桑原義博
九州大学・大学院比較社会文化研究院・環境変動部門・地球変動講座
〒810-8560福岡市中央区六本松4-2-1
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1.はじめに 2.古気候指標としての粘土鉱物の長所と問題点 3.粘土鉱物の古気候変動指標(指標の求め方) 4.粘土鉱物が示す古気候変動ーネパール・古カトマンズ湖堆積物を例にー 5.おわりに |
1.はじめに
近年、地球の古気候変動、特に、第四紀における気候変動の復元に関する研究は、世界中で活発に進められています。古気候・古環境変動の復元には、様々な指標が用いられています。例えば、氷床量変動に関係する氷床コアの酸素同位体比、海水温度に関係する有孔虫殻の酸素・炭素同位体比やMg/Ca比、気候の寒暖・乾湿変動を復元する花粉分析、湖水位変動に有効な珪藻分析などが挙げられます。その中で、粘土鉱物もまた、例えば、乾燥―湿潤に関する気候変動の有力な指標として用いられてきました。
粘土鉱物の古気候・古環境変動の復元への応用とそれまでの結果をまとめたChamley (1989)は、第四紀堆積物中の粘土鉱物を気候変動の指標として用い古気候の情報を系統的に解読し始めたのは1960年代にはいってから、と述べています。例えば、メキシコ湾の堆積物中の粘土鉱物分析から、氷期にイライトと緑泥石の量が増加するのに対し間氷期にはスメクタイトとカオリン鉱物の量が増加するという報告、地中海のピストン・コア堆積物中の粘土鉱物分析からは、イライトの結晶度指標やスメクタイト量の変動が温かい海水を好む浮遊性有孔虫量などの指標の変動と調和するという報告などがあります。日本では,1970年代に琵琶湖の泥質堆積物に含まれる粘土鉱物や関連する鉱物の分析が行われています.
粘土鉱物を古気候・古環境変動の指標として用いる場合、その手法は現在まであまり変わっていないようです。簡単に言えば、鉱物の風化・加水分解作用の進行度を、変質鉱物の種類や量の変動で追跡したり、あるいは層状ケイ酸塩鉱物の結晶度、特にK_bler indexと呼ばれるイライトの結晶度指標で見積もることで、古気候・古環境変動を復元しています。一方で、粘土鉱物から古気候・古環境変動を復元する際には、注意しなければならない多くの事項があることも指摘されています。ここでは、古気候指標としての粘土鉱物の長所と問題点、指標の種類などを簡単に紹介し、実際の研究例として、筆者が共同研究者の一人として参加している古カトマンズ湖ボーリングプロジェクトについて紹介します。
2.古気候指標としての粘土鉱物の長所と問題点
堆積物中の粘土鉱物を古気候変動の指標として用いられているのは、鉱物の風化作用や土壌形成が気候と密接に関係することに基づいています。例えば、年平均気温20℃の熱帯地域では、12℃の温帯地域に比べほぼ2倍の速さで風化が進みます(Andrews et al. 1997)。熱帯雨林地帯では、高温が化学変化を速めるのに加え、雨が絶えず岩石の表面を洗い流すので、さらに風化を速くします。一方、乾燥した場所なら気温が高くても風化は遅くなります。風化生成鉱物もその風化作用に(あるいは気候に)対応したものが形成されるでしょう。もちろん、植物や他の生物の存在も風化作用や土壌形成に影響を与えるでしょう。地球規模で見ると、気候区分に対応して様々な土壌(あるいは粘土鉱物組み合わせ)が形成されています(図1)(なお,土壌に関しては,本講座シリーズの南条(2002)に詳しい解説があります)。
従って、粘土鉱物の古気候変動復元への応用は、鉱物の風化作用とその生成粘土鉱物に関する正しく精確な理解が必要となります。しかし、実際には、非常に簡略化したスキームで、例えば、イライトや緑泥石の量が多い場合、寒冷で荒れた気候に関連する、あるいは、カオリン鉱物の量が多いときにはより湿潤な気候である、というような解釈を如何なる場合にも当てはめてしまう研究例が少なくありません。このような「A鉱物の量が多くなるとB気候である」という単純なスキームは、以下に述べるように非常に危険です。
