Mary H. Dickson, Mario Fanelli 著
日本地熱学会IGA専門部会 訳
序章
“地熱エネルギー”とは文字通り地球内部の熱エネルギーのことです。この熱エネルギーは全地球規模でおきている地球内部の現象により発生しています。しかし今日,“地熱エネルギー”という言葉は,地球内部の熱エネルギーのうち,人類が取り出したり利用したりできるエネルギーを指す場合が多く,本書では以下この意味で“地熱エネルギー”という言葉を用いることにします。
地熱利用の歴史
火山や温泉や噴気などの存在により,我々の祖先は,地球の内部は高温であると思っていたに違いありません。しかし,地中深かければ深い程温度が高くなることを,人類が身をもって感じたのは,16〜7世紀になって鉱山が数100 mの深さに達してからのことでした。
1740年にはDe Gensanneが,フランスのベルフォール近くにある鉱山で温度計による最初の地熱の測定を行っています (Buffon,
1778) 。その後,1870年頃までに地球の熱構造を研究するためにいろいろな科学的手法で地熱の測定が行われています (Bullard, 1965)
。しかし,地球内部の放射性物質の壊変が地熱の本質であることが発見され,地球の熱平衡や熱履歴について十分理解できるようになったのは20世紀になってからでした。最新の地球の熱モデルでは,地球内部に存在する半減期の長い放射性同位元素であるウラン (U238,
U235) ,トリウム (Th232)
,カリウム (K40) の壊変により持続的に熱が発生していることを前提にしています。このほか,惑星星間ガスの付加により地球が誕生したとき蓄積されたエネルギーなど,ほかのいくつかの原因による熱が一定割合含まれていると考えられています。1980年代になると,地球内部の原子壊変と地球から宇宙空間に放射されている熱は平衡状態にはなく,地球はゆっくりと冷えていることが明らかになり,現実的な地球の熱モデルが提示されるに至りました。それらの現象の詳細や定量的な説明は
Stacey and Loper (1988) の熱バランスにゆずりますが,地球からの熱放出は伝導,対流,放射をあわせ,42×1012 W の熱流量であると推定されています。図1は地球の内部構造を示していますが,このうち地殻からの熱が 8×1012
W となっています。地殻は地球全体積の2%を占めるにすぎないにもかかわらずこれだけの熱が放出されているのは,地殻には放射性物質が豊富に存在していることによります。また,全体積の82
%を占めるマントルからは 32.3×1012 W,全体積の16 %を占め,放射性物質を含まないコアからは 1.7×1012 Wの熱が放出されていると推定されています。マントルにおける放射性物質からの熱放出は22×1012 Wと推定されていますので,マントルの冷却率は10.3×1012 Wということになります。
最近はより多くのデータに基づき推定が行われていますが,それによると地球からの熱流量は Stacey and Loper (1988) によるものより約6%大きな値となっています。しかし,それだけの熱が放出されていても地球の冷却速度は大変遅いもので,30億年の間にマントルの温度は約4000
℃のうち高々 300〜350 ℃冷えたにすぎません。地球全体が持っている熱エネルギーは,地表の平均温度が15 ℃であると仮定して12.6×1024 MJ,そのうち地殻の持つ熱エネルギーは 5.4×1021
MJと推定されています (Armstead, 1983) 。
このように地球の持つ熱エネルギーは膨大なものです。しかし,人類はそのほんの一部しか利用することはできません。従来,地熱エネルギーを利用できる地域は,熱水や蒸気が地下深部から地表へ熱を運べるような天然の条件がそろっている場所に限られていました。“地熱資源”と言われるのはこのためです。しかし近年の技術革新により,より多くの地熱エネルギーをより広い範囲で利用できるようになってきています。

図1:地球の内部構造。地球の内部は,コア,マントル,地殻からなっている。右上の図は,地殻からマントル上部にかけての断面図を表している。
