2008.1.15
2007年度国際開発学会賞授賞作品の決定について
学会賞選考委員長 西川 潤(早稲田大学)
2007年度学会賞の募集は、4月の『ニュースレター』vol.18, No.2 (4月15日発行)及び、ニュースレター委員会の会員向けEメールのネットワーク配信を通じて公示した。 締切日の6月30日までに、計4点の応募があった。
T 学会賞優秀賞
青山和佳『貧困の民族誌:フィリピン・ダバオ市のサマの生活』東京大学出版会、2006年
本書は、著者が長年にわたって行ったフィリピン、ミンダナオ島の首都ダバオに住むサマ人のなかでも被差別的立場にあるパジャウ人を調査した成果である。 本書の独創性、及び優れた点は次のようなものである。
(1)本書は、世界システムの底辺に位置するマイノリティ民族に焦点を定め、被差別集団(イスラム民族)によって更に差別され、しばしば自己のアイデンティティを失ってまで生き永らえている人々の、社会によってつくり出されてきた貧困の厳しさを描いている。この差別に基く最底辺の貧困は、従来の開発経済学の「所得貧困」「人間貧困」では十分理解できず、従って援助関係者の視点に必ずしも入らなかった「見えない」貧困である。
(2)この貧困の実相を描き出すために、パジャウの5家族の入念なインタビュー調査が行われているが、オスカー・ルイスの『貧困の文化』を想起させるこの家計調査は厳密な方法論に裏付けられつつ、ファミリー・ヒストリーとしても圧巻である。この調査を通じて、著者は、貧困がけっして一様でないこと、従って貧困者の価値観や文化、それらに従った主体的な選択によって、貧困からの出口も多様でありうること、外部援助者はこれら貧困者の主体性を尊重した支持を提供すべきであり、画一的な「貧困削減策」は決して有効ではないことを主張している。ここにNGO、NPOが貧困削減政策に占める重要性も示される。
本書は著者の博士論文を下敷きにしており、そのため
読み進めていく上で若干冗長に感じられる部分もあるが、従来の先行研究をよく摂取した上で、文化、民族、歴史等を加えた独自の視点で貧困論を再構成している。同時に、貧困からの出口について、現行の画一的開発政策が見落してきた点に光を当てる重要な提言を行っている。開発経済学の知見を確実に進歩させる収穫として、学会賞に適わしい優秀な業績とこれを認め、推薦するものである。
U 学会賞奨励賞
亀井伸孝『アフリカのろう者と手話の歴史:A・J・フォスターの「王国」を訪ねて』明石書店、2006年
本研究は、アフリカのろう者による手話教育の歴史とそのインパクトをテーマとしている。著者は、このテーマに接近するために、とりわけ、先駆者であるアメリカの黒人宣教師A・J・フォスターの足跡を追い、その業績を検証した。亀井氏は、サハラ以南の東西にまたがるアフリカ諸国での手話教育の普及状況に関して、じつに広汎な事例をフィールドワークを通して収集することができた。多くは手話によるインタビューには、多くの困難がつきまとったと推察されるが、その努力は並みたいていのものではない。
本書は平易な文体で書かれており、手話言語と宗主国の言語が必ずしも一致していないこと、アメリカ起源の手話がフランス語圏においても広く普及していること、手話言語コミュニティ形成という観点から見たとき、アフリカは「進んだ大陸」であり、そこからわれわれが学び得る点も大きいこと、すなわち手話の普及はろう者にとって「優しい」社会関係の形成と結び付いていること等、著者が発見したいくつもの真実が読者の胸に素直に伝わってくる。障害と開発という新しい分野のすぐれた研究成果として高く評価できる。
ただし、本書はアフリカにおける手話重視の「ろう教育」発達史という概論的性格をも持ち、開発政策との関連、ろう者のエンパワーメントと経済的生活の変化の有無等、更に立ち入った分析をも望みたくなる。これらの点でのケーススタディがあると説得力がはるかに増すと思われる。教会と結び付いた手話の普及が、かつての植民地主義を担った宣教師のキリスト教普及とどう違うのか、あるいは似通った面をもつのか、等についても、読者は更に知りたくなるだろう。日本ではほとんど未紹介の分野で、口語と切り離された手話普及の跡付けを行い、その意義を明らかにした点で、本書は学界に新風をもたらすものである。この点に敬意をはらいつつ、著者にさらに特定課題の掘り下げを期待して、若手作品への奨励賞に適わしいすぐれた作品として推したい。
