福士圭介
金沢大学 環日本海域環境研究センター
〒920-1192 石川県金沢市角間町
| 1.はじめに 2.鉱物によるイオン吸着機構 3.吸着実験と吸着データの表現方法 4.吸着データのモデリング |
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吸着は鉱物-水界面付近での溶質の集積と定義されます.ただし,界面近傍における溶質の鉱物化による析出プロセス(表面沈殿)や重合プロセス(表面重合)は吸着プロセスには加えません.また溶質が鉱物に吸収される固溶体生成も吸着プロセスには加えません.溶質が鉱物表面に付着する二次元的なプロセスのみを吸着と呼びます.なおメカニズムを考慮せずに,溶質の固体への取り込み現象を記述する場合「収着」という用語が使われます.スメクタイトやバーミキュライトの層間でおこる陽イオン交換反応は,反応場である層間を内表面と考えた場合吸着反応ということになりますが,構造内と考えた場合は吸着反応とはみなされないということになります.
吸着はメカニズムにより「物理吸着」と「化学吸着」に分けられます.物理吸着はファンデルワールス力や表面と溶質が反対の電荷を持つ場合に生じる静電吸着のような弱い力による結合を示します.一方化学吸着は,溶質と固体表面上の原子との化学的な強い結合を示します.物理吸着によって生じた吸着を外圏錯体生成反応,化学結合によって生じた吸着を内圏錯体生成反応と呼ぶこともあります.
吸着は地球表層環境における最も重要な化学プロセスの一つです.例えば土壌中では栄養塩,肥料や有機分子の保持に対して土壌粒子による吸着は支配的な役割を果たします.また海水中からの微量元素の濃集過程にも粘土による吸着プロセスが重要な役割を果たします.さらに吸着プロセスは鉱物の溶解速度にも影響を及ぼし,鉱物の風化過程の重要な素過程であることが知られています.天然水の微量元素濃度はそれら微量元素を含む純粋な鉱物の溶解度から予想される濃度や微量元素を溶液に供給するソースとなる鉱物の溶解度から予想される濃度よりもはるかに低いことが知られます.微量陰イオン種元素の固相への吸着がその主要因と考えられています.
土壌や天然水中での栄養塩や重金属の移動を予測するため,また風化過程を定量的に理解するためには吸着プロセスのメカニズムを理解し吸着挙動を定量的にモデル化する必要があります.本解説ではまず無機陰イオンの鉱物表面への吸着のメカニズムを解説します.次に吸着挙動のモデリングに必要とされる吸着データの種類および採取方法を紹介し,それら吸着データのモデリング方法を解説します.
鉱物によるイオン吸着には2つの異なる起源の表面電荷が重要な役割を果たすことが知られています.一つは結晶端面における破壊原子価に起因する変異電荷,もう一つは結晶内の同形置換により生じる永久電荷です.スメクタイト・バーミキュライト・ハイドロタルサイト様鉱物は永久電荷に卓越することが知られています.一方,変異電荷はどのような鉱物であっても水と接していれば大なり小なり発生することになります.もちろん,スメクタイトやハイドロタルサイト様鉱物も界面部分は結晶端面なので,永久電荷だけではなく,変異電荷も併せ持つことになります.永久電荷に関しては,本粘土基礎講座において,佐藤(2001)や日比野(2006)により詳細に解説されているため本稿では省略し,ここからは変異電荷に起因する吸着現象のみを取り扱うことにします.
変異電荷は鉱物端面において生じるので,電荷量は表面積に依存します.したがって表面積の大きな物質ほど高い吸着容量を持つことになります.とくに地球表層に生成する粘土物質のうちで高い変異電荷を持つ物質はカオリン鉱物,アロフェン,イモゴライト,鉄やアルミニウムの水酸化物があげられます.図1aに仮想上の酸化物(あるいはケイ酸塩)構造を示します.酸化物内部では陽イオンは内部の酸素イオンと配位することで電荷が満たされています.しかし鉱物表面において陽イオンは電荷を満たすための酸素と配位することができません.そこで表面は水と接している場合,溶液から水分子を吸着し(図1b),プロトンの再配置(図1c)を行うことにより電荷を満足させることになります.このプロセスにより酸化物表面は表面水酸基に覆われます.
