新学習指導要領による2006年以降の
物理大学入試問題について

2003年 8月 20日
社団法人 日本物理学会


 2003年4月から高等学校で新しい学習指導要領(文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youryou/index.htm)による学習が始まっています。2006年にはその卒業生が入学試験を受けて大学に入学してきます。科目の名前や単位数などもこれまでとは変化していますので、各大学では新学習指導要領に対応した入学試験の枠組みを公表し、それに従って入学試験を実施することになります。

 各大学の入学試験の枠組みの検討は慎重になされていると思われますが、(社)日本物理学会 物理教育委員会では、新学習指導要領の特徴を検討し、入学試験との関係で留意すべきことがらを、報告「新しい学習指導要領における高校理科、特に物理の過密について」(以下に添付)としてまとめました。

 同報告によれば、問題点は、次のような理由により高校物理をこれまでと同様に学習することができにくくなることです。

  1. 高校理科全体では、理科総合A、理科総合B、理科基礎が選択必修として置かれている ために、物理、化学、生物、地学などの科目を学ぶために使える時間がこれまでより少なくなること。
  2. 高校物理では、
    1. 中学校から多くの項目が移行してきた、
    2. 物理Iの最初に置かれた「生活の中の電気」が中学校の学習の繰り返しを多く含むだけでなく物理IIでの電気の学習の基礎になりにくい、
    3. 物理IIでは現代物理的な部分が選択の大項目として扱われているが、その形式を整えるために学習事項が増えたり選択項目間の重複が生じたりしている、

    等のために、これまでより過密になっていること。

これは、高校生にとっては大変大きな変化ですので、大学が物理IIの全範囲にわたってこれまでと同じような程度の入試問題を出題することは、受験生に大きな負担を強いることになりかねません。負担の大きさに耐えかねて、暗記で済ませてしまう生徒や、物理の学習を放棄する生徒が増加すれば、それは大学の望むところではないはずです。
 物理IIの入学試験範囲のモデルとしては、以下のものが考えられます。

 日本物理学会では、それぞれの大学がこれらのことについて十分慎重な検討をされ、入学試験の範囲とそれに整合する入学後の物理の講義のシラバスを決定されることを要望いたします。


日本物理学会 物理教育委員会報告
「新しい学習指導要領における高校理科、特に物理の過密について」

1.小中学校の理科の学習時間と内容の削減
 今回の学習指導要領改訂は、小中学校と高校で様相を異にしている。小中学校では学習時間と学習内容が削減された。小学校の理科では、前回の学習指導要領改訂で1、2年生で理科を教えなくなったためにすでに558時間から420時間に減っていた。今回さらに、週完全5日制及び総合的学習の時間の新設に伴う授業時間数の削減によって、さらに350時間に減った。中学校の理科では、315−350時間(選択のために幅があった)から290時間に減った。
 内容はいわゆる「厳選」が行われ、従来中学校理科第一分野で全ての生徒が学んでいた項目の多くが、新学習指導要領では高校物理に移行された。「力とばねの伸び」「質量と重さの違い」「力の合成と分解」「仕事と仕事率」「自由落下運動」「水圧」「浮力」「水の加熱と熱量」「比熱」「交流と直流」「電力量」「真空放電」などである。

