27. 土壌汚染対策における粘土科学の役割

和田信一郎
九州大学 大学院農学研究院
〒812-8581 福岡市東区箱崎6-10-1



1.土・土壌・土壌汚染
2.土壌汚染という環境問題
3.汚染土とはどのような土か
4.土はどのようにして汚染されるか
5.土は何からできているのか
6.汚染物質はどのような状態で存在するのか
7.汚染土の修復
8.結び


1.土・土壌・土壌汚染

「土」と「土壌」とは基本的に同じ意味です.これらの言葉を英語に訳す時にはどちらに対してもSoilという単語を使います.ただ,日本語では農用地の土や,自然の林地や草地でも表土に近い部分を特に土壌と呼ぶ傾向があります.つまり,農学分野では土壌という言葉が好んで用いられ,地盤工学分野では基本的に土という言葉が用いられます.この解説では基本的には「土」という言葉を用いますが,土壌汚染というような決まった言い回しのばあいには「土壌」という言葉も使います.

土は地味な存在でした.ときおり,「金権政治の土壌」というような言い回しで新聞に登場することはありましたが,土そのものに関する記事はごく少なかったのです.ところが2000年代になって土壌汚染に関する報道が非常に多くなり,地味な存在だった土壌の露出度が高くなりました.ただ,「●●汚染の土壌」というような比喩的な取り上げられ方だったものが「土壌の●●汚染」になってニュースに登場するようになったわけですから,私のような,土の研究者にとってはちょっと複雑な気分です.

2.土壌汚染という環境問題
上の「土壌の●●汚染」の●●の部分に入るのは鉛,カドミウム,フッ素,塩素を含む有機溶剤などの有害物質です.このような汚染が工場跡地や市街地で多く見出されるようになり,国は2002年に土壌汚染対策法という法律を制定しました.土壌汚染対策というのは,汚染の有無を判定し,土から汚染物質を除去したり,汚染物質が広がるのを防止したりすることです.この,汚染物質の除去や拡散防止対策においては粘土科学が非常に大きな役割を果たしています.汚染物質の種類や対策法の種類によっては,土壌汚染対策 ≒ 粘土科学といっても言い過ぎではないくらいです.この講座では,土とはどのようなものか,土の汚染(=土壌汚染)とはどのようなことかを説明しながら,土壌汚染対策における粘土科学の役割について解説したいと思います.

土壌汚染は大気汚染,水質汚濁と並ぶ代表的な環境汚染です.これらのうち大気汚染と水質汚濁は,経済の高度成長がはじまった1960年代から各地で深刻な問題となりました.工場から排出される排気が原因と考えられる四日市ゼンソクなどの「公害病」の発生などが契機となり,1967年には公害対策基本法という法律が制定され,国が環境汚染対策を講ずるようになりました.この法律の中では,大気,水質,土壌が3つの重要な環境要素とされ,それぞれ個別の法律や環境基準を制定して汚染対策を講ずるべきことが述べられています.

この法律を受けて,1968年には大気汚染防止法,1970年には水質汚濁防止法という個別法が制定され,その法律を施行するため1971年には水質環境基準が,1973年には大気環境基準が定められ,汚染防止対策が行なわれることになりました.しかし,土壌汚染に関する個別法や(土壌汚染防止法)環境基準(土壌環境基準)が定められたのはそれぞれ2002年,1991年のことです.

それでは,土壌汚染という環境問題は20世紀後半になるまで日本では問題にならなかったのでしょうか?そんなことはありません.土壌汚染は大気汚染や水質汚濁よりもずっと前からヒトにとっての深刻な環境問題でした.渡良瀬川上流の足尾銅山の精錬所から渡良瀬川に流入した銅化合物は,渡良瀬川の水を灌漑水として利用する流域の水田に蓄積し,稲作に壊滅的な打撃を与えました.これは1880年ごろから顕在化した環境問題で,足尾鉱毒事件として知られています.また神通川上流の神岡鉱山の精錬所から流出したカドミウム化合物は神通川流域の水田土壌を汚染させ,稲に吸収されたカドミウムの一部は米に蓄積し,それを食べることによって多くの人が腎不全やイタイイタイ病を発症しました.また宮崎県の土呂久では,亜ヒ酸精錬所の煙道から漏れた亜ヒ酸が大気中で凝結して降下し,土壌を汚染しました.これらも1920年頃にはすでに問題化していたのです.しかしこれらの土壌汚染はすべて農用地(水田)であったため,政府は一般的な土壌汚染対策に関する法律の代わりに「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」を制定し,1971〜1975年に銅,カドミウム,砒素に関する環境基準を定めて対応しました.

3.汚染土とはどのような土か
東京湾岸の埋立地に不法投棄されたクロム鉱滓による土壌汚染のような例外はあったものの,1970年頃までは,農用地以外の土壌の汚染の事例は比較的少なかったといえます.しかし,1980年ごろから,水質汚濁防止法の適用による地下水の水質調査などを契機として次第に土壌汚染の発覚件数が増加しました.大部分の地下水は降水が土壌を浸透して帯水層に到達したものですから,土壌が汚染されていればそこを浸透する水も汚染されるというわけです.このため,地下水汚染を契機として発覚した土壌汚染に対する対策は,水質汚濁防止法を準用するような形で行われたのですが,それでは対応できないものも見出されるようになり,1991年には土壌環境基準が定められ,2002年には土壌汚染対策法が制定されました.