我々の身の回りで,科学的な研究や技術開発よりも実用が先行した例はたくさんあります。地熱の利用もそのよい例です。19世紀初頭には地熱流体はすでにエネルギー源として利用されていたのです。イタリア,トスカーナ州のラルデレロとよばれる地域では,地表や浅い坑井(=井戸)からわき出てくる熱水からほう酸をとりだすため,化学会社が設立されました。当初,ほう酸は,近くの森からの木材を燃やし,熱水を鉄製のボイラーで蒸発させることにより得ていました。1827年に創業者の Francesco Larderel は,無くなりつつある森林資源のかわりに,地熱水の熱を蒸発過程に利用するシステムを開発しました。図2はその様子を示しています。

図2:19世紀前半にイタリアのラルデレロ地域で用いられた“地熱ドーム”。地熱兆候のある場所を覆って地熱蒸気を集め,ボイラーを加熱した。ボイラーではほう酸を含んだ地熱水の水分を蒸発させ,ホウ素を取り出した。以前は木材を燃やしてボイラーを加熱していた。
地熱蒸気を運動エネルギーとして利用することもほぼ同時期に始まりました。地熱蒸気は当初,流体をくみ上げるための“エアリフト”に用いられましたが,その後,往復型や遠心型ポンプ,あるいはウィンチの動力として用いられ,これらの動力機はその地域の坑井掘りやほう酸工場で用いられました。このようにしてラルデレロのこの工場は,
1850年から1875年にかけてヨーロッパのほう酸市場を独占するに至りました。1910年から1940年には低圧の地熱蒸気はこの地域の工場,住宅,温室の暖房に用いられています。一方,他の国々でもこの時期に工業規模の地熱利用が始まっています。アメリカ,アイダホ州のボイズでは1892年に地熱による地域暖房が,アイスランドでも1928年に地熱水を用いた住宅暖房が始まりました。
地熱蒸気を用いた発電が世界で最初に試みられたのは,やはりラルデレロで,1904年のことでした (図3) 。この実験は成功し,地熱エネルギーの工業的価値が世に示されました。これを契機に,世界の地熱の利用は急速に拡大していきました。ラルデレロの地熱発電は経済的にも成功をおさめ,1942年までにこの地域の発電設備容量は
127,650 kWeに達しています。ラルデレロの実験の成功が引き金になり,他の国でも発電に対する動きが始まりました。1919年に日本の別府において最初の地熱井が掘削され,1925年には
1.12 kWe の発電が行われました。また,アメリカ,カリフォルニア州のガイザースでは1921年に最初の地熱井の掘削が,1958年にはニュージーランドで小規模な地熱発電が行われています。これに引き続き,1959年にメキシコで,1960年にはアメリカで地熱発電が開始され,その後各国で続々と発電が開始されています。

図3:1904年にラルデレロで行われた世界初の地熱発電実験の様子
機器の前に立っているのは発明者の Prince Piero Ginori Conti
地熱利用の現状
第2次大戦後,多くの国々にとって地熱エネルギーは魅力的なエネルギーでした。なぜなら,それは他のエネルギーに比べ経済的にも競争力があり,国産であり,また,ときにはそれが,その地域で利用できる唯一のエネルギーであったからです。
表1に現在地熱発電を行っている国を示します。本表には各国の1995年と2000年の発電設備容量とその5年間の伸び (Huttrer, 2001) ,さらに2003年における設備容量が示されています。全世界の発電設備容量は1995年には6,833 MWe, 2000 年には 7,972 MWe となっています。このうち開発途上国における設備容量が1995年には全体の38%,2000年には47%を占めています。
表1:世界の発電設備容量。1995年から2000年のデータは Huttrer (2001) による。
|
Country |
国 名 |
1995 |
2000 |
1995-2000 |
1995-2000 |
2003 |
|
|
|
(MWe) |
(MWe) |
増加分 (MWe ) |
増加率 (%) |
(MWe) |
|
Argentina |
アルゼンチン |
0.67 |
- |
- |
- |
- |
|
Australia |
オーストラリア |
0.15 |
0.15 |
- |
- |
0.15 |
|
Austria |
オーストリア |
- |
- |
- |
- |
1.25 |
|
China |
中国 |
28.78 |