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鉱物表面に生成した表面水酸基(>SOH)は,水溶液中で両性的な振る舞いをします.つまり水素イオンが多く存在する酸性溶液中では次式の反応により表面は水素イオンを吸着し正に帯電します:
(1)
一方,アルカリ性溶液においては,水酸化物イオンを吸着し,次式のように水分子を放出することで負に帯電します:
(2)
なお,この反応式は水分子の放出を省略して次式のように記述されるほうが一般的です:
(3)
実際には鉱物表面に生成した電荷のほとんどは鉱物表面近傍に存在する対イオンにより相殺されます.したがって,ある与えられたpH条件では電解質濃度が高い条件ほど帯電した表面水酸基の量が増加します.図2にpHおよびイオン強度の関数とした表面電荷特性を示します.表面水酸基に起因する変異電荷はpHやイオン強度に大きく依存します.したがって,イオンの吸着挙動もまたpHやイオン強度に大きく依存することになります.なお表面電荷の正と負が入れ替わる時(電荷量が0になる時)のpHはzero point of charge (ZPC)と呼ばれます.ZPCは鉱物ごとに異なりますが,鉱物に含まれる陽イオン組成に特に影響を受けることが知られています.表1に各鉱物に認められているZPCを示します.シリコンを陽イオンとして含むケイ酸塩のZPCは低く,鉄やアルミニウムを陽イオンとして含む酸化物は高いZPCを示します.したがって,鉄,アルミニウム,マグネシウムから構成される酸化物は表面が正に帯電しているpH条件が大きいので陰イオンの吸着に長けます.一方ケイ酸塩鉱物はどちらかというと陽イオンの吸着に長け,低いpH以外では陰イオンをあまり吸着しません.表面水酸基の生成過程とイオンの吸着挙動を酸化物表面を例に解説しましたが,炭酸塩,硫化鉱物,リン酸塩鉱物など,酸化物以外の鉱物でも水と接している場合,端面は表面水酸基で覆われイオン吸着挙動も表面水酸基の帯電挙動により支配されることが知られています.
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イオンの鉱物表面への吸着形態は,主に静電気的に引き寄せられ,鉱物表面とは直接化学結合を作らない外圏錯体(図3a)と,表面水酸基と直接化学結合をつくる内圏錯体に分類されます(図3b).内圏錯体であるとしても,表面金属中心への配位環境に依存してさまざまな表面錯体構造を取ることが最近の分光学的研究から明らかになってきています.一般に水和半径の大きい一価のイオンは鉱物表面に対して外圏錯体のみを構成することが知られています.一方多価イオン種は,イオンの種類,吸着体酸化物の種類,乾燥状態,pHやイオン強度を主とした溶液組成に依存してさまざまな吸着形態をとることが観察されています.表面錯体構造は吸着の「強固さ」に多大な影響を及ぼすことが知られます.たとえば,強固な化学結合である内圏錯体である場合は他の共存イオンの影響をさほど受けず,固相に安定に維持されます.一方,静電的な結合である外圏錯体である場合,共存イオンに容易に吸着サイトを奪われ溶液へと放出されることになります.
3.1 吸着実験
吸着実験は一定の温度条件で,pHとイオン強度を一定にした既知濃度の溶質を含む溶液に既知量の鉱物粉末を添加し,吸着平衡に達するまで反応させることにより行います.反応には振とう器もしくはスターラーを用います.また二酸化炭素が吸着実験に影響を与えることがあるため,グローブボックスなどを用いて不活性雰囲気下で行われることもあります.溶質が酸化還元に敏感な種である場合も系の酸化還元雰囲気を制御します.平衡時間の決定には,あらかじめ時間の関数として吸着量を測定する速度実験を行っておくことで,吸着平衡を確かめておく方法が一般的です.吸着平衡には十分な時間をとることが必要ですが,時間をかけすぎると鉱物の溶解や溶質の鉱物化など吸着以外のサイドリアクションが生じることもあり注意が必要です.
