加藤:本日は皆さん忙しい中お集まりいただきありがとうございます.まず物理学会誌編集委員長の湯川さんから,今日の座談会の趣旨について,簡単にお願いします.
湯川:皆さんもご存知のように,会誌ではいま物理学会50周年記念特集ということで,老大家に歴史を語ってもらっています.しかしなるべく将来のことは語ってもらいたくない,analytic continuationですから.むしろ若手に希望としての将来を語ってほしいというのが「なぜこのような若手の座談会を開くか」ということの趣旨なんです.私は高エネルギー物理学研究所の理論部にいるのですが,若手と話をしてても,「おまえはまだ結婚しないのか」と
か「マンガはなにが面白いか」とか,どうも話が物理とか将来までいかんのです.
最近paradigm shiftということが言われているのですが,shiftでなく新しく作るという気分で---来世紀になると,分野の概念も変わってくると思うので,他の分野の批判も自分の分野の批判と同じように,どんどんやってほしいということです.
延與:結局,分野の細分化が進んで,面白くなくなった.その中は中で,またいつも同じ顔ばっかりなんですよね.5年も院生やってたら,「そろそろ分野 変えた方が面白いんじゃないかな?」なんて思ったりする方もいるんじゃないでしょうか?
高安:物理学とは何か,という価値観自身にも,すごいgeneration gapがあると思うんです.年配の先生とかには「君のやっているのは,それは物理ではないよ」って言われることが,若い世代の中で話すと,とても素直に受け入れてくれるんです.
飯島:僕も筑波にいるんですけど,あれだけ立派な研究施設の集まっている所なのに,あまり研究所同士の交流とかないんですね.何とかならないかなと,実感しています.そういう雰囲気が全体的にないですね.
井上:電総研は非常に大きな組織ですから,同じ建物の中にいても,そんなに話をしませんね.似たようなことを知らずにやってるグループが二つあっても驚かないでしょう.
長谷川(修):私の所属する物理学教室では,金曜日の午後にお茶の会というのがあって,先生とか学生が集まってコミュニケーションを良くしようというのが昔の趣旨だったんです.今は出席者が少なくて,さびしい限りなので対策を考えているところなんです.
飯島:そのへんは,アメリカの大学と日本の大学で事情が違いますね.アメリカの大学では,セミナーの前に必ずお茶の会があって,結構人が集まってきますよ.
夏梅:そうですね.また,毎日ティータイムもあるんですけど,一応スタッフも学生も集まってきます.ただ,特定の分野の人達のお茶会みたいな感じですけど.今,分野間の交流がないという話が出てますけど,実は分野が同じ者同士でも,なかなか交流がないという問題もあると思います.特に素粒子の場合,どっちにも落ち度はないんですが,理論と実験の間はかなりかけ離れてしまっていて,しかも理論の中でもすごく数学っぽいのから,非常に現象に近い所まで幅広いから.
伊藤:なんだか,忙しくて余裕がなくなっているような気がします.scrap and buildをやるには相当の余裕が必要なのでしょうが,その余裕が至る所でなくなっているんじゃないか,という気がするんです.
長谷川(琢):どうなんでしょうね.簡単にイメージできないものっていうのは,実はそんなにいい物理じゃないという話もあるのかもしれない.
伊藤:研究会などを何種類かいろいろやって気がついたのですが,詰め込んでやると,やはり自分の知っていることしか解らないんですよ.1日せいぜい二つ位,まあ,3〜4時間くらい話を聞いて,後は何もしないで酒を飲んでるくらいだと,全然違う話でも面白く聞けるんですね.でもそういう余裕のある研究会は,非常にまれですね.特に日本国内では,お金は結構豊かになったような気がするんですが.できる以上の仕事をいたるところで引き受けさせられているんじゃないかなあ.もう少し余裕を持つことが,まず,一番大事なことだと思います.
加藤:余裕がないということに関して,たとえば情報がe-mail等で非常に早く流れるということが関係するでしょうか.井上さんがおっしゃったように,情報を集めるのに役立つかも知れないけど,非常に研究がせっぱ詰まるというか,競争が激しくなる面もあると思うんですけど.
井上:私もLANLのプレプリントサーバーには興味があるのですが,とてもフォローできなくて.「やっぱり口コミの方が大事だ」と考え直しました.利根川先生の言葉ではないけど,どれが価値ある論文かもわからないし,全てに目を通すことは不可能です.ちょっと分野が違うと,もう誰かに「こういうの面白いんだ」と言われないかぎり読みません.情報がああいう形で大量に流れるのはいいのですが,だからこそ,ますます研究者の頻繁な交流を図るようなシステムが必要になっていると思います.
長谷川(琢):僕は大きな実験を,何年も同じことをやっているので,「理論の人達って,恐ろしい流行の追い方をしているな」というふうに映る.それは研究の内容だけではなくて,助手に就職できるかとか,そういうところまで悪い影響を与えているんじゃないかな,と思ったことはある.
延與:うちの若い院生が「夢がない」と言うから,「夢ってなんだ?」と聞いたら「ニュートレンドである.トレンドが研究に刺激を与える」とか言う.トレンドを追いかけるの重要だけど,みんなが追いかけてたら大変だというのもあるんでしょうかね.
