を混ぜておけば、多元系や4価金属を含有したハイドロタルサイト様化合物も合成できます。共沈法の中でも、CoII-CoIII系ハイドロタルサイト様化合物では少し変わった合成方法が報告されています(Xu and Zeng, 1998)。2価のコバルト塩水溶液のみをアルカリ性水溶液に滴下するとCo(OH)2が沈殿してきます。母液に混ぜたまま空気中でエージングすると次第にコバルトの一部が3価に酸化されてCo(OH)2がCoII-CoIII系ハイドロタルサイト様化合物に変化していくということです。この方法は、自然界の無酸素状態の土壌中などに存在すると云われているFeII-FeIII系ハイドロタルサイト様化合物であるgreen rustを連想させます。
Li-Al系ハイドロタルサイト様化合物も共沈法で合成されます。Li-Al系ハイドロタルサイト様化合物は、他のハイドロタルサイト様化合物の一般式とは少し異なり、[Li1/3Al2/3(OH)2][An-1/3n・mH2O]の構造式で表されます。水酸化物シートはギブサイト[Al(OH)3]シートを基本として、空いている八面体サイトにLiが入った構造をしています。このためか、Li-Al系ハイドロタルサイト様化合物合成では水酸化アルミニウムの生成を防ぐため過剰のリチウム塩添加が必要とされています。
共沈法を応用したものに、テンプレート法と呼ばれる方法があります。ハイドロタルサイト様化合物を、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルスルホン酸並びにポリアクリル酸などのポリマーを溶かした水溶液中で共沈させてポリマーとLDHを複合させて合成する方法で(図7)、ハイドロタルサイト様化合物の生成過程で同時にポリマーを取り込んでしまうユニークな方法といえます。テンプレート法はハイドロタルサイト様化合物が室温で合成できるため可能な方法で、ポリマーが分解してしまうような温度でしか合成できない層状化合物では不可能です。
共沈法では、作製されたハイドロタルサイト様化合物を水熱処理によって結晶育成しても、高々サブミクロンオーダーくらいの粒子が得られる程度ですが、尿素法と呼ばれる尿素の加水分解を利用した均一沈殿法ではミクロンオーダーの大きなハイドロタルサイト様化合物粒子が合成されます(図8)。尿素は熱水溶液中で次式のように加水分解して溶液をアルカリ性にします。
(NH2)2CO+3H2O → 2NH4OH + CO2
尿素は約70℃以上の熱水溶液で有意な加水分解を生じ、分解速度は水溶液の温度が上昇するにつれて早くなると報告されています。尿素法では、尿素の加水分解にCO2の発生を伴うので、一般に生成してくるハイドロタルサイト様化合物は炭酸イオン型となります。
共沈法や尿素法のほかには、ゾル−ゲル法での合成が報告されています。アルコキシドやアセチルアセナト金属錯塩を有機溶媒等に溶かし、アンモニア水やナトリウムエトキシドを加えて撹拌してゲル状のハイドロタルサイト様化合物を得ています。
4.ハイドロタルサイト様化合物の利用
4.1 触媒
ハイドロタルサイト様化合物は、“熱分解挙動”の項で述べましたように、加熱によって層構造が崩壊すると複酸化物になります。層構造が崩壊した後に生成する酸化物固溶体では、一般にハイドロタルサイト様化合物の水酸化物シート中と同様にランダムに存在した金属イオンの状態は維持されて、金属イオンが均一に分散した酸化物を得ることができます。この均一分散性のため、ハイドロタルサイト様化合物を焼成して得られた複酸化物を触媒として利用する研究は現在まで数多くなされてきました。有機合成での触媒のほか、NOxや強力な温室効果ガスであるN2Oの分解触媒として多くの検討が報告されています。ハイドロタルサイト様化合物の焼成物は固体塩基触媒として良好な性質を示すので、最近では環境問題の観点から、液体の塩基触媒の代替剤として注目されています。これは、固体触媒は反応系からの回収が容易で再利用しやすいため、工業的に使用されている苛性ソーダなど液体塩基触媒使用に伴う大量の廃溶液を避けることができるためです。ハイドロタルサイト様化合物焼成物は、固体塩基触媒として有用ではありますが、焼成物は空気中の水分などによってハイドロタルサイト様化合物に再生する性質があります。