吸着平衡に達した後,反応懸濁液のpHを測定し,遠心分離やろ過などにより固液分離を行います.固液分離後の溶液に含まれる溶質濃度を測定し,以下の質量均衡式に基づいて吸着量を算出します:
(4)
ここで,qは吸着量(鉱物単位質量あたりの溶質の量)であり単位はmol/kgで与えられます.C0とCfはそれぞれ吸着実験前と後の溶質濃度であり単位はmol/Lで与えられます.V0とVfはそれぞれ吸着実験前と後の溶液の体積であり単位はLで与えられます.mは鉱物の質量で単位はkgです.また鉱物の比表面積(m2/kg)をqに乗じ,表面積あたりの溶質量(mol/m2)で吸着量を評価する方法も一般的です.
3.2 吸着等温線と吸着エッジ
以上の方法で得られた吸着量は,同じイオンに対して同じ鉱物を用いた吸着実験であっても通常pH,イオン強度,溶質濃度に依存して大きく変化します.そこで特定の因子がどのくらい吸着挙動に影響を与えるのかを調べるために,吸着等温線および吸着エッジという2つの吸着実験データの整理方法が提案されています.
吸着等温線はpHやイオン強度を一定におき,溶質の平衡濃度の変数として吸着量をプロットすることにより作成されます.実験的には一定pHおよびイオン強度条件で,溶質を低い濃度から高い濃度までふった一連の吸着実験を行うことで吸着等温線を作成することができます.図4に吸着等温線の一例を示します.吸着等温線では一般に平衡溶質濃度の増加に伴い直線的に吸着量は増加し,あるところから吸着量は頭打ちに至る曲線を描きます.頭打ちにいたるまでの直線の勾配は,吸着の有効性を示すパラメータとなります.すなわち,鉱物に吸着される溶質量が多くなるほど,溶液中にのこる平衡溶質濃度は減少します.この場合直線の勾配は大きくなります.逆に鉱物に吸着される溶質量が少なくなると,平衡濃度は増加し,勾配は小さくなります.一方頭打ちに至った吸着量は実験条件における対象鉱物の対象イオンに対する最大吸着量を示します.図4に示されるように,吸着等温線によって得られる最大吸着量もpHやイオン強度のような水質条件に依存します.したがって吸着等温線によって最大吸着量が見積もられたとしても,鉱物が固有にもつ最大吸着容量を示すものではないことに注意が必要です.
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吸着エッジは系に存在する溶質量とイオン強度を一定におき,pHの変数で表される溶液中からの溶質の吸着割合(%)をプロットすることにより作成されます.実験的には一定イオン強度および溶質濃度条件で,pHをふった一連の吸着実験を行うことで吸着エッジを作成することができます.図5に吸着エッジの一例を示します.吸着エッジでは狭いpH範囲で吸着量が0%から急激に増加する曲線を描きます.前節で述べましたように,ZPCよりも低い条件において表面は正に帯電し,高い条件では負に帯電します.したがって,陽イオンの場合は酸性条件からアルカリ性条件へのpHの変化に伴い,吸着量は増加します.逆に陰イオンの場合はアルカリ性条件から酸性条件へのpHの変化に伴い吸着量は増加します.また多価陰イオンなど,水溶液のpHの変化に伴い溶存種形が変化するイオンでは吸着量が増加するpHの幅が広くなる(吸着量増加の勾配が緩くなる)ことが知られています.また酸性では陽イオンの形態をとり,アルカリ性では陰イオンの形態をとるウラニルイオンなどの溶存種は,陽イオン・陰イオン双方の特徴をもつ吸着エッジを示します.吸着エッジの形状は,イオン強度,溶質濃度,固/液比などのパラメータに強く依存します.そのため異なる実験で得られた吸着エッジの比較をする際には注意が必要です.