井上:電総研は現在,組織改革を喧々諤々やってます.大学は次々と学生が入るから,それなりに新しいテーマを与えないといけない.だけど,国研っていうのは,同じメンバーで何年もやりますから,「大学ができないようなことを,じっくりやるんだ」という,いわば農耕的な姿勢が本来大切だと思うんです.でもそれじゃトレンドに乗り遅れるから予算も付かない,覇気もなくなる.それで数年のプロジェクトチームを組んで,狩猟的な姿勢にしていくんだと.そうすると,大学でも国研でもやることは同じになってしまう.
伊藤:教育のdutyがないから,大分違うんじゃないですか?
井上:ええ,しかしトレンドを追う研究の特に実験系では,マンパワーはやはり大きいと思います.短期でどっとお金がつくと研究者は書類に追われて,実際には誰が装置を動かすのかって感じ.もっと地道に落ち着いてやれないものなのかって.でも「地道にやった方がいいんだ」なんて言うと,「夢がないな」というふうに自分でも思ってしまうところもあるんです.「研究者なんて忙しいばっかりで給料安くて,将来あんなのになったら駄目だ」みたいな印象を持ってる研究者の子供も多いでしょう.
湯川:賛否両論なんですか?
井上:そうです.でも時代の流れには逆らえないでしょうね.
高安:トレンドと言ったんですが,物理学の歴史みたいなものから考えると,やっぱり,いろいろな時代時代の社会的なニーズが,いろいろな分野を育てた,ということも背景にはあると思うんですね.例えば溶鉱炉の中の温度を調べたいという,工学的な理由から量子力学に発展していったりとか,飛行機を飛ばしたいということから流体力学がとか.「兵器を作りたい」とか,そういう理由から原子核にたくさんお金が出たとか.今はどんな社会的なニーズがあるのかなって,ちょっと考えたりもするんですけれども.
井上:社会的ニーズと産業のニーズとは違うでしょう.社会的ニーズは科学雑誌や科学番組で取り上げられる物理面白ネタ.やっぱり宇宙や素粒子ですかね.物性実験はほとんど出て来ないような.
高安:社会的なニーズが物理学者自身もよく解っていないし,何が解ってないのか解らない,という状態が学問的な停滞期っていうものに結びついているのかな,と思ったりします.
加藤:ニーズという意味では,何さんは企業にいらっしゃるので,いろいろ要求を突きつけられているんじゃないか,と思うんですけど.
何:私自身不勉強ですが,社会的ニーズというのは非常に捉えにくく,個人の欲,技術の潮流やヒット戦略等が絡み合って作り出されていると思います.私は,ニーズを踏まえた具体的なコンセプトの提案と目標の設定を大事にしています.企業研究では特に重要かもしれません.しかし,流行に引きずられずに,物事の根源を探るといった純粋にロマンを追い求める研究は,失ってほしくないと思います.価値観やアプローチは人それぞれなので,お互いに協調し高め合えばよく,何も対立する話ではないと思います.
湯川:研究のテーマの中に,自分の将来を考えて就職というような,ある程度経済的な,学問の研究とは関係のないような要素というのが,若い時に日本では入ってきすぎているような気がしているんですが,そういうことについて皆さんは,「就職というのは,それでいい」とお考えでしょうか? 自分の経験からすると,やっぱりペーパー書かなきゃならない,そのためには流行の先端をやると,ある意味では捗る,勉強さえすればね.
飯島:高エネルギーで流行の先端というと,どうしても時間のかかる実験になってしまう.博士論文のテーマを決めるときに,pureにほんとうに面白いところに目標をおくと,論文がなかなか書けないという事情がありますね.ただ,選んだテーマ自体が就職にまで影響することはないと思いますが,どうでしょうか?
長谷川(琢):実験の場合には,例えば僕はドクター取るのに2年延ばしたけれども,そのおかげで測定器の製作,テスト,組込みからはじまって,実験をまとめ,最終的にpaperを書くというところまで,一連の流れを全て見ることができたんです.これがもし,完全に実験が始まっている段階で修士に入って来たとすると,実験の立ち上げとか解らないですよね.ひたすらコンピュータに向かってanalysisをしてpaperを書く,ということしか解らない.一方,例えば今,Bファクトリーで測定器を作ろうと思っている場合に,助手を採ろうと思ったら,測定器を作れるやつを当然要求する訳です.コンピュータに向かってanalysisするやつなんていくらでもいるんです.
飯島:これからどんどん実験サイクルが長くなっていくだろうと思います.例えばCERNのLHC計画では,計画 の立案から実験が行われて論文ができるまで,10年20年とかかるわけですよね.こういう長い時間スケールの中で,どうやって若い人を育てるか,コミュニティとしてちゃんと考えていかなくてはいけないと思います.
夏梅:同じ素粒子でも逆に素粒子理論っていうのは,トレンドを最も追いかけたがる分野で,2〜3年おきの単位でころころ変わっていくわけですよね.それはそれで良いことで,なぜかと言うと,結果的にあらゆる可能性を研究していることになるからなんですよ.例えば,string dualityやまたstring theoryそのものも,当初は無視されていましたが,機が熟していなかっただけで,ちゃんとその可能性にも戻ってきた.だからみんなが一つの方向だけにしか向かっていない,という訳じゃないんですよ.
長谷川(琢):世界中どこでもそうですか? つまり僕が見てると,アメリカと日本というのは,極端に走るんじゃないですか? ヨーロッパはずーっと腰を落ち着けて,ずいぶん違うんだなと.