“インターカレーション”の再生法にとっては有益な性質でありましたが、触媒としての利用では触媒活性が再生によって落ちることが多いため問題です。この問題をうまく回避した例が報告されています(Alcaraz et al., 1998)。石油精製プロセスのスイートニング処理で使用されている液体塩基の代わりにMg系ハイドロタルサイト様化合物の焼成物を用いると良好な結果が得られましたが、ハイドロタルサイト様化合物に徐々に再生して活性が減少するということが起こりました。そこで、Mg系に比較して再生しづらいNi系ハイドロタルサイト様化合物の焼成物を使うことによって再生反応による劣化が防げたというものです。
触媒関係の応用としては、焼成物を利用したものばかりではありません。ポルフィリンやフタロシアニンなどの生体模倣型触媒やポリ酸などの光触媒をハイドロタルサイト様化合物にインターカレーションさせ、ハイドロタルサイト様化合物を触媒担体として利用した報告もあります。ハイドロタルサイト様化合物にインターカレーションして担持させない場合、これらの触媒は均一系触媒(溶媒に溶かした触媒)であるため反応系からの分離がほぼ不可能です。ハイドロタルサイト様化合物の層間に固定することによって、固体として分離が簡単になり、再利用が可能になります。しかしながら、ハイドロタルサイト様化合物にインターカレーションすると、実際に触媒として機能しているのはハイドロタルサイト様化合物の結晶末端近くにインターカレーションしたゲストだけだという報告もあります。
担体としての応用以外に、ハイドロタルサイト様化合物に嵩高い陰イオンをインターカレーションしてゼオライトのような多孔体を作製する検討も報告されています。層間に入った大きな陰イオン同士と水酸化物シートで囲まれる隙間でゼオライトにあるようなマイクロポアを作製しようという検討です。インターカレーションする陰イオンとしてはポリ酸が最もよく検討されていますが、ポリ酸の多くは酸性下で存在し、アルカリ性では単核のオキソ酸に分解してしまいます。対してハイドロタルサイト様化合物は酸性下では溶解してしまうため両者が共存しうるpH=4.5付近でイオン交換されています。また、嵩高いポリ酸がよりインターカレーションされやすいように予め鎖長の長いジカルボン酸イオンをインターカレーションして層間を広げておく工夫やポリ酸とハイドロタルサイト様化合物の分解を抑制するために溶媒を水だけでなく有機溶媒を混ぜてイオン交換する工夫なども検討されています。実際のところ、ポリ酸のインターカレーションにより比表面積は150m2/g前後までに増加したと報告されています。炭酸イオン型や硝酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物では50-100m2/gくらいの比表面積を示すことが多いので架橋粘土(pillared clay)と同じような効果がある程度みられています。ポリ酸ほど大きなイオンではありませんが、ヘキサシアノ鉄酸イオン[Fe(CN)6]のインターカレーションでは500 m2/g近くの比表面積が報告されており、ポリ酸は比重が重いことも考慮しなければならないものの、多孔性はヘキサシアノ鉄酸イオンのインターカレーションのほうがよいという報告もあります。また、多孔性のみでなく、Zr4+やSn4+を含有したゼオライトにみられるような触媒活性を得るため、ハイドロタルサイト様化合物にも4価金属であるZr4+やSn4+を構造のなかに組み込む合成検討も行われています。
4.2 医薬品
ハイドロタルサイト様化合物は胃酸による胃粘膜破壊を防ぐための制酸剤として優れた性能を持っています。すなわち胃液を約pH=4で長時間調整しておく緩衝作用に優れています。十二指腸潰瘍の患者にMg-Al-CO3系ハイドロタルサイト様化合物を処方したケースでは7割近くの患者に回復がみられ、水酸化マグネシウムや水酸化アルミニウムの場合にみられる副作用はみられなかったと報告されています(Bhanumathi et al., 1993)。制酸剤のほかに、ハイドロタルサイト様化合物はリン酸バインダーとして注目されています。腎臓不全患者にみられる高リン血症改善のために、食物中のリン酸と不溶性化合物を形成してリン酸の消化吸収を防ぐ処方箋のひとつとして考えられています。また、必要な薬物を必要な部位で作用させるドラッグデリバリー(drug delivery)と呼ばれるシステムや、主として薬効の持続を長く続かせるためのコントロールドリリース(controlled release)を目的として、ハイドロタルサイト様化合物に様々な製薬成分や生化学的な化合物をインターカレーションする検討が行われています。一例として、リューマチ性関節炎の抗炎症薬であるイブプロフェンをハイドロタルサイト様化合物にインターカレーションさせると、リン酸塩緩衝液中での試験において、市販の調剤と比べて非常にゆっくりとした放出が確認されました(Ambrogi et al., 2001)。