ごく一般的に言えば,「土の汚染とは,土に何らかの物質が混入することによって土の機能が損なわれることである」ということになります.土の機能とは,植物の培地として自然生態系や農業生態系を支える機能,降水をろ過して浸透させ,地下水を涵養する機能,構造物の基礎となる機能などです.このような機能を阻害するような物質の混入はすべて土壌汚染ということになります.精錬所から流出したカドミウムを含む排水が水田に流入し,カドミウムの一部が土に蓄積すると,その水田は安全な食品としての米を生産する機能が損なわれることになります.このような例は典型的な土壌汚染です.この他,強酸性の降雨によって土が酸性化して植物が生育できなくなったとすれば,これは酸による土壌の汚染です.土の機能が損なわれるのであれば,土に入ってくる物質の如何によらず土壌汚染です.

しかし,法律ではもう少し限定的に考えています.土壌汚染対策法は土壌汚染によるヒトの健康被害の防止を目的にしていますから,土の全機能ではなく,特にヒトの健康と関係の深い機能のみに注目しています.土に入った汚染物質が,浸透水に溶解して地下水に到達すると,地下水が汚染されます.汚染物質の濃度によっては,それを利用する人の健康を害する可能性が高くなります.また,土の微粒子は風によって吹き上げられ空気中を漂っていろいろなものに付着し,人の口に入る可能性もあります.土に直接触り,それが口に入る可能性もあります.土壌汚染対策法の施行令では人の健康被害に対するこれらの経路を考慮し,25種の有害物質を対象に,汚染物質が水にどれだけ溶出してくるか,万一土を口に入れてしまったとき,消化管の中でどれだけ溶出してくるかという2つの観点から基準が決められています.このため,土に一定量の水を加えて反応させ,溶出してくる汚染物質の濃度が一定濃度を超えた場合にはその土は汚染土と判定する,と定められています.

表1の土壌溶出量は風乾土50 gに500 mLの水を加えて6時間振とうし,ろ過して得られるろ液中の物質濃度のことです.含有量というのは文字通りの全含有量のことではなく,消化管内での物質の溶出可能性を評価するため,胃や腸内の状態を模したような条件で抽出するための方法が定められています.

. 土はどのようにして汚染されるか

土壌汚染対策法の施行規則で指定されている25種の汚染物質(表1)のうち1〜9は重金属などの無機物,10〜21は塩素を含む有機溶剤,22〜24は農薬です.重金属などはもともと土の中に含まれていることもありますが,多くのケースでは鉱山や精錬所,その他の工場からの排水に溶存して土に入ることが多いです.つまり,これらを含む水が土の表面から浸透することによって土の中に入ってくることが大部分です.有機溶剤や農薬も土の表面から土の中に入ってきます.

あるとき,有害物質を含む廃液が土に流入し,それが土の表面から50 cm程度まで浸透したとします.その後流入した廃液の水が揮発してしまえば汚染物質は土のその部分に残留することは当然です.また粉剤の農薬が散布されたり,重金属化合物を含む固体が誤って土の表面にまき散らされたりした場合には,土の表面に汚染物質が入ってきます.

しかし,そのような汚染が屋内で起こるような場合を除けば,土には降水が絶えず浸入してきます.日本の年平均降水量は2000 mm程度です.市街地でも,舗装されていない場所ではその降水の10 %程度は土に浸透します.畑や原野では70〜80 %が,水田にいたってはほとんど全部の降水が浸透します.たとえば降水量が2000 mmで,その10 %が浸透するとすれば,1年に200 mmが地中に浸透することになります.荒っぽい計算ですが,もし土に入ってきた汚染物質が水に溶ける物質であるなら,1年に20 cmずつ下方に流され,10年後には2 m以深まで流されることになります.これは深刻な地下水汚染にはつながりますが,土壌汚染はあっという間に解消されるはずです.

ところが実際にはそうなっていません.そのひとつの原因は,汚染物質のなかには水に対する溶解度低いものがあるということですが,原因はそれだけではありません.水に対する溶解度が非常に大きいカドミウム塩で汚染された水田があります.水田では,降水の大半が浸透する上,イネを栽培している間は頻繁にたん水します.田面水は1日あたり20〜30 mm程度浸透しますし,稲作期間中,合計40日程度はたん水しますから,田面水の浸透だけでも800 mm程度になります.それにもかかわらず,汚染から数十年たっても作土にカドミウムが保持されており,そこで育てた米のカドミウム濃度が1 mg/kgを超えるような事例がまれではありません.

このように土壌汚染は長期化します.その理由のひとつは,土を構成する物質が汚染物質を強く保持し,浸透水によって洗脱しにくいからです.その理由を理解し,土壌汚染の環境影響を評価したり,汚染除去などの対策を行うためには土の中での汚染物質の存在状態を詳しく知る必要があります.そしてそのためにはそもそも土が何からできているのかを理解する必要があります.