夏梅:たしかにヨーロッパは違いますね.
長谷川(琢):お金の出方にもお国柄というのがあるのかもしれなくて,例えば日本で,我々が予算を請求する場合,ちょっと大きなお金になると,役人から「これは社会にどういう貢献がありますか?」ということを聞かれる.「単なる知的好奇心ですよ」と,答えたいところなんですけど,それではどうも筋が通らないみたいなんですね.おそらくそれも,ものすごく悪い影響を与えているんだと思う.アメリカっていう国は,とにかく「We are No.1」 ていうので,突き進むところがありますので,調子の良いときは調子がいい.でもつぶれてしまう時はつぶれてしまう.でもヨーロッパというのは,教会作るのだって何百年もかけてやるとか,基礎科学に対する考え方が,本当に違うのかもしれない.
加藤:やはり研究スタイルの地域性みたいなものってあるのでしょうか.高安さんはボストンでしたっけ?
高安:理論物理の研究者としては,そんなに違いは感じないんですが,ヨーロッパ,アメリカ間は意識の上で大変距離が近くて,研究者同士の交流もとても盛んです.だけど日本はとても悲しいことに,極東にあるから,その距離的なgapをやはり感じます.研究もe-mailとか手紙でなく,現実に会ってゼミなどで話をすると,ずいぶん印象が違うわけです.例えば,新しい研究を日本人の方が早く始めてても,ほぼ同時期にアメリカ人がやればそちらのpriorityだと言われがちで,当初日本でやっていたことすら印象が薄らいでしまうのが残念です.
長谷川(琢):その分野に限ったことですか? つまりpopulationが大きけれ ば,日本の中でも同じような分野に.それで中心になれるわけですね.
高安:そうかもしれません.私たちの分野ではそうですね.
加藤:古崎さん,物性なんかでもそうですか? 日本の物性研究者人口ってすごく多いんですよね.
古崎:ええ,それでも面白いアイディアはアメリカから出てくることの方が多いですね.MITに2年間いたときは,どんどん新しいことが入ってきたんですが,日本に帰ってくると,ちょっと取り残されるかなという気もしてます.
加藤:その新しいことっていうのは,やっぱり顔をつきあわせて入ってくるんですか?
古崎:ええ,口こみですね.でも,日本とアメリカで流行っている分野が少し違っていて,それがまた良いことでもあるんですが,アメリカだと量子Hall効果の研究が盛んで完全に世界を リードしてるんですけど,日本ではほとんどそういう話を聞かない.だけどMott転移などでは,おそらく日本の方が進んでる.物性の場合は素粒子と違って,ネタがたくさんあるので,一極集中にはなりません.
夏梅:地域性ということで,国内での交流を日本とアメリカで比べると,日本の方が国土もずっと小さいのに,同じ分野での交流も少ないと思います.例えば,外部・内部を問わずスタッフ同士での論文の数も少なくて,大抵の場合スタッフとその院生とか,内部の院生同士とか.理由の一つは,日本の先生の方が,学生が多いせいだと思うんです.
柴田:サンタバーバラでもテキサスでもそうだったんですか?
夏梅:ええ,僕の先生の場合,三人大学院生がいて多いと言っていて,普通は一人か二人でした.
高安:もう一つ実感として思ったのは,教官と学生の距離が日本にはあると思うんですね.助手位ならいろいろ見てもらったり,話はできるけど,よほどのことがないと教授とはdiscussionしにくいな,とか.アメリカでは,教授をファーストネームで呼んだり,ホームパーティとかでも身近に会ってdiscussionしてて,教授の方も,「若い世代が何考えているのか解るし,面白いよ」とか,そういう感じで世代を越えたつき合いができやすいと.風習とか民族性の違いもあると思うんですけど.
長谷川(琢):それは研究室によると思いますよ.僕たちのところは教授でもおかしいこと言ってたら,おかしいと主張しなければいけない,というところがあって.もちろん政治的な話は抜きですよ.physicsの話に関して.
柴田:日本では非常に稀だと思います.恵まれています.
井上:化学の人と話すと「物理は若い人が元気でいいなあ」と,言われます.化学は最初,試験管洗い.だんだん技術を盗んで,助手になって,どこかへ出ても戻ってきて,必ず弟子がその研究室を引き継ぐとか.みんながそうではないでしょうが.その点,物理には若手も自由にできる雰囲気がある.
古崎:それでも論文を書くのは研究室内に,大体とどまっていますね.MIT では,興味が一緒であれば,ボスが違っても学生同士とかpostdoc同士で論 文を書いていましたけれど.院生がとても積極的で,もちろん注目される仕事をしないと,アメリカでは次のpostdocのポジションが得られないのですが.それに比べると日本は「のんびりしてるな」という印象があります.
柴田:環境のことで聞きたいのですが,日本だと部屋を分けるときに,研究室同士の相互作用を重んじるよりは,むしろ部屋のぶんどり合いをします.アメリカなら,例えばCaltechの宇宙論グループは,interaction roomというのを一つ作って,いろんな分野の人が入っていって,お茶を飲みながらいろいろな話をする場所を作るのですが,アメリカでは一般的にそうなのですか?