3.3 表面酸/塩基滴定
表面水酸基のプロトン化及び脱プロトン化によって生じる表面電荷は鉱物のイオン吸着に対して支配的な役割を果たします.鉱物の表面電荷の測定には濃度の異なる支持電解質溶液中における表面酸/塩基滴定が一般的に用いられています.表面酸/塩基滴定は表面に対するH+およびOH-イオンの吸着実験と考えることができます.上述のイオン吸着実験との違いは,懸濁液に含まれるH+およびOH-イオン濃度を固液分離をする必要がなくpHメーターにより直接測定できる点です.
図6に筆者らの研究室で用いている表面酸/塩基滴定実験の実験系を示します.実験は反応容器に一定量の鉱物粉末と支持電解質溶液を封入します.鉱物表面が水とよくなじむように一定時間スターラーを用いて攪拌します.この際に系から二酸化炭素を除去するために不活性ガスによるバブリングを行います.この前準備のあいだ,pH電極で懸濁液のpHをモニターします.pH電極の示す値が一定を示すようになると,鉱物表面が水によくなじみ,二酸化炭素が除外されたと考えて表面酸/塩基滴定を開始します.なお実験の間,一定温度および不活性ガス雰囲気を保ちます.実験は高濃度の強酸もしくは強アルカリ溶液(HNO3やNaOH溶液)を系に添加することにより行います.滴定液を添加後,平衡pHに達するまでスターラーにより攪拌したまま放置します.平衡達成後にpHを測定し,再び滴定液を添加します.この作業を繰り返すことにより滴定曲線を作成します.なお平衡pHといっても,実際にpHが一定のまま変化しなくなることはありません.これは表面吸着平衡が達成された後でもゆっくりと溶解反応や表面の変質反応が進むためだと考えられています.そのため研究者ごとに数分以上pHメーターの値が変化しなくなる条件を吸着平衡とするなど基準を設けているケースが多いようです.表面酸/塩基実験は通常3つ以上の異なるイオン強度条件で行われます.前述のようにある与えられたpH条件では電解質濃度が高い条件ほど帯電した表面水酸基の量が増加します.ZPCにおいては表面の正味電荷量が最小となるとめ,表面電荷の支持電解質依存性もゼロに近づきます(図2).そのためいくつかの支持電解質で実験を行うことによりZPCを実験的に決定することが出来ます.
このように実験的に見積もられたZPCに基づくと,単位質量あたりの表面電荷量(Q:単位mol/g)は次式から計算することができます:
(6)
ここでCaおよびCbは系に加えられた全水素イオンおよび水酸化物イオン濃度,[H+]および[OH-]は溶液中にフリーで存在する(pHメーターによって測定される)平衡水素イオンおよび水酸化物イオン濃度,sは懸濁液の固液比(g/L)を示します.またQcはZPCにおいて試料1gあたりから溶液中に放出された水素イオンもしくは水酸化物イオン量を示しています.また表面電荷量は次式に基づいて単位表面積あたりのクーロン量で評価するほうが一般的です:
(7)
ここでAは比表面積(m2/g),Fはファラデー定数を示します.図7aにフェリハイドライトの表面酸塩基滴定曲線を,図7bに(5)〜(7)式に基づいて計算した表面電荷曲線を示します.