2.高等学校の複雑な状況
 高校の状況は、これまでの学習指導要領改訂とは比べものにならないほど複雑で深刻である。あらかじめよく理解して対応をたてなければ、後で気がついてからでは遅すぎるおそれがある。特に、各科目の内容がかかわるので、教科書の内容を参照しつつ考察する必要がある。
2-1.高校理科の履修単位の変化
 まず、理科総合A、理科総合B、あるいは理科基礎(これらを以下では総合的理科と呼ぶことにする)の中から1科目を必ず履修しなければならなくなったことの影響は大きい。これは中学校までの理科を基礎とする総合であり、選択必修ならばさらに続く高校理科の基礎となるべきであるが、それは想定されていない。たとえば、上記の中学校の削減項目が取り入れられていないため、これらの総合的理科を学習しても旧学習指導要領による中学校理科の基礎知識はカバーされない。
 それだけではない。高校理科の必修単位は最低4単位で数値の上では変わらないが、実質の意味が変わる。すなわち、総合的理科が選択必修となるために、高校3年間の時間の中で物理、化学、生物、地学などの科目を学ぶのに残されている時間がこれまでより少なくなる。また、学指導要領の履修要件でも、これまでの物理、化学、生物、地学、総合理科の中から2科目必修であったものが、総合的理科のみ2科目あるいは総合的理科1科目と物理、化学、生物、地学のうちIのつく科目1科目が必修になる。
 それぞれの高校では、大学受験を前提に考えた場合、理科の必修単位4単位を前提として、理系、文系についていくつかの履修パターンを提供し、高校生はその中で自分の志望に応じたパターンを選んで学ぶことになるであろう。細かい履修パターンについてそれぞれ議論する余裕はないが、高校1年では総合的理科を少なくとも1科目必修でおかなければならないことと、次に述べる、物理IとIIに今までの内容以上のものが実質的に含まれていることの影響は、十分に検討する必要がある。
2-2.高校物理の内容の過密化
 高校理科でも特に物理においては、化学、生物、地学等と比較して困難が突出するおそれがある。それにはいくつかの理由がある。第1に、物理Iの第1章に生活の中の電気や磁気を扱う項目が置かれたが、この内容は中学ですでに学んだこととかなり重複している。しかも、定性的な扱いになっているためにそのほとんどすべてを物理IIで改めて学ぶ必要がある。さらに、今回中学校理科から高校に移行された項目は物理Iで学ばなければならないのである。一方、高校で削減された項目は、波動の正弦波の式や高度なドップラー効果など意外に少ない。
 物理IIの過密についても具体的に述べておこう。波動以外の体系的な学習を必要とする内容はほとんど物理IIに納められているといってよい。力学は、物理でIは直線運動しか扱わないため、放物運動をはじめとする平面や空間の運動はすべて物理IIで学ぶことになる。これまで物理IBで学んでいた運動量と力積も物理IIに移行した。クーロンの法則をはじめとする静電気とそれに続くすべての電磁気学が物理IIで扱われる。また物理IBで扱われていた電子と原子及び放射能などのミクロな物理も物理Iでは扱われず、IIの選択で扱われる。ちなみに電流回路と熱力学は学習指導要領の項目としては消えたが、教科書執筆者の判断で物理Iに最小限の内容、IIに従来IBで学んでいた程度の(すなわち従来のセンター入試程度の)内容が入れられたが、これらはすでに検定を通過している。
 さらに、物理IIなどIIがつく科目には今回から選択項目が置かれている。この必然性に対しては疑問が大きいが、物理の場合、選択項目は、学習指導要領(3)物質と原子(熱力学と分子運動論それに固体物理を加えた内容)と、(4)原子と原子核(原子と原子核に素粒子を含めた内容)の二つになった。これらの選択項目は、選択ではあっても全て学習することが前提になっているので、旧学習指導要領には無かった固体物理(バンド理論)の内容が純増になっている。また教科書の記述は、どちらかだけを学んでもよいような工夫のために原子構造の基礎について重複が見られる。
2-3.物理IIの学習の困難
 このような物理IIの内容は、それらを体系立てて丁寧に扱うとすると、4単位ですら納めることは難しく、とても3単位では不可能である。しかも多くの高等学校では物理IIを高校3年生に設置せざるを得ない状況にある。高校3年生の3学期はほとんど授業ができないので、ますます過密なスケジュールをこなさなければない。新学習指導要領の下では、週完全5日制、総合の時間、情報科の新設等で、理科の授業時間増を実現することは難しい。その結果、仮にそれぞれの高校が高校2年までに物理IIの一部を取り込んだ授業をしたとしても、授業は詰め込み型の暗記科目になりやすく、生徒を消化不良の状態にさせることになりかねない。

3.まとめ
 各大学で2006年度以降の入試問題を考えるにあたっては、高等学校新学習指導要領の以上のような事情に十分配慮する必要があろう。入学試験問題の範囲や難易度は大学が高校に要求するメッセージを暗黙に含むが、新学習指導要領の下では、相当慎重にこれを設定しなければ、大学側が望むような学習を生徒がするとは限らない。たとえば、最近耳にする理科3科目必修受験は、旧学習指導要領の時代ならともかく、新学習指導要領の下では現役受験生には相当無理な要求といえるであろう。根本的な改善は、小学校からの理科のカリキュラムと学習時間の改訂をもってしない限り得られないことは明らかであるが、さしあたって新学習指導要領に対する緊急避難的対応を各大学が慎重に建てられることを期待する。


参考:日本物理学会の関連学会である日本物理教育学会でも、この件に関する検討を行い、各大学に要望書を送付し公開しています。日本物理教育学会のURLはhttp://www.soc.nii.ac.jp/pesj/ です。