古崎:院生の数が少ないんじゃないでしょうか.アメリカだと自分のgrantで学生を雇わなきゃいけないから,二〜三人しか持てませんけど,日本だと最近十人とか,とんでもない数で,そんなに採ったら研究指導できるはずがないんですけど.大学院生の数を増やしすぎるのは問題です.
井上:postdoc一万人計画とか.
それに関連する話ですが,以前にインドの大学院に滞在したときのことです.非常にactivityの高い研究室ですが,信じられない劣悪な実験環境でやっていて衝撃的でした.でも学生は実に勤勉です.先生は学生の失敗に「何であきらめるんだ.これもやってみたのか.こんな環境だから,知恵を使うんだ」と非常に熱く諭します.学生たちに,「年中休まず寝る暇もないくらい一生懸命やって,楽しい?」と聞いたら,「物理がやれて楽しい」と言うん
です.「学校にも行けず,少ない給料で働いている若者に比べたら,ずっと恵まれている.幸せだよ」って.日本の大学院生で「幸せだ」なんて言ってる人は,見掛けませんよね.確かに不景気でポストもないけど,インドは絶望的にポストがない.それなのに「夢がある」と言う.これは全然違うな,と思いました.
じゃ「夢がある」ってなんだろう.「大学院出たらすぐ仕事があって,研究者として食っていけることなのかな?」と非常に考えさせられます.
加藤:そんな話を聞くと,postdocを増やしても果たして効果があるのか,という気がしてきますね.
井上:これオフレコかな.実はいま電総研への就職希望者がずいぶん多い.バブル期はこちらも企業とかに抜けていくので,欠員の関係からかなり採用が多かったのですが,就職希望は少なくて,私みたいなのまで入れました.ところが昨今すごい競争率です.「ここで何をやりたいですか?」との問いに,多くの希望者が「何でもやります」と言うそうです.大学院でのテーマなんて簡単に捨てられるし,これからも一生かけてやるという感じではない.私もそう答えた一人ですが.
長谷川(琢):戦後,どんどんやってきてた高校までのaverage の教育というのは,比較的うまくいったと僕は思うんです.今はそれをおそらく大学・大学院に要求しているんでしょうね.例えば授業や演習でもみんなが解らなければいけないと,高校でやった授業のような形に大学の教育レベルを落とそうとしている.大学院のレベルを下げて数をふやす.いくらなんでも修士から博士に上げる数を制限するのかというと,そうではなく,むしろ「どんどん上げなさい」というお達しが来る.
梅木:企業で働く,ドクターを持った人を増やそうというのが,趣旨じゃないんですか?
長谷川(琢):でも実際ドクター出た後,就職ないですよ.バブルの頃は別として.一方,高エネルギー実験は,ビッグサイエンスになったおかげでたくさんの人間が欲しいんだけど,その人たちの受け皿はない.
夏梅:アメリカでも大学院生が多くて,研究職につくのは難しいんです.でも分野を変えたり,仕事を変えたりするのは,アメリカ人にとってはごく一般的だから,ある程度アメリカの場合はなんとかなっているんですけど.
長谷川(琢):でもドクターのレベルは下がってくると思いませんか?
夏梅:でも,今もっと問題なのは,postdocを一万人も増やしたからといって,教授職が一万人もあるわけじゃないんだから.
長谷川(琢):問題を先延ばししてるだけなんですよ.さらに年とってしまうから,さらにコンディションが悪くなってしまう.
伊藤:だけどその一万人がいい仕事をすれば,受け皿もできるんじゃないですか? 彼らが会社を作るかもしれませんよ.
延與:でも予算増やして,世の中のためになるんですか? さっさと世の中の役に立つ企業に行って仕事した方が.物理学研究者をこれ以上増やさない方が,世の中のためになるのでは.
井上:それで思い出しましたが,インドはあれだけ優秀な学生がいるのに,国は栄えてない.みんな外国に出てほとんど残らないためだそうです.日本の場合,戦後,大卒がほとんど国内企業に就職して,そのテクノロジーを支えたのが大きいかと思うんですが.
長谷川(琢):修士を卒業して入るのではいけませんか? わざわざ年をとらせてというのは,理解できないな.
井上:企業にしてみれば,教育の場ではないのだから,ある程度の専門性を身につけた人が入ってきて「貢献」してくれるのが理想なのでしょうけど.
加藤:何さん,何か一言ありますか?
何:私,人事には関係ないんで.日立の中研の場合,ドクターをかなり採用していると思います.ただ,ドクターでも,専門の殼に閉じ籠もると何かと難しくなります.人にもよりますが,マスターの方が固まっていない分,flexibilityが高く感じられるのかもしれません.ダイナミカルに世の中のニーズが変わる時代に対処しうる柔軟性を重要と考えていると思います.
長谷川(修):長谷川さんのおっしゃったように,マスターまでで良いということですか?
何:それは一概に言えません.私がマスターから企業に入ったのは,単に自分の癖で縦割りの社会にのめり込みやすいからです.企業では,一つパーテーションを越えると,異分野で異なる価値観の研究者がいます.価値観の競合する中で,如何に主張を通すか.自分の枠から抜けて,他の領域に歩み寄れるflexibilityの高さは大切に思えます.