29.17 |
0.39 |
1.35 |
28.18 |
|
Costa Rica |
コスタリカ |
55 |
142.5 |
87.5 |
159 |
162.5 |
|
El Salvador |
エルサルバドル |
105 |
161 |
56 |
53.3 |
161 |
|
Ethiopia |
エチオピア |
- |
7 |
7 |
|
7 |
|
France |
フランス |
4.2 |
4.2 |
- |
- |
15 |
|
Germany |
ドイツ |
- |
- |
- |
- |
0.23 |
|
Guatemala |
グァテマラ |
- |
33.4 |
33.4 |
- |
29 |
|
Iceland |
アイスランド |
50 |
170 |
120 |
240 |
200 |
|
Indonesia |
インドネシア |
309.75 |
589.5 |
279.75 |
90.3 |
807 |
|
Italy |
イタリア |
631.7 |
785 |
153.3 |
24.3 |
790.5 |
|
Japan |
日本 |
413.7 |
546.9 |
133.2 |
32.2 |
560.9 |
|
Kenya |
ケニア |
45 |
45 |
- |
- |
121 |
|
Mexico |
メキシコ |
753 |
755 |
2 |
0.3 |
953 |
|
New Zealand |
ニュージーランド |
286 |
437 |
151 |
52.8 |
421.3 |
|
Nicaragua |
ニカラグア |
70 |
70 |
- |
- |
77.5 |
|
Papua New Guinea |
パプア・ニューギニア |
- |
- |
- |
- |
6 |
|
Philippines |
フィリピン |
1227 |
1909 |
682 |
55.8 |
1931 |
|
Portugal |
ポルトガル |
5 |
16 |
11 |
220 |
16 |
|
Russia |
ロシア |
11 |
23 |
12 |
109 |
73 |
|
Thailand |
タイ |
0.3 |
0.3 |
- |
- |
0.3 |
|
Turkey |
トルコ |
20.4 |
20.4 |
- |
- |
20.4 |
|
USA |
米国 |
2816.7 |
2228 |
- |
- |
2020 |
|
Total |
合計 |
6833.35 |
7972.5 |
1728.54 |
16.7 |
8402.21 |
(参考) 2008年までの文献の情報を含めた新しいデータを付録Aに示しました。
開発途上国における地熱利用の伸びは注目に値します。1975年から1979年の5年間でこれらの国々での設備容量は75 MWe から462 MWeに,1984年までの次の5年間では1,495 MWeに達しています。伸び率に換算するとそれぞれ500 %と 223%になります (Dickson and Fanelli, 1988) 。さらに1984年から2000年の16年間では150 %増加しています。地熱発電が電力供給の上で主要な役割を果している国もあります。例えば2001年において,フィリピンでは地熱発電量の国の全発電電力量に占める割合が27 %,ケニアでは12.4 %,コスタリカでは11.4 %,エルサルバドルでは4.3 %になっています。
表2は地熱直接利用の2000年における各国の設備容量とエネルギー量を示したものです。全世界ではそれぞれ 15,145 MWt, 190,699 TJ/yrとなっています。本表は報告のあった58カ国について記載してありますが,1995年には報告が28カ国,1985年には24カ国であったことを考えると,地熱の直接利用を行っている国,設備容量,利用エネルギー量の全てが近年増加していることがわかります。
直接利用の利用形態を設備容量順に並べると,ヒートポンプ (34.80 %) ,浴用 (26.20 %) ,暖房 (21.62 %) ,温室 (8.22 %) ,水産 (3.93 %) ,工業 (3.13 %) の順になります (Lund and Freeston, 2001) 。
表2:2000年における世界の地熱直接利用設備容量 (Lund and Freeston, 2001 より)