国際開発学会賞優秀賞を受賞して
青山和佳(日本大学生物資源科学部)
このたびは拙著『貧困の民族誌−フィリピン・ダバオ市のサマの生活−』(東京大学出版会2006年)に国際開発学会・優秀賞を頂き、まことに光栄に存じます。国際開発学会会員の皆さまに心より御礼申し上げます。とくに沖縄で表彰式を行っていただいたことを嬉しく存じます。フィリピン留学中に出会った友人から「沖縄に生まれ育ったローカルの人間としては、外からくる『開発』という現象とその影響には複雑な感情をもっている」と教えてもらったことがあったからです。他者の視点を得て自己の視点を相対化したり、複合的な視点から物事を注意深く考えたりするよう心がけるひとつの契機となりました。
この本は2002年10月に東京大学大学院経済学研究科に提出した博士論文を大幅に加筆修正した作品です。出版にこぎつけたのが2006年1月ですから、書き直しに実に3年ほどもかかったのでした。その主な理由は、出版準備の段階で民族誌、つまり人類学的手法で人びとの暮らしぶりを思い切って厚く書いてみてはどうか、という助言を頂いたことにあります。経済学と人類学はいわば「言語」が全く異なります。個人的に最も異なると感じていたのは、自己他者関係につねに対峙してきたのが人類学だということです。無邪気に民族誌を書いてはいけないという空気を感じながら、自分自身のアイデンティティ危機とも戦うことになりました。どうしても表現したかったことは、「貧困」にあろうと、人びとは日常の経験を操作し、自律性を獲得しようとするのだ、ということです。多くの皆さまに支えられてやっと書けた1冊です。ありがとうございます。
国際開発学会賞奨励賞を受賞して
亀井伸孝(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
このたび、拙著に対し栄誉ある賞をたまわり、選考委員会ならびに学会関係各位に厚くお礼申し上げます。
かつて世界最大級のろう教育事業がアフリカにあった、しかもそれはろう者たち自身の手によって営まれていた。この事実を知ったとき、私は何重もの意味で固定観念を揺さぶられる思いがしました。アフリカ諸国のろう学校を訪れ、ろう者たちの間で手話によって語り継がれているさまざまなエピソードを収集した結果、マイノリティ自らによる壮大な教育開発実践の全容が姿を現しました。その歴史は、マジョリティがよかれと思って押し付けてしまうのとは異なる、もうひとつの言語によって営まれてきたエンパワーメントのあり方を私たちに教えてくれます。
今日、ろう者をめぐる世界的な潮流として、聴力の欠損の側面のみでなく、手話という自然言語をもつ言語集団としての側面が重視されるようになりました。拙著が、ろう者をめぐる人間開発の諸問題を少数言語の側面から考えていくためのささやかなきっかけとなればと願ってやみません。また、国際開発研究と文化人類学のコラボレーションを進めていく試みの一事例としてもご参照いただければ幸いです。今後とも、世界各地のマイノリティにおける望ましい開発政策、教育・言語政策を提言していくための研究に、いっそう取り組んでまいりたく存じます。
これまで多くの方がたにご指導いただきましたが、とりわけ奨励賞への応募に際し推薦のことばをくださいました野上裕生様(アジア経済研究所)、一文化人類学徒であった私を開発研究の世界へと誘ってくれました森壮也様(アジア経済研究所)、私が手話の世界を学ぶにあたり常によきアドバイザーとなってくれるろう者である妻の秋山奈巳に、この受賞を報告したいと思います。そして、これまで一緒に働いてきた多くのアフリカの手話話者の友人たちとともに、この受賞を喜びたいと思います。