延與:とりあえずマスターやドクターと途中まで進んだ後にメーカーの研究者になれというのは,程々に面白くて学生が集まるけど,途中で止めていく人が多いという状況で,実は興味を持ったまま続けようとしたら就職の上で窮屈になる訳ね.そういう都合の良い状況を勝手に望んでも,そう世の中うまくいくのか.そうは言っても学生とか高校生が興味をもつかは大切なんで,興味がなくなったら困りますよね.
長谷川(琢):ものすごく大切だと思いますよ.若い人達が魅力をもってこなくなったら,その分野は絶対にもう滅びてしまう.
延與:そういう意味では素粒子のトレンドっていうのは,その辺には貢献しているわけですよね.
高安:私たちの仕事は,体系化されていないところで,いろんな現象を統一的に見ようということなので,いろんな分野の人との交流が自然に生まれるし,向こうから近づいてきてくれるってこともたくさんあるわけです.いろんな分野の人が混ざって,雑多な状態がごく自然.
伊藤:物理の帝国の中に入った領土の話はまあ,ほっといて,未だ物理じゃないところに,帝国の境界を広げていくというmotivationが強いと思うんで す.
高安:まだすごくprimitiveな初期段階に自分たちの分野はあるんだな,と思うんですが,逆にいろいろな分野との境界がなくて,みんな自由です.特殊な問題だと思っていたことでも,他の分野でも共通する物が見えてきたりとか,そういうことってたくさんあると思うんですね.
長谷川(琢):周辺に伸びていかなきゃいけないというのは,内側に何も起こらないということですかね.
湯川:要するに,「もうちょっと新しいことしたい」っていう人間の本性ってあるんじゃない? いくら基本に関わることだと言っても,みんなが素粒子をやらないのは,「みんな同じことやっても仕方ない」というところがあるからですよ.
井上:物性はむしろ理論がついてくる方なので,実験屋は非常に明るい.理論の方がずっと先だと,実験はただの検証になってしまうから.また,各種物性測定をとても一人じゃカバーできないから,多くのグループとの交流がとても大切になります.
夏梅:そういった交流は,物性実験の外にも広がりますか?
井上:実験の方ではμSRなんてのは一つの例でしょうか.これももはや物性実験として十分定着した感じがしますけど.理論でも,素粒子理論の人達が朝永Luttinger流体の研究をしたりとかありますね.
素粒子物理を見てると「がちっとした分野だな」と思いますが,物性物理の場合「どこまでが物性物理なのかな」
というほど境界がぼけている.
紺谷:電総研ではグループ間交流が盛んなんですね?
井上:一般論と具体例は違うんです.むしろ予算の兼合いもあって,近くとは一緒にやりにくい.外部とならいくらでも,という感じはありますけど.
紺谷:一般の大学では,研究室間のinteractionは少ないと思います.似たもの同士が集まっている場合より,異分野が混在している方が,かえって交流が起こるということですかね.
飯島:場の理論なんかは,物理現象を語るための言語みたいなものだから,手法を共有することでinteractするかもしれません.実験でも,目的とする物理は違ってても,技術的なところで結構collaborateすることがある.例え ばシリカエアロゲルという非常に軽い固体を使った検出器を作ろうとしているんですけど,企業の人はそれを二重窓の断熱材に使いたいとか,宇宙関係の人はスペースシャトルに乗せて宇宙塵の速度分布を調べるのに使いたいとか,いろんな興味を持ってる人がいて,そういうふうにinteractしてゆく可能性はあります.
延與:実験の場合は面と向かって話す必要があるかもしれないけど,理論の場合は同じ手法を使いたかったら論文読むのが早いんじゃないですか?
井上:物性実験は論文に書いてないことの方が多いんですよ.
紺谷:さっき古崎さんも言ってましたけど,postdoc位のしっかりした人と実際に会ってdiscussionすることは,ただその人の書いた論文を読むより有益で,いろいろ仕事がしやすいんじゃないかと思うんですけど.
長谷川(修):湯川先生が蛸壷という問題提起をされたことに関して,ちょっと言いたいんですが.最近読んだ本で村上陽一郎さんの「科学者とは何か」という本でも蛸壷をずいぶん批判してまして,「Nobel賞は蛸壷の極致の勝者がもらうものであって,来世紀はNobel賞は廃止すべきだ」という主張なんです.もしNobel賞を廃止されて しまうと,暗黙裡のうちに,何かそれを遠い彼方でも目指して頑張ってきた我々としては,どうなのかな? 確かに蛸壷のボスになった人がもらうというようなところがあるから,蛸壷を批判されるとNobel賞は廃止するべきだ という論議になってしまうんですが.
飯島:あまりロジックが判らなかったけど.例えば伝統的な分野にしか認められない?
長谷川(修):いや,専門家にだけ認められて,すごい業績を上げた人だけがもらえる.
井上:国際会議とかで,どんな発表にも的を射たコメントができるスーパーマンのような先生がいますよね.各分野に少なからず貢献していて,合わせたらものすごかったとしても.
湯川:それはNobel賞にならない.僕
が言いたかったのは,蛸壷が良い悪いという一般論じゃなくて,もし自分が蛸壷が良くないというなら,若い人が蛸壷を打破するために具体的にどうしているか,ということです.
蛸蛸壷を作ったことで,Nobel賞もらうんですよね.自分でそういうふうに新しい蛸壷を作る努力をするとか,良い蛸壷を探そうと思ってどんどん分野を変えるっていうことがある訳です.だけど最も悪い蛸壷というのは,分野を変えずにそこにどしっとしてしまって,最終的にその中で運良く大きな蛸壷のボスになって,Nobel賞をもらおうかと.