5. 土は何からできているのか

一言で言うなら土は岩石の風化によって生成します.風化というのは岩石が物理的に細粒化したり,水との反応によって化学的に変質することです.岩石の風化は地球の表層で起こる現象ですから必ず生物も関与します.結局,土は岩石の砕片や造岩鉱物,造岩鉱物が化学的に変質してできた鉱物,生物由来の有機物などから構成されます.

土を構成する鉱物のうち,土の生成過程で造岩鉱物の変質によって新たに生成した鉱物はほとんど例外なく粒径1 mm以下の微粒子です.粒径5 nmのナノ粒子さえもまれではありません.土の構成鉱物を粒径によって分画するとき,粒径2 〜 5 mm以下の画分を粘土画分と呼びます(数値に範囲があるのは,土壌学会,地盤工学会など学会によって粒径区分の仕方が少しずつ異なるため).このため,これらの鉱物は土の粘土鉱物と総称されることがあります.ちなみに,土壌学分野では> 2 mm画分をレキ,2〜0.2 mm画分を粗砂,0.2〜0.02 mm画分を細砂,0.02〜0.002 mm画分をシルトと呼びます.

土はこのように大小さまざまな大きさの粒子の集合体です.直感的にわかると思いますが,粒子の集合するとき,粒子間の間隙の大きさは粒子自体の大きさと同じオーダーになります.たとえば直径1 cmの球状粒子が集まったとき粒子間の間隙の大きさは差し渡し1 cm程度になります.球の大きさが1 mmであれば間隙もその程度になります.図1は土を樹脂で固め,それから切り出した薄片を顕微鏡で観察したものです.分解能の低い顕微鏡で観察したときには固体に見えた部分もさらに拡大すると微粒子と間隙からなることがわかります.図1の3つの薄片像を比較すると,この土の中には差し渡し1 cmオーダーの孔隙から10 nmオーダーの孔隙まで含まれることがわかります.

図1.土の孔隙構造の2値化画像.白い部分が孔隙.(和田, 2008;岩波書店の許可を得て転載)

このように多様な大きさの孔隙が存在するのは,土を構成する粒子の大きさが多様であるからだけではありません.ほとんど粘土だけでできている土でも図1に示したような階層的な孔隙構造を持つことがあります.それは,微粒子が集合して集合体を形成し,その集合体がさらに集合することにより,次々と高次の集合体が形成されることがあるからです.図2はこの様子を模式的に示したものです.このような階層構造は団粒構造とよばれます.このとき,鉱物の化学的変質過程で生成する水酸化鉄,水酸化アルミニウム,アルミニウムケイ酸塩などの超微粒子や植物遺体の分解過程で生成する有機物が粒子間の接着物質として機能します.特に,植物遺体の分解過程で生成する一連の有機物群は腐植物質と総称され,表土では接着物質として特に重要です.

このように,多孔質体としての土の構造形成に粘土鉱物と腐植物質が重要な役割をはたしています.粘土鉱物と腐植物質は土を土たらしめている物質といっても過言ではありません.というのは,これらの物質は微粒子であるため単位質量あたりの表面積が極めて大きくなります.そしてその表面はさまざまな化学物質と相互作用しうる活性な表面なのです.土を構成する粘土鉱物の種類や構造についてはこの講座で南條(2002)によって詳しく解説されていますのでここでは詳細には立ち入りませんが,土の粘土画分を構成する鉱物をいくつかのグループに分け,それらの性質を簡単にまとめて表2に示しています.なお,この表には,鉱物ではありませんが,腐植物質も加えています.

もちろん,すべての土にこれらすべての粘土鉱物が含まれるわけではありません.土の種類により粘土鉱物の含量や種類はまちまちです.砂質土では粘土鉱物の含量は1〜2 %のこともあります.粘性土では50 %を超えることもあります.土の種類と粘土鉱物の種類の関係は単純ではありませんが,火山灰由来の土では粘土鉱物の大部分がアロフェン・イモゴライトであることが多いといえます.たとえば関東ロームです.腐植物質の含量の高いのは土の表層30 cm程度です.これも土の種類によって大きく異なり1〜2 %のこともあれば30 %に達することもあります.

上で述べたように土の骨格は孔隙だらけです.これが岩石と土との大きな違いです.土の構成成分の大部分は鉱物です.土を構成する鉱物の密度は平均すると2.6 g/cm3程度です.土を,その孔隙構造を乱さないように1 L(たとえば10 cm × 10 cm × 10 cm)掘り取って乾燥して質量測定するとだいたい1〜1.3 kg/Lとなります.これは土の乾燥密度とよばれます.構成鉱物の密度が2.6 g/cm3 = 2.6 kg/Lですから,半分以上は孔隙ということになります.

野外の土は表層の1 cm程度の部分を除けばたいてい湿っています.つまり土の中には例外なく水が存在します.極端な砂質でもなく粘土質でもないごく普通の土がしっとりと湿っているときには土の孔隙の15〜25%には水が保持されています.そしてその残りは空気で満たされています.ただし,この空気は大気と同じ組成ではありません.土の中には植物の根,各種微生物などが存在し,それらが呼吸をしていますのでどうしても大気と比較すると二酸化炭素濃度が高くなります.表3には土の空気の成分の組成を示します.