粘土鉱物の古気候・古環境変動復元への応用についてまとめたテキストやレビューはChamley(1989)、Velde(1995)、Singer(1984)などがありますが、それらに関して彼らは総じて以下のような問題点を挙げています。
第1に、風化によって生成される粘土鉱物やその生成速度は、様々な環境に対応した風化作用だけでなく母鉱物によっても異なります。浸食・運搬されてきた堆積物中の粘土鉱物の起源、つまり、母鉱物あるいは母岩を知ることは重要です。
第2に、粘土鉱物の形成から堆積までには,時間的・空間的な広がりがあるということです(図2)。これは風化速度の他に周囲の地形、地質やテクトニクス、あるいは運搬距離、運搬媒体なども関係します。粘土鉱物の中には当時の気候に密接に関係するものもあれば、そうでないものもあるでしょう。堆積物中の粘土鉱物が周囲の岩石や土壌の浸食・運搬・堆積過程を経た砕屑性の粘土鉱物であるか、海や湖内で形成された自生の粘土鉱物であるかを知ることも必要かもしれません。また、風化作用以外、例えば、熱水変質作用などで形成された粘土化帯などが堆積場やその周辺にないか、周囲の地質を知ることも必要でしょう。一方、当時の気候と堆積作用との間に時間的なずれが含まれることもあるかもしれません。周囲の地形や地質、テクトニクス、粘土鉱物の起源を知ることが問題の解決に繋がるでしょう。
第3に、粘土鉱物が堆積した後、他の変質作用、例えば続成作用、埋没変成作用などを受け、古気候に関する情報を失うことも考えなければなりません。Chamley(1989)によれば、海洋底あるいは湖底から掘削した堆積物を用いる場合、(場合にもよりますが)深度2.5 km以浅の試料を用いるのがよいと述べています。
以上の他にもまだまだ問題となる事項はあるでしょうが、総じてまとめると、研究対象地域周辺の地質、地形、テクトニクス、気候、環境などをあらかじめ知っておくことが問題点を克服するために重要であると考えます。それらを元に、対象地域周辺における鉱物の風化作用とその生成粘土鉱物に関する理解を深め、生成粘土鉱物と周辺の気候との関係を知る必要があるでしょう。
一方、指標という観点で考えると、生成粘土鉱物の量変動だけに頼った解釈が非常に危険であることは、上記の問題点からも明らかです。Chamley(1989)は、生成粘土鉱物の量的変動指標に加えて、イライトやその他の層状ケイ酸塩鉱物の結晶度(crystallinity)のような質的変動指標を導入することは大いに有効であると述べています。イライト結晶度指標などは、生成粘土鉱物の量変動に左右されず、また、気候変動の振幅が弱い場合にも有効であるかもしれません。一方、粘土鉱物指標だけで解釈するのではなく他の様々な指標と比較することも重要です。いわゆるマルチ・プロキシー(複数指標)による古気候変動復元は、精確な復元が期待できる上、粘土鉱物の指標に関する解釈(例えば、研究対象地域おいては、A鉱物の量が多くなるとB気候である、というような解釈)が正か否かの判断も可能となるでしょう。また、海底堆積物あるいは湖成堆積物であれば、粘土鉱物はまず間違いなく連続的に含まれており、仮に花粉や有孔虫などの微化石が含まれず他の指標を用いることが出来ない部分があったとしても、その気候変動の記録は粘土鉱物指標で補うことも可能かもしれません。
3.粘土鉱物の古気候変動指標(指標の求め方)
堆積物中の粘土鉱物の種類や量比の変動を追跡したり、イライト結晶度を見積もるには、X線粉末回折法が有効で古くから用いられていますが、それらを精確に定量することはそれほど容易ではありません。X線粉末回折法による粘土鉱物の定量分析には、第一に、適切な定方位試料の作成が不可欠です.定方位試料の作成は、主に、porous plate法、filter transfer法、glass slide法がありますが、このような研究に関する粘土鉱物の定量分析には(精確さや実験時間などを考慮すると)filter transfer法が有効であるようです(Moore and Reynolds(1989))。