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4.1 経験的アプローチ
4.1.1 分配係数
もっとも単純な吸着データのモデル化方法は分配係数(Kd)です.分配係数は単一の吸着実験データもしくは吸着等温線データをモデル化するアプローチであり,次式によって表現されます:
(8)
ここでmi(ads)は固体に吸着した溶質iの濃度を示し通常単位はmol/kgで与えられます.mi(soln)は溶液中の溶質iの平衡濃度を示し通常単位はmol/Lで与えられます.したがって分配係数の単位はL/kgにより与えられます.図8aに分配係数アプローチにより表現される吸着等温線を示します.図4に示されるように,吸着等温線の吸着データは低溶質濃度の条件では直線関係を示します.分配係数は一定水質条件における低い濃度条件での吸着等温線データをモデル化できます.前述のように等温線データにおいて勾配の大きさは吸着の有効性を示します.したがって分配係数Kdは吸着の有効性を定量的に示す数値です.
分配係数アプローチは非常にシンプルなため,多くの水理学的モデルや反応輸送モデルに一体化され用いられています.ただし,分配係数は鉱物の特性や水溶液組成によって変化する値です.図9にはpHの関数としたヒ酸イオンのコランダムへの吸着の分配係数を示します.水質条件の変化により分配係数は最大で二桁以上値が変化することが図からわかります.そのため水理学的モデルや反応輸送モデルで用いる場合も,分配係数は対象とする条件でそれぞれ測定する必要があります.ある実験系で得られた値を他の実験系にそのまま適用することはできません.
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4.1.2 フロイドリッヒ吸着等温式
フロイドリッヒ吸着等温式も吸着等温線データをモデル化するアプローチであり,次式により表現されます:
(9)
ここでnは通常1以下の定数です.図8bに示されるように,高い平衡溶質濃度で直線の勾配が緩くなる等温線データを再現することができます.通常フロイドリッヒ吸着等温式はデータを再現するための経験式とみなされていますが,理論的な説明もなされています.鉱物表面に溶質に対して異なる結合エネルギーを示す表面サイトが複数存在する場合,低い溶質濃度においては低いエネルギーを示すサイトが吸着反応に関与することで急勾配な等温線の傾きを示します.低エネルギーサイトがほぼ占有されると,高いエネルギーを示すサイトが吸着反応に関与を始め,高溶質濃度条件では緩い勾配の等温線の傾きを示すことになります.フロイドリッヒ吸着等温式はこのような表面サイトの不均一性を表現していると考えられています.
4.1.3 ラングミュア吸着等温式
ラングミュア吸着等温式も分配係数やフロイドリッヒ吸着等温式と同様に経験的吸着式ですが,質量均衡式と質量作用式により導出される点で物理化学的リアリティーのあるアプローチです.吸着反応を次式のように記述します:
>S + i = >Si (10)
ここで,>Sは溶質iに利用される吸着サイト,>Siはiが吸着した表面サイトを示します.また水溶液1L中に存在する>Sのモル数をm>S,>Siをm>Siとすると,表面サイトに関する質量均衡式は以下のように記述されます.
mi(ads,max) = m>S + m>Si (11)
ここでmi(ads,max) は吸着に利用できる最大表面サイト濃度を示します.なお(10)式の質量作用式は次のように記述されます:
(12)
ここでmiは溶質iの平衡濃度(mol/L)を示します.(11)式を(12)式に代入し,式を変形すると次式が得られます:
(13)
図8cに式(13)により表現される吸着等温線を示します.高い溶質平衡濃度では等温線が水平に近づきますが,これは利用できる表面サイトが飽和に近づいたことを示します.ラングミュア等温式は次式のように変形できます:
(14)
もしも実験で得られた吸着等温線データがラングミュア吸着等温式に従うのであれば,実験データの1/m>Siに対する1/miをプロットすると,勾配が1/KLangmi(ads,max),切片は1/mi(ads,max)に等しい直線が得られます.