表3に示すように土の空気の組成は土の深さや植生,季節などによって大きく変動するのですが,大雑把に言えば,二酸化炭素濃度が高く,その分だけ酸素濃度が低くなっているのが特徴です.土壌汚染が問題になる表層土の場合,二酸化炭素濃度は3 %程度はあると考えてもいいと思います.つまり土の空気の二酸化炭素濃度は大気の100倍近いということです.

6. 汚染物質はどのような状態で存在するのか

表1に示したような汚染物質が土の表面から入ってきたとき,土の中ではどのような状態で存在することになるでしょうか.それは汚染物質の種類によって大きく異なります.共通していることは,土を構成する物質のうち粒径の大きい鉱物とはあまり反応しないということです.たとえば粒径1mm程度の砂だけからなる土の場合,液体状態あるいは溶液として入ってきた汚染物質はほとんど素通りしてしまいます.もし,汚染現場が野外であれば,残ったものも降水の浸透によってあっという間に洗脱されてしまいます.しかし,土が,ある程度粘土を含む場合には話が違ってきます.粘土の含量によって,そして粘土を構成する物質の種類によって土の中に入った汚染物質の挙動は大きく違ってきます.

6.1 有機化合物の場合

とはいえ,表1の10〜25の有機化合物が水溶液として入ってきたときの挙動は比較的単純です.これらの物質は粘土鉱物とはあまり強く反応しません.少量は鉱物表面に分子間力によって吸着されますが.結局,これらの有機物が水溶液として土に入ってきた場合,ごく一部が土の粘土鉱物に吸着され,大半は素通りです.

表1の10〜21の有機化合物の主な用途は溶剤ですから,水溶液として土に入ることより原液として入ることが多いようです.たとえば貯蔵タンクやドラム缶などの破損事故によって地面にしみ込む,といったケースです.この場合にはこれらの化合物の液体が図1,図2に示したような孔隙構造の中に入ってくることになります.大きな孔隙の中にだけとどまるのであれば,重力によってどんどん下に浸透していきます.しかし,微細な孔隙に入ると,重力に逆らって長期間保持されることになります.土は降水後長期間にわたって水を保持することができますが,これは水が図1の一番左の写真に示されたようなマイクロメートルないしナノメートルサイズの孔隙に保持されているからです.これと同じことが有機溶剤に対しても起こるのです.これらの有機化合物は粘土鉱物と特別な化学反応はしません.それにもかかわらず,土の孔隙構造が粘土含量や,粘土鉱物の種類に大きく影響されますので,結局その存在状態が土の粘土によって影響されることになります.

有機化合物の挙動に大きく影響するもうひとつの成分は腐植物質です.腐植物質というのは一群の化合物の総称であって,構造式を示すことはできないのですが,たとえば,図3に示すような構造の例が提案されています.腐植物質の構造についてはまだ合意はなく,図3に示したような高分子ではなく,低分子が集合して見かけ上高分子的になった超分子だという見方もあります.ただ共通しているのは,図3のモデルにもあるような芳香族構造に富むという点です.このような構造は疎水的です.このような構造を持つ分子が集合していると,その隙間には水に対する溶解度の低い有機化合物分子が取り込まれやすくなります.実際農薬やその他の水に溶けにくい有機物の土による吸着保持に対しては腐植物質の関与が大きいことが確かめられています.PCBやダイオキシン類では特にその傾向が強いと考えられます.

図3. 腐植物質の推定構造の例(Stevenson, 1994)

腐植物質や粘土鉱物による有機化合物の吸着はフロインドリッヒの吸着式という式で表すことができます.この式は
                                   q = kCn                                    (1)
という形をしています.ここでqは有機化合物の吸着量(mol/kg,mg/kgなど)knは吸着体と吸着物質によって決まる定数,Cは土の間隙水中の吸着物質の濃度です.nは一般的には< 1です.もちろんk > 0ですから,(1)式は,土の間隙水中の物質濃度が高くなれば吸着量が増し,低くなれば減少することを意味しています.高濃度の有機化合物や有機物の原液そのものが土に入ってくると,間隙水中の濃度は上昇しますから,その一部は腐植物質や粘土鉱物によって吸着されます.その流入が止み,降水が浸透するようになると間隙水中の濃度は低下します.そうすると今まで吸着されていたものが徐々に溶出してきます.

6.2 無機物の場合

表1の1〜9のような無機物の挙動はもっと複雑です.その第1の理由は,たとえば鉛の場合には「鉛およびその化合物」となっているように,土に入ってくる汚染物質の形態が場合によってまちまちだからです.鉛の場合,クレー射撃場の土に入ってくる鉛の主な形態は散弾の金属鉛です.鉛蓄電池が不法投棄された場合には,金属鉛に加えて硫酸鉛が入ってきます.工場における事故などでは塩化鉛など可溶性の鉛塩の水溶液が入ってくることもあります.この講座の目的は汚染物質の挙動を詳しく述べることではありませんから,典型的な無機汚染物質の例として鉛とヒ素だけを取り上げ,その挙動に土の粘土鉱物がどのようにかかわるのかについて述べます.