filter transfer法は、粘土鉱物試料を含んだ懸濁液をバキューム・フィルター装置を用いて濾過し、メンブラン・フィルター(一般に、0.45 _m孔、直径47 mmのフィルターを使用)上に定方位試料(粘土ケーキ)を作成する方法です(詳細はMoore and Reynolds(1989)を参照して下さい)。ここで重要なのは、定方位試料の厚さ(あるいは密度)です。入射X線エネルギーが試料厚さ内で回折・吸収過程によって使い果たされるような“無限厚さ(infinite thickness)”を持つ定方位試料を作成する必要があります。例えば、ある厚さを持つ定方位試料は、低角度(例えば10o2θ)では無限厚さを示しますが,高角度(例えば50o2θ)では回折効果に対して厚さが足りない現象が生じるかもしれません(図3)。Moore and Reynolds(1989)によれば、おおよそ粘土鉱物に関しては試料厚さ(あるいは密度)が15 mg/cm2以上であればこの問題に悩む必要はないと述べています。加えて、近接する回折ピークを定量分析に用いることもこの影響を避けることに繋がります。
X線粉末回折パターンから粘土鉱物の定量やイライトの結晶度測定を行うには、回折ピークの強度や半価幅を計測する必要があります。一般には、ピーク・フィッティングおよびピーク分離機能を持ち合わせたコンピュータソフトを用いることが多いようです。最近ではこのようなコンピュータソフトは多くありますが、例えば、筆者は、アップル・マッキントッシュ対応のフリーソフトである“MacDiff”(Petschick 2000)を用いています。このコンピュータソフトは、多くのX線回折装置のデータファイルに対応していて、また、ほとんど全てのピーク分析(ピーク面積、半価幅、ピーク分離、バックグラウンド除去など)が行えます。
X線粉末回折法による粘土鉱物の定量分析には、内部標準試料添加法、MIF(mineral intensity factor)法(Moore and Reynolds 1989)などがありますが、ここでは、MIF法を紹介します。MIFは、 簡単に言えば、ある基準鉱物Aの基準回折ピーク強度(Ia)に対する目的鉱物Bの基準回折ピーク強度(Ib)の比をとったキャリブレーション定数で、Ib/Ia = MIFbという式で表されます。この基準回折ピーク強度はmineral reference intensity (MRI)と呼ばれ、粘土鉱物に関してはコンピュータソフトNEWMOD_(Reynolds and Reynolds 1996)を用いて計算値を得ることが出来ます。詳細はMoore and Reynolds (1989)、Reynolds and Reynolds(1996)を参照して頂くこととして、計算値を得るためには多くのパラメータが必要ですが、特に重要なものは、各粘土鉱物の化学組成、混合試料の平均質量係数(_*)、そして選択配向(σ*)でしょう(図4)。Moore and Reynolds (1989)は、カオリナイト、イライト、スメクタイト、イライト-スメクタイト混合層鉱物などの粘土鉱物に関して、推奨値_* = 45、σ* = 12を挙げています。表1に_* = 45、σ* = 12、CuKα線の条件で求められた粘土鉱物のMRIの一例を示します。各鉱物のMRIが求まれば、目的鉱物のMRIを基準鉱物のMRIで割ることによって目的鉱物に関するMIFが求まります。例えば、基準鉱物の基準回折ピークをイライトの003ピークとすると、イライトの002ピークのMIFは1900/3940 = 0.48、スメクタイト(モンモリロナイト)の003ピークのMIFは3110/3940 = 0.79、カオリナイトの002ピークのMIFは8610/3940 = 2.19となります。表2は、イライト、スメクタイト(モンモリロナイト)、カオリナイトからなる混合試料のX線粉末回折パターンから上記の各MIFを用いて定量を行った計算例です。各粘土鉱物の量(wt%)は、表2に示されるように、