熱量は MWt,利用エネルギーは TJ/年で表す。
|
Country |
国 名 |
設備容量 |
エネルギー利用量 |
|
(MWt) |
(TJ/yr) |
||
|
Algeria |
アルジェリア |
100 |
1586 |
|
Argentina |
アルゼンチン |
25.7 |
449 |
|
Armenia |
アルメニア |
1 |
15 |
|
Australia |
オーストラリア |
34.4 |
351 |
|
Austria |
オーストリア |
255.3 |
1609 |
|
Belgium |
ベルギー |
3.9 |
107 |
|
Bulgaria |
ブルガリア |
107.2 |
1637 |
|
Canada |
カナダ |
377.6 |
1023 |
|
Caribbean Islands |
カリブ諸島 |
0.1 |
1 |
|
Chile |
チリ |
0.4 |
7 |
|
China |
中国 |
2282 |
37,908 |
|
Colombia |
コロンビア |
13.3 |
266 |
|
Croatia |
クロアチア |
113.9 |
555 |
|
Czech |
チェコ共和国 |
12.5 |
128 |
|
Denmark |
デンマーク |
7.4 |
75 |
|
Egypt |
エジプト |
1 |
15 |
|
Finland |
フィンランド |
80.5 |
484 |
|
France |
フランス |
326 |
4895 |
|
Georgia |
ジョージア |
250 |
6307 |
|
Germany |
ドイツ |
397 |
1568 |
|
Greece |
ギリシャ |
57.1 |
385 |
|
Guatemala |
グァテマラ |
4.2 |
117 |
|
Honduras |
ホンジュラス |
0.7 |
17 |
|
Hungary |
ハンガリー |
472.7 |
4086 |
|
Iceland |
アイスランド |
1469 |
20170 |
|
India |
インド |
80 |
2517 |
|
Indonesia |
インドネシア |
2.3 |
43 |
|
Israel |
イスラエル |
63.3 |
1713 |
|
Italy |
イタリア |
325.8 |
3774 |
|
Japan |
日本 |
1167 |
26933 |
|
Jordan |
ヨルダン |
153.3 |
1540 |
|
|
ケニア |
1.3 |
10 |
|
|
韓国 |
35.8 |
753 |
|
|
リトアニア |
21 |
599 |
|
|
マケドニア |
81.2 |
510 |
|
|
メキシコ |
164.2 |
3919 |
|
|
ネパール |
1.1 |
22 |
|
|
オランダ |
10.8 |
57 |
|
|
ニュージーランド |
307.9 |
7081 |
|
|
ノルウェー |
6 |
32 |
|
|
ペルー |
2.4 |
49 |
|
|
フィリピン |
1 |
25 |
|
|
ポーランド |
68.5 |
275 |
|
|
ポルトガル |
5.5 |
35 |
|
|
ルーマニア |
152.4 |
2871 |
|
|
ロシア |
308.2 |
6144 |
|
|
セルビア |
80 |
2375 |
|
|
スロバキア |
132.3 |
2118 |
|
|
スロベニア |
42 |
705 |
|
|
スウェーデン |
377 |
4128 |
|
|
スイス |
547.3 |
2386 |
|
|
タイ |
0.7 |
15 |
|
|
チュニジア |
23.1 |
201 |
|
|
トルコ |
820 |
15756 |
|
|
英国 |
2.9 |
21 |
|
|
米国 |
3766 |
20302 |
|
|
ベネズエラ |
0.7 |
14 |
|
|
イエメン |
1 |
15 |
|
Total |
合計 |
15145 |
190699 |
*1) 日本のデータには温泉(浴用)利用量の推定値が含まれています。
(参考) 2005年の文献の情報を含めた新しいデータを付録Aに示しました。