鉛の場合,クレー射撃場の土に入ってくる鉛の主な形態は散弾の金属鉛です.鉛蓄電池が不法投棄された場合には,金属鉛に加えて硫酸鉛がはいってきます.工場における事故などでは塩化鉛など可溶性の鉛塩の水溶液が入ってくることもあります.土に汚染として入ってくる鉛の代表的な形態は金属鉛,難溶性の鉛化合物,溶解度の高い鉛塩の3種でしょう.これらのうち金属鉛と難溶性の鉛化合物は,土粒子と入れ混ざって存在するだけです.一方溶解度の高い鉛塩の場合には,土の間隙水に溶解して鉛イオンPb2+となります.鉛イオンは粘土鉱物と反応します.

第1の反応は陽イオン交換反応です.土の粘土鉱物のうち層状ケイ酸塩鉱物の多くはその骨格が負に帯電しています.特にスメクタイト,バーミキュライトは負電荷の量が多いのです.これらの鉱物の粒子は厚さ1 nmの層状構造単位が積層してできています.それぞれの構造単位が負電荷を持つため,層と層の間にも陽イオンが吸着されています.普通の土では,最も多く吸着されているのはカルシウムイオンであり,マグネシウムイオン,カリウムイオン,ナトリウムイオンがこれに次ぎます.この状態の土に鉛イオンが入ってくると,これらの吸着イオンと交換して吸着されます.この反応は陽イオン交換反応とよばれます.模式的に書くと図4のようになります.この反応は,層状ケイ酸塩鉱物表面の-1単位の電荷を持つ部分を抽象的にXと書くことにすれば,次のような化学反応式で表すこともできます.
                           CaX2 + Pb2+ = PbX2 + Ca2+                             (2)

鉛イオンは層状ケイ酸塩の他,酸化物,水酸化物鉱物や腐植物質とも反応します.表2に示すようにこれらの物質は表面にヒドロキシ基やカルボキシ基を持ちます.たとえば水酸化鉄鉱物の場合,鉛イオンはヒドロキシ基のプロトンを押しのけて図5に示すように結合します.この反応は化学式で書くと
                            2Fe-OH + Pb2+ = (Fe-O)2Pb + 2H+                      (3)
となります.この反応は,表面のヒドロキシ基が解離して生成した負電荷を持つ酸素イオンが鉛イオンに配位結合する反応とみなすことができます.その反応が鉱物の表面で起こることから表面錯形成反応とよばれます.

鉛イオンは腐植物質とも似たような反応をします.ただし腐植物質の場合には反応するのはヒドロキシ基ではなくカルボキシ基です.図3に示した腐植物質の構造モデルからわかるように,腐植物質は多量のカルボキシ基
                                      
を持っています.このカルボキシ基もまた
                         2COOH + Pb2+ = (COO)2Pb + 2H+                        (4)
のように反応して鉛イオンを結合します.この反応もまた表面錯形成反応とよばれます.

これらの反応は,鉛が金属鉛や硫酸鉛などとして土に入ってきた場合にも重要です.土の中には水分がありますし,二酸化炭素濃度は大気よりもはるかに高くなっています(表3).このため鉛散弾などとして入ってきた金属鉛は,次第に表面から炭酸鉛になってきます.炭酸鉛は溶解度の低い化合物ですが,
                          PbCO3 + H2CO3 = Pb2+ + 2HCO3-                       (5)
のような反応でごくわずかに溶解します.硫酸鉛もまた
                             PbSO4 = Pb2+ + SO42-                              (6)
のように,わずかに溶解します.もし,土の成分が鉛イオンと反応しないのであれば,これらの鉛化合物がほんのわずかに溶解すると土の間隙水はこれらの物質で飽和してしまい,残りはそのまま土粒子と物理的に混合しただけで存在し続けることになります.しかし,鉛イオンは(2),(3),(4)式に示したような反応で土の粘土画分の酸化物,水酸化物鉱物や腐植物質に取り込まれてしまいます.このため,これらの物質の共存下で難溶性の鉛化合物が溶解すると,出てきた鉛イオンがどんどん表面錯形成によって固体に取り込まれてしまいますので溶解が促進されます.とはいっても土の間隙水中の鉛イオン濃度が高くなるというわけではなく,難溶性固体として存在していた鉛がイオン化して粘土鉱物や腐植物質の表面へ移るという,形態変化が起こるということです.

これらの反応は鉛イオンに限ったことではありません.カドミウムイオンでも銅イオンでも2価の重金属イオンには共通した反応です.

これらの反応は化学反応としては比較的早い反応ですが,それでも反応速度は少しずつ違います.土の場合には陽イオン交換反応が最も早く,表面錯形成反応はそれより少し遅れて起こるようです.図6は比較的腐植物質含量の低い土に約1000 mg/kgの銅を硝酸銅溶液として添加し,野外の状態に近いような水分に保ち,銅の形態変化を時間を追って調べた結果を図示したものです.形態変化は各形態の銅に比較的選択的な抽出剤を用いた逐次抽出法という方法で調べています.加えた直後には約35 %ずつが層状ケイ酸塩鉱物と酸化物鉱物(大部分は酸化鉄鉱物)に吸着され,5 %程度が腐植物質に結合しています.時間を経るにつれて層状ケイ酸塩に吸着した銅は減少し,酸化物に吸着した(表面錯体となった)銅が増えています.腐植物質に結合した(表面錯体となった)銅も少し増加しています.これらの形態変化は添加して約30日間が目立ちますが,その後も少しずつ起こっています.