wt% = 100×(各鉱物の実測ピーク強度/MIF)/((各鉱物の実測ピーク強度/MIF)の総和)
という式で求めることが出来ます。ただし、お解りのようにこの計算法は、計算に用いた鉱物の総量が100 wt%になるように求められ、非晶質物質や極微量でその存在が確認出来なかった粘土鉱物の量は隠れてしまうことになります。ただし、総量に対する後者の量は元々無視できるほど微量であるでしょうし、非晶質物質の量も無視できるような試料に関しては問題ないでしょう。そうでない場合は、定方位内部標準試料(例えばパイロフィライト)を用いるとよいでしょう(Moore and Reynolds 1989)。
X線粉末回折実験からイライト(あるいはその他の層状ケイ酸塩鉱物)の結晶度あるいはそれに準ずる相対的な度合いを求める方法は、例えば、10.5 _でのピーク強度(高さ)に対する10.0 _のピーク強度(高さ)の比をとった“sharpness ratio”(Weaver 1960)や、回折ピーク先端の角度を測ったもの(Chamley 1971)などがありますが、最も多く用いられている方法は、イライトのX線底面一次反射(10 _)ピークの半価幅(FWHM: full width at half maximum intensity)で定義される“K_bler index”(K_bler 1964)でしょう。K_bler indexは簡便なイライト結晶度指標であり、古気候変動の指標として今もなお一般的に用いられています。ただし、このK_bler indexには幾つか問題点が指摘されています。例えば、より薄いイライト質の粒子に対してはK_bler indexの値が過剰に大きくなること(Srodon 1979),イライトの結晶度(言い換えれば,イライトの結晶子厚さとその結晶子中のイライトの含有量)が変化すると,イライトの一次反射ピークはその半価幅だけでなくピーク位置も変化すること(例えば、Lanson 1997)、などがそれに当たります。
これらの問題点を考慮したイライト結晶度指標として“Lanson index”(Lanson 1997)があります。Lansonは、XRD decomposition法(プロファイル・フィッティング法)により、イライトの底面一次反射付近の複合ピークを、異なるイライト含有量と平均結晶子厚さを持つ3つの鉱物相に対応する3つの素ピーク、1)well-crystallized illite (WCI)、 2)poorly crystallized illite (PCI)、 3)illite/smectite mixed layer (I-S)に分離し、各素ピークの半価幅、ピーク位置、積分強度などのピーク特性を決定しました。これらのデータを用いて、 Lanson index (LI)を以下のように定義しました:
LI = 0.1 / [PCI相対強度×PCIピーク半値幅
×(PCIピーク位置 - WCIピーク位置)] (1)
PCI相対強度 = PCIピーク強度 /
(PCIピーク強度 + WCIピーク強度 + I-Sピーク強度) (2)
ここで、ピーク半価幅はFONT SIZE=1>o2__CuK_,ピーク位置は_,ピーク強度は積分強度で表されます。LIは、WCIよりも薄い結晶子厚さを持つPCIの相対強度、半価幅、及びピーク位置のシフト幅で定義され、LIの値が高くなるほどイライトの結晶度が高くなることを示します。
図5は、カトマンズ盆地で掘削されたコア試料中の粘土鉱物のX線粉末回折パターンについて筆者らのグループが行ったXRD decompositionの結果の一例です。本試料においては、I-SピークはPCI及びWCIピークにほとんど影響を及ぼしません(オーバーラップしません)。I-Sピークの特性の決定の際に生ずる誤差はPCIやWCIの場合より大きいといわれていますので、LIを単純にPCIとWCIとの差だけで表す方がよいかもしれません。また、LIはWCIとPCIとの差を示す各変数が分母にありますので、高結晶度側ではLIの感度は良く、低結晶度側では鈍くなります。元々、LIは埋没変成作用の度合いを表す為の指標として提唱されたものですので、イライト結晶度が高くなる方向に対して指標の感度が高くなることは好都合ですが、古気候変動の場合、母鉱物の風化度(簡単に言えば,結晶度の高い雲母やイライトが風化作用により結晶度の低いイライトにどれだけ変化したのか)を見積もりたいわけですから、そのままではあまり良い指標とは言えません。そこで、LIを純粋にPCIとWCIとの比較にし、低結晶度側でも指標の感度が鈍くならないようにするため、以下のような指標を考えてみました:
MLI = [PCI相対強度×PCIピーク半値幅
×(PCIピーク位置 - WCIピーク位置)] (3)
PCI相対強度 = PCIピーク強度 / (PCIピーク強度 + WCIピーク強度) (4)
この指標をここでは、変型Lanson index(MLI)(Kuwahara et al. 2001)と呼ぶことにします。 MLIは、古カトマンズ盆地堆積物に関してはLIより有効であるかも知れません。
4.粘土鉱物が示す古気候変動ーネパール・古カトマンズ湖堆積物を例にー
中央ヒマラヤの南斜面に位置しているカトマンズ盆地には、鮮新世から第四紀の河成・湖成の泥質堆積物が厚く堆積しています。この泥質堆積物には、ヒマラヤのテクトニクスとインド・モンスーンの変動の記録を刻んだ多くの指標、例えば、花粉、葉などの植物化石、珪藻、炭質物、そして砕屑性の鉱物・粘土鉱物が含まれています。我々のグループは、Paleo-Kathmandu Lake (PKL) Projectと称して、1999年からカトマンズ盆地周辺の地質調査を行うとともに、2000年の秋からはカトマンズ盆地の中央部から南縁部にかけて学術ボーリングを行っています。
盆地中央部で掘削された深さ約218 mのコア試料(過去約70万年間の堆積物に相当)から、主たる構成物は石英、長石、白雲母(〜60 wt%)で、残りの構成物は粘土鉱物(数〜30 wt%)、非晶質物質(珪藻殻)、有機物で、希に少量の方解石や石膏が含まれることが解りました。粘土鉱物は、主としてイライト、イライト−スメクタイト混合層鉱物、スメクタイト、緑泥石、カオリン鉱物からなります。
これらの堆積物中の鉱物・粘土鉱物の供給源は、カトマンズ盆地の基盤を成す弱〜非変成のプルチョーキ層群(Phulchoki group)とシオプリ山地(Shivapuri)の花崗岩・片麻岩と考えられます(図6)。カトマンズ盆地を取り巻く山々から流れ出た約10の支流は、盆地中央で合流してバグマティ河(Bagmati River)となり、盆地南縁からマハバーラト山地(Mahabharat Lekh)を切る横谷を流れ下りタライ平原に流出しています。従って、カトマンズ盆地に流れ込む河川は全て盆地を取り巻く山々に源を発しており、供給される砕屑物に関しては閉じた系を成しています。盆地の直径も約20 kmですので、供給源と堆積場との距離も短く、浸食・運搬・堆積にかかる時間もそれほど長くないと考えられます。また、盆地内には、熱水変質などの作用で形成された大規模な粘土化帯なども存在しません。従って、カトマンズ盆地堆積物中の粘土鉱物は、プルチョーキ層群とシオプリ山地の花崗岩・片麻岩中の雲母(特に白雲母が多い)や長石が物理的、化学的風化作用を受けて生成されたものであることに間違いないでしょう。また、本泥質堆積物中のイライト鉱物は、X線粉末回折実験や走査電子顕微鏡による形態観察から、母鉱物である白雲母が物理的、化学的風化作用を受けて形成された砕屑性のイライトであることが解ります。一方、本掘削試料は、最も深いものでも基盤に達する深さ約284 mで得られたものであり、この深度程度では埋没変成作用の影響も考慮する必要はありません。