4.2 表面錯体モデリング
表面錯体モデリングは,表面を構成する表面水酸基と溶質との相互作用を錯体生成反応として化学平衡論に基づいて記述する方法です.表面錯体モデリングは表面における化学反応を評価することになるので,経験的アプローチとは異なり水質条件の変化による吸着挙動の変化を定量的に表現できます.表面錯体モデリングの中でもいくつかのサブモデルが存在します.ここではその中から機構論的なアプローチが可能で,パラメーターが比較的少ないExtended Triple Layer Model (ETLM)について解説いたします.ETLMはアメリカStanford大学のDavisらにより1970年代後半に開発されたTriple Layer Modelを基に,アメリカJohns Hopkins大学のSverjenskyのグループが1990年から現在も検討を続けている表面錯体モデリング手法の一つです.本手法は吸着データの再現だけではなく,吸着データの得られていないイオンや鉱物による吸着挙動を予想することを目的に検討が続けられています.
表面水酸基のプロトン化・脱プロトン化反応による表面電荷生成は全てのイオン吸着反応の基本となり,表面錯体反応においても必ず考慮しなくてはなりません.そこではじめに表面電荷データのETLMによる評価方法を解説し,次に陰イオンおよび陽イオン吸着のETLMについてを解説します.
4.2.1 表面酸/塩基特性のETLM
表面錯体モデリングの適用にあたり,(1)(3)式の表面水酸基のプロトン化・脱プロトン化反応は次式で示されると考えると便利です:
(15)
(16)
ここで添え字のsは表面を示します.つまりHS+は表面近傍に存在するH+イオンを示します.(15)式および(16)式の質量作用式は次式で表現されます:
(17)
(18)
ここで[]は表面種の活量(熱力学的有効濃度)を示します.ただし表面種の活量と濃度の違いは現在のところまだ厳密には考慮されていないため双方を等しいと仮定します.また表面種濃度は,鉱物1kgあたりのモル数,鉱物表面1m2あたりのモル数,溶液1Lあたりのモル数およびサイト占有率など様々な単位で与えられています.異なる表面種濃度の単位で計算された平衡定数は,他の単位で計算されている平衡定数と直接比較できないことに注意が必要です.表面種の活量や標準状態の与え方についての詳細はSverjensky, (2003)を参照ください.なおここでは溶液1Lあたりのモル数で表面種濃度を扱います.
式(17)および(18)の [H+]Sは,固体表面近傍での水素イオン活量を示します.表面が電荷を帯びている場合,バルク溶液の水素イオン活量と表面近傍の水素イオン活量は,表面電荷の影響のために等しくないと考えられます(図10).表面近傍のH+活量と,バルク溶液のH+活量は,静電気的な影響(クーロン効果と呼ばれます)を考慮することで次式のように関係づけられます:
(19)
ここでΔzは反応により生じた電荷の差((15)(16)の場合は+1),Fはファラデー定数(96,485 C/mol),ψ(x)はx地点における電位,Rは気体定数,Tはケルビンスケールでの絶対温度を示します.なお(19)のexp項は静電気項もしくはクーロン項と呼ばれます.(19)式を(17)および(18)式に代入すると以下が得られます:
(20)
(21)
ψ0は0面における電位を示すことになりますが,この説明のために図11にETLMにおいて想定される水-鉱物界面構造を示します.ETLMでは界面に3つの層(面)を仮定します.もっとも内側の表面水酸基に相当する部分が0面,そのすぐ近傍がβ面そしてd面(拡散層)が続きます.それぞれの面には電荷(σ)と電位(ψ)が仮定されます.0面とβ面が吸着のための層となり,水素イオンの吸着や脱離は0面で生じ,対イオンの吸着はβ面で生じます.各面の表面電荷と電位は次式のようにキャパシタンスにより関係付けられます:
(22)
(23)
ここでC1とC2は内層キャパシタンス,外層キャパシタンスと呼ばれます.C1の値は界面部分の水の誘電率と0面とβ面の距離に依存すると考えられており,鉱物種と電解質タイプにより決められるパラメータとなります(Sverjensky, 2005).C2は表面錯体モデリングで感度の高いパラメーターではなく伝統的に20μF/cm2が用いられています.