存在形態が異なれば,水に対する溶出性も異なると考えられます.つまり,土の重金属の全含量が同じであっても溶出性は異なりうるということです.ここで説明したように,重金属の存在形態には土の粘土鉱物組成が大きく影響します.したがって,同じ種類,同じ量の重金属で汚染された土でも,その土からの重金属の溶出特性はまったく異なるということもありえます.さらにいえば,汚染土にたいする対策を考えるときにも土の粘土鉱物組成を考慮することが重要であるといえます.

次はヒ素の土中での挙動について少し考えてみます.土が新たにヒ素で汚染されるケースでは,土にはいってくるヒ素の形態はたいていヒ酸(H3AsO4),亜ヒ酸(H3AsO3)の塩類です.これらは土の間隙水に溶解するとこれらのイオンとなります.ヒ酸や亜ヒ酸のイオンのような陰イオンは層状ケイ酸塩鉱物や腐植物質とはあまり反応しません.反応するのは酸化物,水酸化物鉱物です.特に鉄の酸化物,水酸化物鉱物とはよく反応し,たとえば図5に示したような形で鉱物表面に結合します.この反応もまた表面錯形成反応と呼ばれています.図5の一番上の遊離のFe-OH基と一番下のヒ素が結合した部分の構造をよく比較するとわかると思いますが,これは鉱物表面の鉄に結合している2個のOH基をヒ酸イオンHAsO42-が置換して結合しているとみることもできます.このため,この反応は配位子交換反応ともよばれます.ヒ素が酸化鉄鉱物や水酸化鉄鉱物の表面にどのように結合しているかは,実はまだ完全にはわかっておらず,最新の方法を適用した研究が行われています.図5に示した構造は一つの可能性です.

図4. 層状ケイ酸塩鉱物における陽イオン交換反応の模式図.

図5. 水酸化鉄鉱物表面への鉛イオンおよびヒ酸イオンの結合の模式図.

図6. 土に硝酸銅溶液として添加した銅の形態変化の例.

場合によってはかなりの量のヒ素が土の中に含まれることがあります.たとえば,トンネルを掘削するとき出てくる土の中には,その場所の地質によってはかなりの量のヒ素が含まれることがあります.これは土壌汚染対策法でいうところの土壌汚染ではありません.人為的な汚染ではないとはいっても,土に多量のヒ素が含まれ,それが環境基準以上の濃度で溶出する場合には放置しておくことは出来ません.このような場合,掘削された土の中のヒ素は硫砒鉄鉱(FeAsS)のような鉄鉱物として含まれていることが多いようです.この鉱物は,掘削されて大気にさらされるようになると,大気中の酸素によって酸化され,水酸化鉄と硫酸イオンとヒ酸イオンに分解します.このときヒ素の一部は図5に示したような形で水酸化鉄に表面錯体として吸着されますが,残りは溶出します.このとき,土の中に酸化鉄鉱物や水酸化鉄鉱物が多く含まれているなら,その大部分はもともと土に含まれていたこれらの鉄鉱物に表面錯体として吸着されることになります.このように,自然由来のヒ素の溶出に対しても土の粘土鉱物組成が大きく影響します.

7. 汚染土の修復

土壌汚染対策法に基づいて考えると,汚染土の修復というのは,表1に示した土壌溶出量基準と土壌含有量基準を満たすようにするということです.そのためにもっとも確実な方法は土から汚染物質を除去することです.この方法は浄化ともいわれます.汚染土から汚染物質を除去してしまうというのは魅力的な方法です.幸いなことに,多くの有機汚染物質に対しては除去法が確立しています.もっとも簡単な方法は,土がそれ以上汚染しないようにしてただ放置しておく方法です.土の中には多くの種類の微生物が棲んでおり,それらは様々な有機化合物を分解することができます.したがって,単に放置しておくだけで汚染物質はいずれは消滅します.しかし,それでは長い時間を要するため土地利用のためには不都合です.このため,土に微生物を接種したり,土着の微生物の生育を促進させるための栄養素を添加するなど積極的な働きかけが行われています.

これに対して,無機物は微生物によって,形態変化させられることはあっても分解されて消滅することはありません.有機汚染物と異なり,無機の汚染物を土から除去するための効率的,経済的な方法は少ないのが現状です.汚染物質が散弾のような巨視的な金属粒子である場合には,篩い分け,比重の差を利用した分離などの方法でかなりの部分を除去することが可能です.しかし,イオンとして図4,図5に示したような形で土の粘土鉱物に吸着されてしまった場合には,除去は非常に困難になります.このようなケースに適用できる実用技術としては土壌洗浄法とよばれる方法があります.ただし,「洗浄」といっても土の粘土鉱物から,それに吸着した汚染物質を洗浄除去するわけではありません.土に水を加えて撹拌し,粒径の差を利用して土の粘土画分を除去するのです.これまで述べてきたように,無機の汚染物質は土の粘土鉱物と反応しますので,土の中では微粒子画分に濃縮されます.この微粒子画分を除けば土が浄化されるというわけです.経済性を考えると,この方法は粘土含量のきわめて低い土にしか適用できません.