4.3 プラスチック用添加剤
ハイドロタルサイト様化合物は、塩化ビニルやポリオレフィンの安定剤として使用されています。塩化ビニルでは、加熱や紫外線による劣化で一部分解して塩化水素が発生して樹脂を着色・劣化させ、また、ポリオレフィンでは重合のために用いる触媒から生成する塩素により成型機や金型を腐食するという問題があります。ハイドロタルサイト様化合物を添加すると、これら塩素源を捕捉して樹脂の安定性を向上させます。プラスチック中での塩素捕捉に関するメカニズムについて報告された研究は多くないようですが、塩化ビニルの安定性で提案されたメカニズムとしては、ハイドロタルサイト様化合物中の層間陰イオンが塩化水素と反応した後、ハイドロタルサイト様化合物は分解して金属塩化物になるというものがあります。
ハイドロタルサイト様化合物はまた、プラスチックの難燃剤としても注目されています。ハイドロタルサイト様化合物は、水酸化マグネシウムや水酸化アルミニウムなどの金属水酸化物よりも難燃効果が高いという結果が報告されており、その要因としては、層間水や構造水の脱水に伴う広い温度に亘る熱吸収効果によるものではないかと推測されています(Camino et al., 2001)。
以上のプラスチック添加剤としての利用では、ハイドロタルサイト様化合物はポリマーとの物理的混錬による添加であるため、微視的には親和性よく混合された複合材と言い難いものです。ポリマーとのより高度な複合化としては、ナノコンポジット作製に関する検討が数多く行われています。ナノレベルの複合化としては、まずはハイドロタルサイト様化合物の層間にポリマー分子をインターカレーションする検討から行われました。インターカレーションは、in situでの重合によるものとテンプレート法によるもので行われています。in situでの重合では陰イオン性モノマーや極性分子モノマーをインターカレーションして、インターカレーションと同時またはインターカレーション後に重合させてポリマーとしてインターカレーションさせています。テンプレート法は“合成”の項でも述べたようにハイドロタルサイト様化合物をポリマー存在下で合成する方法で、ハイドロタルサイト様化合物独特の方法です。ただし、ハイドロタルサイト様化合物は水溶液中で合成されますので、今のところポリマーは水溶性のものに限られています。最近ではさらに“膨潤”の項で述べたようにハイドロタルサイト様化合物でも薄く剥離(デラミネーション)させることができるようになったので、デラミネーション状態を経由したポリマーとのナノコンポジット作製も検討されるようになりました。この方法は、前述の2つの方法がハイドロタルサイト様化合物にポリマーをインターカレーションしたものであるのに対して、ポリマーマトリックスにハイドロタルサイト様化合物を分散させたナノコンポジット作製法といえます。
4.4 吸着剤
ハイドロタルサイト様化合物を用いて様々な有害物を吸着除去する検討が行われています。炭酸イオン型のハイドロタルサイト様化合物では、前述のように焼成物にすると再生する際に陰イオンを取り込むことができ、染料や農薬、火薬の原料でもある2,4,6-トリニトロフェノール(TNP)で行った検討ではイオン交換容量の40%までTNPを取り込んでいます。また、初期pHが2と強い酸性状態であった場合は、炭酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物のままでもTNPをイオン交換容量の20%までイオン交換によって取り込んだと報告されています。