これらのことから、本地域では、特に、母鉱物である白雲母、長石に関して、風化作用に普遍的な加水と陽イオンの溶脱を伴う、より低いgradeの相に代わる過程(degradation過程)(白水1998)、例えば、白雲母→イライト→イライト/スメクタイト混合層鉱物→スメクタイトあるいはカオリナイト、長石→スメクタイトやカオリナイト、のような鉱物の変化過程が比較的明瞭に認められると考えられます。つまり、当時、温暖で湿潤な気候下で、より加水分解作用が進行する環境下であったならば、堆積物中のイライトの結晶度は(寒冷・乾燥気候のような逆の環境下のものに比べて)低下するでしょうし、また、低いgradeの相であるスメクタイトやカオリナイトの量が増加するでしょう。実際には、本地域の場合はイライト結晶度の低下時にはカオリン鉱物の量が増加することが解っています(Kuwahara et al. 2001)。一方で、堆積物中のスメクタイトの含有量はほぼ全ての層準で極微量であり、気候変動を表す指標としては適していないことも解りました。
次に、同じコア試料における粘土鉱物分析(代表してイライト結晶度(MLI))と花粉分析(乾燥−湿潤指標、寒冷−温暖指標)(Fujii 2002)の結果を比べてみましょう。図7は、盆地中央部西寄りで掘削されたコア試料(SBコア)の深さ約28 mまでの1 m間隔の分析結果を基に描いた気候変動曲線です。コアの年代は、約1万5千年〜5万年前に相当します。コア年代、そして花粉分析による寒冷−温暖指標の変動曲線とベンガル湾の海底堆積物中の有孔虫殻の酸素同位体比変動曲線との比較から、深さ約13〜10 m付近が最終氷期極大期(LGM: Last Glacial Maximum)に相当すると思われます。
このコア試料の分析は1 m間隔と少々荒いのですが、それでもイライト結晶度指標の変動曲線と花粉分析の乾燥−湿潤指標の変動曲線は大凡対応しています。乾燥−湿潤気候変動に対する無機物(鉱物・岩石)の応答を示す粘土鉱物指標と、かたや乾燥−湿潤気候変動に対する生物(植物)の応答を表す花粉化石指標という異なる二つの指標が、どちらも本地域付近の乾燥−湿潤気候の変動を調和的に表しています。また、図には示していませんが、両者は湖水位変動の指標と考えられる珪藻分析の結果とも調和的であることが解っています。すなわち、本地域周辺では、湿潤な気候下には、降水量の増加により湖水面が上昇し、周囲の植生は湿潤を好む植物が繁茂し、周囲の岩石鉱物は加水分解が進み粘土鉱物が形成されていたこと、乾燥気候下では、降水量の減少により運搬されてくる水量と顕濁物質は減少して湖水面は低下し、乾燥を好む植物が生育し、岩石鉱物の風化作用の進行が鈍くなっていたことが描かれる結果となっています。一方、寒冷−温暖気候と乾燥−湿潤気候との関係ですが、大凡は寒冷気候の時は乾燥し、温暖気候の時は湿潤であったことが解りますが、全ての時期においてそうであったかどうかは必ずしも言えません。これらの関係の詳細については、より高分解能での分析が必要であるでしょう。
5.おわりに
海洋底の堆積物や陸上の湖成泥質堆積物には、地球の古気候・古環境変動の情報がたくさん詰まっています。そこにはほぼ間違いなく粘土鉱物が含まれています。粘土鉱物指標に関する問題点を踏まえ、正しいスキームを組み立てることができれば、粘土鉱物から地球の古気候・古環境変動を探ることができ、その復元に十分貢献することができるでしょう。最近では、粘土鉱物中の酸素同位体を用いて気候変動を定量的に復元しようという新たな試みも始まっています。地球の古気候・古環境変動復元に関する研究に粘土鉱物はこれからも関与していくでしょうし、多くの研究者に関心を持って頂くことを期待しています。
最後に、本講座シリーズに執筆の機会を与えて下さった鹿児島大学の河野元治教授に感謝致します。PKLプロジェクトのリーダーである九州大学の酒井治孝教授とグループの皆様には、この研究に参加する機会与えて下さったことと研究に関する多くの御指摘・御助言を頂き、厚くお礼申し上げます。特に、本稿を作成するにあたり九州大学の藤井理恵博士と林辰弥氏には花粉分析と珪藻分析に関してご教授頂きありがとうございました。九州大学の上原誠一郎博士には粗稿を読んで頂き感謝致します。
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