長谷川(琢):それは本当はいけないんですかね.
湯川:それも問題なんです.歴史的必然もあって出てきたんだから,一概に悪いとも言えない.だけどもいくらjustifyしても一般大衆は理解してくれないですよ.「何か金のかかるすごいことやってるようだけど,我々の生活にどういうふうに貢献しているのか全く解らない」とかね,もう蛸壷は社会からどんどん遊離していくだけですよ.
長谷川(琢):「本当に知的好奇心だけです」って言って,実験やっちゃいけませんかね?
湯川:できないでしょうね.tax payerは認めない.
高安:学者としてもタイプがあると思うんですね.「新しい分野を開拓して新たな壺をつくる」ところに意欲を燃やすタイプと,「ちょっと蛸壷らしくなってきたから,さらに追及し,体系化を深めていこう」とするタイプと.目指しているものが全然違うと思うから,どっちが良いとか,悪いとか言えないと思います.
湯川:科学評論家が言うには,「アメリカの高エネルギーがあんなに発展したのは原爆を作った代償であった」とかね.知的好奇心だけであんなに発展してきたんだということは,決して言えない.多分SSCが落っこちた時,み んなSSCの物理を悪いと言った人は誰 もいないのです.SSCの物理は逃げない.だからなぜ今やらなきゃならないのか.
長谷川(琢):常に何らかのfeedbackが なきゃいけない,という話になると,おかしいと思う.
伊藤:税金からお金が来るところは確かにそうかもしれないですね.我々のcommunityの中を通って国会から遠くなればなるほど,そんなmotivationがうすくなればいいんだけども,ちょっとしたお金でも申請の段階から直接聞かれるところが厄介ですね.
高安:知的好奇心はとても重要な motivation だと思うんだけど,それだけで学問を押し進めていくと,どうも閉塞状況に陥りやすいと思うんですね.やっぱり何か学問がパッと開く新しい分野ができるっていうのは,その裏に社会的なニーズみたいなものがあって,それとうまく競合したものにはもちろんお金も出るってこともあるし,分野的に開けてくるような傾向があるんじゃないかな.
夏梅:でもあんまり社会におもねるのも問題だと思う.極端なこと言えば,ナチスの政策とその配下の科学者も,そういう関係だったわけですよね.
高安:善し悪しじゃなくて,そういう傾向があるんじゃないかなと思って.
伊藤:社会との距離をとるのも大事ではないですか?
高安:そうですね.私もそう思います.
伊藤:だから社会のニーズが,文部省の予算になり,大学のあるいは科研費ほかの予算になってゆく段階で,少しずつ変わっていってくれればいいんですが.間のbuffer---お金を割り振る,あるいは評価するところ,それを専門とする評論家や事務員が,今よりものすごくたくさんいると,我々はあんまり考えなくてよくなるかもしれないですね.
夏梅:しかし,そもそも自分たちのやってることについて,新聞とか雑誌とかで語る人がいないのは問題ですね.例えば最近のstring dualityのブームで言えば,Wittenとか,そういう人達 がちゃんと新聞に記事を書いてるけど,日本では科学者本人が新聞記事を書くようなことは,あんまりなさそうですね.
井上:ブルーバックスにしても,素粒子論や宇宙論があふれてますよね.子供たちの抱く物理の夢はそういう分野が担っていると思うのですが,一方で科学記事とかが「素粒子論はもう夢がない」と書き立てる.これも物理離れの一因なのでしょうね.
飯島:いや,素粒子でもまだまだ不充分です.しかも最近困るのは,新聞の記事がどうもネガティブな方に行きすぎていて.最近の朝日新聞にも「高エネルギー物理は非常にお金がかかるようになってきて大変だ」という論調の記事があったんです.そういうお金の話をする前に,こういう加速器を作るとどんなことが解るのかとか,どれくらい物理が新しくなるのか,ということをもっと説明するような科学記事でないと.また我々もそういうきちんとした説明をしてゆく努力が必要だと思うんです.
加藤:そうですね.一方で,物性は宣伝してくれないということですが,超伝導フィーバーなんかを見ても,学会にたくさん記者が来たり,注目はされてると思うんですけど.
井上:高温超伝導は例外的でしたが,これもなかなか実用化しないんで,メディアは冷めたようですね.結果を急ぐメディアが冷めると,普通の人々にはまるでその分野が終わったかのように伝わる.
それと,エセ科学.家族とテレビ見てて「あれは実はこうだよ」な〜んて説明したら「あなたはなんて面白くない人だ」って言われるんです.刺激的なことのほうが面白い.ましてや「現代科学では解明できない現象です」とナレーションが入ったりすると「科学も大したことないじゃん」って.これは難しい問題ですが,本当の科学の側からの啓蒙も全然足りないと思います.中高生にもわかるように研究を面白く紹介できますか? 「そんなことしても学会では認められない.そんな時間があったら,自分の研究を少しでもやらねば」という感じですよね.私自身そうです.その結果「物理をやろう」って子供達までいなくなってきたのではないでしょうか.私もそういう時間を作って今後の世代のために何かやりたいとは思いますが,それがまさに「夢のような話」になってしまっています.