セレンやクロムなどは有毒なオキソ酸陰イオンを形成しますが、これらの陰イオンも同様に炭酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物では焼成物を経由して、塩素イオン型ハイドロタルサイト様化合物ではイオン交換によって、ハイドロタルサイト様化合物内に吸着除去された例が報告されています。層間イオンとして取り込まれる際に、他の陰イオンが存在した場合、吸着除去は著しく阻害されますが、逆に、取り込んだセレン酸イオンやクロム酸イオンを炭酸イオンなどでハイドロタルサイト様化合物から取り出すことが可能です。富栄養化の問題となるリン酸イオンも同様にハイドロタルサイト様化合物で除去が可能です。リン酸イオンの場合も、共存する陰イオンがあるとリン酸イオンの取り込みは減少し、特に炭酸イオンが共存すると相当な減少を示します。以上みてきたように、特に、炭酸イオン型ハイドロタルサイト様化合物の焼成物を利用して、これが再生する過程で多くの有害陰イオンを除去することが可能です。また、取り込んだ陰イオンの多くは炭酸イオンが十分含まれた溶液に浸しておくと炭酸イオンと交換するのでハイドロタルサイト様化合物を炭酸イオン型に戻すことができ、リサイクルして使用することができます。しかし、Mg-Al-CO3系ハイドロタルサイト様化合物の焼成(400℃)と再生を繰り返し行った実験では、再生されたハイドロタルサイト様化合物中の炭酸イオン量は少しずつ減少していき、図9のように通常はより高い温度の焼成でしか生成しないスピネルが焼成−再生のサイクルを繰り返すと少しずつ生成してくるということが確認されています。このような相分離はハイドロタルサイト様化合物の結晶が小さいほど早いリサイクル数で認められるようになることから、結晶子端部間での反応が要因で、結晶を完全に大きくすることができれば防げる反応なのではないかと推測されます。
有機陰イオンをインターカレーションして有機修飾したハイドロタルサイト様化合物は、陰イオン性でない疎水性の有機汚染物質でも吸着できることが報告されています。ドデシル硫酸で修飾されたハイドロタルサイト様化合物では、有機修飾モンモリロナイトと同程度の疎水性殺虫剤に対する吸着能力を示しています(Villa et al. 1999)。動植物が分解して生成した土壌中などに存在するフミン酸とよばれる濃い褐色の有機質がハイドロタルサイト様化合物によって吸着除去されることが実験的に確かめられていますが、フミン酸が層間へのインターカレーションによって取り込まれるのか、表面への吸着なのかは議論が分かれています。
陽イオンである金属イオンも、ハイドロタルサイト様化合物の水酸化物シート中の金属イオンと置き換わることによって除去されたり、ハイドロタルサイト様化合物自体を廃液に投入するとpHが上がることによって幾つかの金属イオンは水酸化物となって沈殿除去されるという報告もあります。
二酸化炭素ガスの吸着剤としてもハイドロタルサイト様化合物を評価した検討があります。二酸化炭素排出抑制の第1段階の技術として、発電所などでの排気ガスからの二酸化炭素回収剤としてハイドロタルサイト様化合物が評価されました。評価の結果、ハイドロタルサイト様化合物は20-40 cm3 (SATP)/g程度の二酸化炭素を吸着すると報告されています。
5.おわりに
ハイドロタルサイト様化合物に関する報告は、最近では論文だけでも年間250報以上にも上っていて、ますます増加する傾向にあります。これは、ひとつには合成が非常に簡単であることによると思います。また、合成のしやすさに加えて組成の多様性があり、インターカレーションという修飾法にもイオン交換と再生法の2つが可能など、材料設計の手段に多様な可能性を秘めている面白さがハイドロタルサイト様化合物に対する関心の高さを維持・向上させているのだと思います。本稿では工業的な応用を中心に概説しましたが、ハイドロタルサイト様化合物に関しては、green rustのように自然界の物質循環においてある役割を果たしていると考えられるようなものも存在しますし、生命起源との関連を検討している研究もあります。ハイドロタルサイト様化合物類似のイオン交換能を持った層状水酸化物塩との関連も興味深いものがあります。これからもハイドロタルサイト様化合物の研究対象はますます幅広く発展していくことと思います。
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