このような理由で,現時点では土から汚染物質を除去するという方法はあまり行われていません.市街地や工場跡地の土壌汚染サイトでは,汚染土を掘削して最終処分場に搬入する方法(掘削除去とよばれる)が主流です.最終処分場への搬入には,処分場の立地にもよりますが,土1トン当たり5,000 〜 30,000円の経費がかかります.土量が多くなると非常に多額の経費を要することになります.しかも,処分場の立地は年々難しくなっています.このような事情を反映して,これより安い経費で土から汚染物質を除去する技術の研究が行われています.また,含有量はそれほど高くないが,水に対する溶出量が基準を上回るような土に対しては,溶出を抑えるような処理がおこわなれます.この方法は不要化処理または安定化処理とよばれます.

土からの除去する技術の研究においても不溶化処理の研究においても粘土科学が重要な役割を果たしています.以下ごく少数の例ですが,粘土科学とのかかわりを強調しながら紹介します.

7.1 薬剤洗浄による除去

汚染物質を吸着した粘土ごと除去するのではなく,粘土鉱物から薬剤を用いた洗浄によって汚染物質を除去する技術の研究も行われています.対象が鉛のような重金属の場合, EDTA(エチレンジアミン四酢酸),クエン酸などの有機酸など,その金属イオンと溶解度の高い錯体を形成するような化合物がしばしば用いられています.このような薬剤を汚染土に添加すると,吸着されていた鉛イオンはこれらの化合物と結合して水溶性の錯体となり溶出してきます.この方法は土の粘土鉱物の種類に関係なく適用可能ですが,溶出量基準を満足するまで徹底的に洗浄する必要があるという欠点があります.

もうひとつの方法は単純な無機酸による洗浄です.重金属イオンは酸化物鉱物や腐植物質によって表面錯体として吸着されます.(3)式や(4)式からわかるように,吸着反応が進めば水素イオンが放出されますので,放出される水素イオンを中和してやれば反応はどんどん右に進みます.つまり反応系にアルカリを加えて水素イオン濃度を低下させれば吸着反応は進みます.逆に酸を加えて反応系の水素イオン濃度を高くすると重金属イオンは吸着されにくくなります.図7はこの様子を示す実験結果です.ゲータイトに鉛,銅,亜鉛の溶液を加え,さらにアルカリや酸を加えて反応溶液のpHを変えながら吸着量を測定したものです.アルカリを加えてpHを高くすると添加した重金属イオンはほとんど全部吸着されますし,酸を加えてpHを低くするとほとんど吸着されなくなります.この図から判断すると,よく吸着される鉛でも,酸を加えてpHを2程度にすればほとんど吸着されません.腐植物質の特性もこれに類似しています.つまり,鉛を吸着した土に塩酸などの酸を加えてpHを2程度にすれば,酸化物鉱物や腐植物質に吸着した鉛はほとんど溶出すると考えられます.

ところが,スメクタイトやバーミキュライトのような層状ケイ酸塩鉱物が共存する場合にはこのようにうまくはいかなくなるのです.酸溶液を加えると土の中の酸化物鉱物や腐植物質から重金属イオンがすぐに脱着してきます.そうすると溶液中の重金属イオン濃度が上昇します.すると,重金属イオンの一部は層状ケイ酸塩のカルシウムイオンなどと陽イオン交換して吸着されます.層状ケイ酸塩は,特定の陽イオンを特に選択的に吸着するということはありません.pH 2といえばかなりの酸性ですが,水素イオン濃度としては0.01 mol/L程度でしかありません.この濃度では層状ケイ酸塩鉱物からすべての陽イオンを脱着させることはできないのです.

このような理由で,酸によって重金属イオンを洗浄除去する場合にも,その効率は土の粘土鉱物組成によって大きく変わってきます.まだ,酸洗浄法というのは実用的な技術としては確立していませんが,技術化するときには土の鉱物組成を一つの重要な要因として考慮することが必要と思われます.

図7. 水酸化鉄鉱物(ゲータイト)による重金属イオン吸着のpH依存性(MacKenzie (1980)のデータに基づいて作図)

7.2 不溶化処理

重金属汚染土に対する別の対策技術として不溶化処理という方法があります.この技術は,土の中の重金属類を,水に対する溶解度の低い形態へ転換させる技術の総称です.土壌含有量基準は満たされているが土壌溶出量基準は満たされていないというような土に対して適用される方法です.たとえば,土木工事に伴って,ヒ素や鉛を50 mg/kg程度含む土が大量に出てきたとします.前述したように,これは土壌汚染対策法とは直接関係せず,土壌汚染とはいえないものです.しかし,それから環境基準を超えるヒ素が溶出するようであれば放置はできません.このような場合には不溶化処理で対応することが検討されています.不溶化処理はまた安定化処理ともいわれます.