柴田:長期的に考えて,宇宙や地球を研究している人の最大の夢は,自分の起源を知ることだと思います.何で自分が生まれてきたのか.まず地球を作らなくてはならない.最大の目標の一つは,太陽と同じような星の回りに地球と似た惑星を見つけることでしょう.そのような発見があると人々の人生観が変わるし,最大の啓蒙活動にもなります.また,宇宙はどのような格好をしているのか,開いた時空なのか,閉じた時空なのか,が分かることも最大の目標でしょう.恐らく今後50年でかなり分かると思います.
飯島:何か素粒子物理学からフィードバックを期待するものはないですか?
柴田:宇宙の構成物質が何かが明らかになっていないので,ダークマターが何かを特定する実験ができたら面白いと思います.
飯島:ダークマターは我々の分野でも最大関心事の一つですから,そういうところで素粒子,宇宙,原子核の分野が結びつくと,良い蛸壷になると思うし,お互いに学問的にレベルアップすると思いますけど.
柴田:交流は絶対必要ですね.
長谷川(修):柴田さんは我々の地球の他に地球があるという感じで?
柴田:あっておかしくないですね.そんなの見つかったら人生観変わりますね.子供に言っても,すごいことであると分かると思います.宇宙が閉じているか,開いているかということも.
長谷川(琢):宇宙論のところでは,理論と実験がかけ離れてしまったということはないですか? 例えばインフレーションだ何だって言ったところで,所詮それはobservableではないとか.
柴田:それも多分観測可能になります.インフレーションで発生する光は現在絶対に観測できませんが,重力波が発生して,それは長期的にみたら観測可能です.
長谷川(琢):何Hzで,どの位の?
柴田:今でも,宇宙空間に重力波干渉系を打ち上げて,低周波の重力波を観測する計画があります.ただ可能性があるというだけで,ネガティブな結果になるかもしれません.
長谷川(琢):あと量子力学と重力はどうなっているんですか? とても理解できたと思えないけど.
湯川:できてないでしょう.
長谷川(琢):僕たちが実験してるとき,常に何をバックグラウンドにしているかって言うと,量子力学と特殊相対論なんです.
長谷川(修):string理論は,バックにはしてないんですか?
長谷川(琢):string?そんなもの全然 相手にしてないです.でも一般相対論って,特殊相対論の枠組みをもっと越えたものですよね.そこでちゃんとうまく整合性のある話ができるのかな,というのが一つの疑問で.例えば spinorっていうものが,あんまり定式化できてるとは思えない.重力の効くところで.
加藤:string理論というのは,現在は確かに実験と遊離しているけれども,統一理論の枠組みとして非常に自然なものなんですね.理論の縛りが非常にきつくて,重力を量子化するとしたら,これよりうまい方法はちょっと考えられないような.Planck定数の存在が認 識されて,物理に革命がもたらされたんですが,string理論ではさらに長さの新しい基本定数があると思っているから,その物理がもし本当に理解されたら,ものすごい革命的なことが起こってるはずです.ただ残念ながら実験的に……
長谷川(琢):実験的にたとえ検証できないとしても,Einsteinが展開したような,ああいう思考実験なみの説得力を持ったものであれば,僕はacceptす るけれども,そうであって欲しいですけどね.
伊藤:素なるものに対してのイメージが最近はちょっと変わってる,と思います.我々の分野では言い古されてますけれど,「universality classこそ素粒子に相当するような,還元論的なエレメントだろう」と.universality classなるものが実在するとして,平衡統計力学からどれくらい外に出られるんだろうか.つまり,「マクロなbehavior なりなんなりには,そうしたuniversal なものがあり,そういうものが実はelementで還元論の新しい主体ではないか」という考え方が台頭しているんです.この場を借りて,あんまりそういう話になじみのない方に批判していただきたいと思うんですが.新しい還元論が成り立つんだろうか,どうだろうか.
加藤:伊藤さんはどっちにかけてるんですか?
伊藤:うまくゆく対象と駄目なものとがあって,うまくゆくものを個別に探していかないといけないのではないかと思ってます.例えば脳のuniversality classがあるとは思えないんです.脳の 中で特定の構造に対してはあるかもしれない.ちょっと身を引いた発言で申し訳ないんですけど.新しい還元論だ,という認識は多少なりともあるんですよ.
加藤:還元論ということでは,長谷川(琢)さんは確か細かくしなきゃ解らないというお考えで.
長谷川(琢):というより高エネルギーという看板を背負って立っている以上は,その道に突き進むしかないというところがあります.もちろん限界とか,ものすごく困難なものを抱えているということは理解しています.ところで複雑系なんかを研究している人達っていうのも,コンピュータがすごく進んでAvogadro数とまでは言わないけど,それに近いレベルのsimulationができるようになると,それで片が付いてしまうという話になる.量子力学と特殊相対論,一般相対論というものができ上がって100年位経つけれども,全てそれで理解できてしまう.そういうふうになってしまうんじゃないか.そういった意味では,協力現象とかをやる人達も行き詰まりを感じてはいるんだろうと思うけど,どうでしょう.
高安:歴史的には,物事の根元は何かと,よりミクロな要素を追及してきて,確かに物質を構成する要素の振舞は量子力学や電磁気学によってかなり解明されたと思うのですが,多様な要素が無数集まったマクロなレベルの振舞は,個々の要素の細かな特質に依存しない独特の現象が現われてきます.原子レベルのミクロからマクロ特有の複雑な現象を組み立てていこうというのは,大変な困難があると思います.