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表面水酸基における水素イオンの吸着・脱離により生じる表面電荷(0面電荷)の大部分はβ面における対イオンの物理吸着によって相殺されます.この化学反応はNaNO3電解質を仮定すると以下のように記述できます:
(24)
(25)
(24)(25)式の質量作用式は次式で記述されます:
(26)
(27)
以上で化学反応式と質量作用式は出揃いました.次に各面における電荷量を考えます.まず0面における電荷(σ0)は次式で表現されます:
(28)
ここで,Aは比表面積(m2/g),sは固液比(g/L)を示します.なお,σ0は酸/塩基滴定によって得られた電荷σ(式(7))と一致します.したがって:
(29)
β面における電荷(σ0)は次式で表現されます:
(30)
d面における電荷はGouy-Chapman理論に従い次式のようにd面の電位に関係づけれられます:
(31)
以上の表面電荷は3つの面で均衡するため次式が成り立ちます:
(32)
最後に表面水酸基の質量均衡式は次式に与えられます:
(33)
ここでNSはサイト密度と呼ばれ,表面1nm2あたりに存在する表面水酸基の量を示します.またNAはアボガドロ数(6.022×1023)です.
ETLMでは表面酸/塩基滴定実験よって求めたpHおよびイオン強度の関数としての表面電荷σ(図7a)を(20)から(23)式,(26)から(28)式,(30)から(33)式によって表現することになります.したがって滴定データを再現するためにはK1,K2,KNa,KNO3,C1およびNSの6つのパラメータが必要となります.ただしSverjensky, (2005)やFukushi and Sverjensky, (2007a)により酸化物や水酸化物のK1,K2,C1,NSは各鉱物に特有なパラメータとしてまとめられており,実際の表面酸/塩基滴定のフィッティングパラメーターはKNa,KNO3のみに減じられます.また実際のフィッティングはFITEQL,MINTEQ,GEOSURFといったETLMを考慮できる地球化学コードを用いて行われます.図7bの曲線はKNa,KNO3のみをフィッティングパラメータとして計算したフェリハイドライトのNaNO3溶液中における表面酸/塩基データの解析結果を示します.
4.2.2 陰イオン吸着のETLM
上記のNO3-のような水和半径の大きい一価の陰イオン(Cl-やClO4-など)の吸着は,(24)式と同様の外圏錯体生成型の表面錯体生成反応によりうまく表現することができます.ところがSO42-やAsO43-のような内圏錯体を形成する多価オキシ陰イオンについては,やや異なる取り扱いが必要となります.図12にオキシ陰イオンの内圏錯体生成反応の模式図を示します.内圏錯体生成反応は正に帯電した表面水酸基とオキシ陰イオンの酸素原子が置き換わり,正に帯電した表面水酸基は水分子の形でバルク溶液に放出される機構としてとらえることができます.硫酸イオンを例にすると,この反応は次式に記述されます:
(34)
この反応の質量作用式は次に示されます:
(35)
ここで
は(34)の反応により電荷を帯びた表面に種が入り込む,もしくは,出て行くことにより生じる静電気項となります.もしもこの出入りに関与する溶存種がH+とSO42-だけであるのであれば,H+が0面に吸着し,SO42-がβ面に吸着するとして:
(36)
と記述されます.ただし(36)式には内圏錯体生成により生じる水分子双極子脱離の影響は考慮されておりません.Sverjensky and Fukushi (2006a)によると,0面に存在するn分子のプロトン化した表面水酸基(水分子)がバルク溶液中に放出される時の静電的仕事量(Δw)は次式で表現されます:
(37)
式(34)では1分子の水分子が放出されておりますので,この効果を(36)に加えると,次式が得られます:
(38)
ゲータイトへの硫酸イオン吸着(図5)を例に実際の適用方法を解説します.その場赤外分光分析による直接観察や分子シミュレーション計算から,硫酸イオンのゲータイト表面における表面錯体は,酸素を一つオキシ陰イオンと共有した(モノデンテイト型)内圏錯体(図12)と外圏錯体が双方存在しており,pHの増加およびイオン強度の減少に伴い,外圏錯体の寄与が大きくなることが知られています.内圏錯体生成反応に関しては,前述した(34)式とその質量作用式(35)式および(38)式に示される静電項を用います.外圏錯体は以下に示される表面錯体錯体生成反応を仮定します:
(39)
この質量作用式は:
(40)
となり,静電項は前節で述べた見積もり方法と同様になります.図5の曲線は,以上の二つの表面錯体生成反応に基づき計算したETLMによるフィッティングの結果を示します.なお計算に必要な表面酸/塩基特性を示すK1,K2,C1はSverjensky, (2005)で予想された値を用いています.NSはFukushi and Sverjensky, (2007a)による予想値を用いています.またKNa,KClは独立した滴定実験から見積もられた値を用いています.図13aは低いイオン強度条件におけるpHの関数とした上記二つの表面錯体の分布図を示します.分光学的に示されているのと同様に,外圏錯体の割合がpHに伴い増加する挙動を見ることができます.また図13bは高いイオン強度条件の分布図を示しますが,図13aと比較すると,外圏錯体の寄与が減少していることを見ることができます.この挙動も分光学的に示されている結果と一致します.
ここでは(34)式と(39)式に示される特定の表面錯体生成反応の組み合わせにより妥当に評価できた例を示しましたが,分光学的にはモノデンテイト型内圏錯体と外圏錯体の組み合わせであるということしかわかっておりません.(34)式と(39)式を導くまでには,他の全ての可能性のある化学反応式を立ててみて,それぞれの実験結果への適用性(フィッティングができるかどうか)を調べるという作業が必要となります.本手法はSverjensky and Fukushi (2006ab),Fukushi and Sverjensky (2007ab)に詳細にまとめられております.ご参照ください.なお図4の曲線はヒ酸のゲータイト吸着データをETLMによってフィットした結果を示します.
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4.2.3 陽イオン吸着のETLM
Na+のような水和半径の大きい一価の陽イオンの吸着は,(25)式と同様の外圏錯体生成型の表面錯体生成反応によりうまく表現することができます.一方二価金属イオンのようなイオン半径が小さく内圏錯体を形成する陽イオンについては,異なる取り扱いが必要となります.Hayes and Leckie, (1987)やCriscenti and Sverjensky, (1999)は金属酸化物への二価金属イオン吸着挙動を検討し,本来H+やOH-の吸着面である0面にこれら金属イオンが吸着するように定式化すると吸着実験データをよく表現すると述べています.次に反応式の一例を示します:
(41)
ここでM2+は二価の金属イオンを示します.この質量作用式は次式に与えられます:
(42)
この静電項の取り扱いは二価金属イオンが直接表面水酸基に化学結合を作るというメカニズムを考えると極めて現実的であるといえます.
まとめ
変異電荷に卓越する鉱物によるイオン吸着の一般的なメカニズム,実際の吸着実験方法と吸着実験データの整理方法,経験的および機構論的な吸着挙動のモデリング方法について述べてきました.表面錯体モデリングはいまだ様々な課題も残すチャレンジングな分野です.とくに純粋な酸化物や水酸化物では多くの検討が行われていますが,粘土鉱物に代表されるケイ酸塩鉱物ではほとんど検討されておりません.本解説がきっかけとなり,粘土科学分野の学生や研究者の方が興味をもっていただけることを願っています.
最後に,本講座シリーズに執筆の機会を与えて下さった鹿児島大学の河野元治教授に感謝致します.また後半で解説いたしましたETLMは筆者がJohns Hopkins大学滞在時にDimitri Sverjensky教授から丁寧にご指導いただきました.なお金沢大学理学部地球学科永田貴洋氏には滴定実験に関する議論や図面の作成など多大な協力をいただいきました.記して感謝いたします.
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