典型的な不溶化処理法は,土に含まれる鉱物による表面錯形成反応を利用する方法です.図7に関して説明したように,表面に反応性のヒドロキシ基をもつ鉱物や腐植物質は重金属イオンを表面錯形成反応によって吸着します.図7に示すように,そして反応式(3),(4)からわかるように,表面錯形成反応は土の間隙水のpHを高くすると促進されます.土にはほとんど例外なく何らかの酸化鉄鉱物や水酸化鉄鉱物は含まれますので,炭酸カルシウム,水酸化カルシウムなどのアルカリ資材を添加するだけで重金属イオンの溶出を抑制することができます.この方法は,カドミウムに汚染された農用地からの作物によるカドミウムの吸収を抑制するための方法として用いられています.

図8は,カドミウム含量約10 mg/kgの汚染土に炭酸カルシウムなどのアルカリ資材を段階的に添加して土のpHを調節してコマツナを栽培し,収穫したコマツナのカドミウム含量を測定した結果です.図から明らかなように,土のpHが5から6に上昇するだけでカドミウムの吸収は激減しています.これは土に含まれる酸化鉄鉱物や腐植物質による表面錯形成反応によってカドミウムが吸着され,土の間隙水のカドミウム濃度が低下した結果と考えられます.

このように,土に含まれる粘土鉱物によって重金属を不溶化することができます.この場合,アルカリ添加による不溶化の効率は土の粘土鉱物組成に依存します.表面錯形成に係る鉱物をあまり含まない土や,表面錯形成による不溶化をさらに促進したい場合には,アルカリ資材と表面錯形成能をもつ物質を同時に汚染土に添加することが効果的です.このような目的に適した天然資材としてアロフェンを多く含む火山灰土があります.アロフェン質の火山灰土とアルカリ資材などを併用する不溶化処理法は実用化されて,多くの汚染土に適用されています.

ヒ素,フッ素などは汚染土の中ではヒ酸イオン,フッ化物イオンなどの陰イオンとして存在します.ヒ酸イオンは水酸化鉄鉱物表面で安定な表面錯体を形成して吸着されます(図5).ただし,ヒ酸イオンの水酸化鉄鉱物による表面錯形成反応はpH 4〜8の,通常の土のpH範囲ではあまりpHに依存しませので,土のpHを調節することによって不溶化を促進することはできません.このため,合成した水酸化鉄鉱物を汚染土に加えることによりヒ素の溶出を抑制することが試みられています.用いられる鉱物はゲータイト,マグネタイト,フェリハイドライト,シュベルトマナイトなど様々です.これらのうち,シュベルトマナイトとフェリハイドライトとよばれる非常に低結晶性の水酸化鉄鉱物はヒ酸イオンを特に多く吸着します.シュベルトマナイトのヒ酸吸着機構は詳しく調べられており,ヒ酸イオンを吸着したシュベルトマナイトは非常に安定であることが確認されています.フェリハイドライトはヒ酸イオンだけでなく亜ヒ酸イオンに対してもほぼ同等の吸着性を持つという点で注目されています.

このほか,フッ化物イオンに対しては,Mg-Al複水酸化物を用いた不溶化法も研究されています(成田, 2007).

図8. pHを調節した土で栽培したコマツナのカドミウム含量

8. 結び

駆け足ではありますが,土壌汚染と粘土あるいは粘土科学との関係について説明しました.粘土鉱物の構造や性質などについてはこの講座に詳しい解説がありますので,ここでは粘土鉱物と土壌汚染という環境問題がどのようにかかわっているかという点に重点をおきました.

要約しますと,有機塩素系化合物などの溶剤は粘土鉱物とは特別の相互作用はしません.しかし土は粘土鉱物を含むがゆえに非常に微細な孔隙構造を持ちます.このような微細な孔隙に入ってしまうとなかなか除去することが難しくなります.

一方重金属をはじめとする無機の汚染物質は粘土鉱物と強く相互作用します.汚染土中では,粘土鉱物に重金属などのイオンが静電気的に,あるいは化学的に結合しています.汚染土というのはその中の粘土鉱物が汚染されているといってもいいくらいです.このため,粘土鉱物を多く含む土が重金属などで汚染されると浄化は非常に困難になります.

しかし,粘土鉱物と重金属などとの強い相互作用を利用すると,重金属類を水に溶出しにくくすることも可能です.

このように土の汚染されやすさ,汚染された土からの有害物質の溶出しやすさ,汚染土の修復のしやすさ,そして汚染土の修復技術のすべての面に粘土鉱物が関与しています.つまり土壌汚染を論ずるには粘土科学の知識が不可欠なのです.

引用文献

MacKenzie, R.M. (1980) The adsorption of lead and other heavy metals on oxides of manganese and iron, Aust. J. Soil Res., 18, 61-73.

陽 捷行 (1994) 土壌圏と大気圏, 朝倉書店, 139p.

南條正巳 (2002) 土壌中の粘土鉱物,粘土科学,41, 202-209.

成田榮一 (2007) 層状複水酸化物のインターカレーション特性とその利用,粘土科学,46, 207-218.

Stevenson, F.J. (1994) Humus Chemistry, John Wiley & Sons, 496p.

和田信一郎 (2008) 土とはどのようなものか,科学, 78, 148-153.