伊藤:まずcomputer simulationで全部できるとは,とうてい思えない.一番簡単なモデルのIsing modelでも解らないことは結構あるんですよ.今まで私がやったsimulationで,多分世界 で一番大きいと思うんですけど,扱ったスピンが1015〜1016スピンくらいなんです.21世紀にはAvogadro数までいけそうな勢いですけれど,いったからそんなに質的に変わる問題でもないような気もするんです.理論物理が,物質を細かくしていって,結局どこにぶつかったかというと,QCDみたいな強結合理論.全部の自由度と上手にバランスを取らないと,素粒子のレベルですら解らないというところにいってしまったんですね.そうすると細かくするというのは一体何だろう,という疑問を感じるんです.
長谷川(琢):神様の気まぐれか何か知らないけれど,少し前まで,ちょっとenergy上げたら何か奇妙なことが起こ
った.それを踏襲してずっとやってきたわけです.ここ数年何も起こらなくて苦しいけど,energyを上げるという
ことには,意味がある.ただし重力の効くようなenergyスケールまで上げよ
うとは誰も思ってなくて,それには何らかの対処をしなくてはならない.でも理論家のシナリオにのってやる必要は何にもなくて,ただ見えるものを信じればいいんじゃないか….
僕は逆にhigh energyっていう看板取っ払うんだったらね,100年崩れなかった特殊相対論,量子力学に何かおかしなことを見つけよう,とか,そっちの方向へ頑張っていかないと.
加藤:だいぶ素粒子の話になりましたが---流体分野っていうのは還元すべき基礎方程式が解ってるという意味で,特殊だと言われましたね.
梅木:流体で一番解ってないのは乱流の現象で,それをNavier Stokes方程式で記述できると,多くの人は思っています.式が解って計算で再現できるけれど,中の統計的な性質の理論については,Kolmogorovより先の間欠性など,なかなか決め手がない.
僕が最近ショックを受けたのは,もんじゅの事故でしてね.あれは今のところは流体の温度計の後ろにできる渦と温度計の共振が原因じゃないか,と言われてますが,そういう身近なことすらまだ解っていない.
計算機の能力は,今の伸びを仮定すると,あと50年くらいでhigh Reynolds
数の流れを計算できるようになると言われていて,そうなれば,乱流の中で何が起こっているのか,目で見て解るようになると思っています.
長谷川(修):天気予報は完全にできるようになるんですか?
梅木:今のモデルでは,三日くらいまでは割と当たるとか.
長谷川(琢):単にメッシュの切り方だけで,非平衡とか平衡とかを意識しないでも済むんですか?
梅木:基本的には,蒸発や,凝縮,熱輸送,放射などを全部取り入れて偏微分方程式を計算すれば良いと思われています.さっき加速器での限界の話がありましたが,流体では,計算機の一番性能の良いのが使えればよい研究ができて,その価格がどんどん下がってるのは幸いです.応用数学の方ではNavier Stokes方程式の数学的な性質がまだ,ほとんど解っていないし,例えば,解のsingularityがぱっと言えれば,epoch makingだと思うんですけど.
湯川:結構デカルト的なんですね.基本的なequationがあって,それでどの スケールでも全部いけると.
梅木:Kolmogorov scaleが目安になると思います.
長谷川(琢):そのjustificationはsimulationによるんですか?
梅木:simulationとか実験もあります.もしかしたら50年先までに,Navier Stokesと普通の流体乱流の違いが出る 可能性はないとはいえない.
伊藤:日本で流体力学をやってる人はどうも少ないような気がするんです.日本の物理学者教育システム上の問題なのか,あるいは問題がなくて,これくらいが適正規模なのか.
梅木:流体の研究者は,工学に行けば山ほどいます.流体は,物理ではなく応用数学や工学の一分野と思われる傾向があります.他の物理学者も流体に目を向けてもらい,統計でも,流体や類似の現象を研究している方もいるので,物理学会でもinteractionがある状 況になれば,と思います.
井上:炉の中でどう対流が起こっているかをスパコン使って計算して,単結晶作成に利用している研究もあります.
夏梅:さっきからどうも素粒子の将来が暗いとかなんとか,出て来ているみたいなんで,少し明るいふうにも言っておかないと.さきほどの蛸壷化の議論とも関連するんですが,素粒子理論は大分この10年でphaseが変わってきたと思うんですよ.例えば,物性理論や重力とずいぶんコンタクトがつくようになってきました.それから2年くらい前ですが,WittenがN=2の超対称Yang Mills理論を使って,非常にパワフルな数学的結果を出した,という仕事があって話題をよびました.現代の素粒子論は,純粋に素粒子ではない方向にも伸びていっているので,蛸壷化をあんまり心配することはないんじゃないか,と思うんですよ.極論をすれば,蛸壷化が進んでいるわけではなくて,むしろ既存の蛸壷分類が現代物理の現状にあわなくなっているだけだと思います.だからといって実験とは溝が深まっているので,それは心配なんですが.
長谷川(琢):数学とずーっとやるっていうのは,何を目指しているのかな.少なくとも僕が実験やってたのは,目に見えるもので自分で検証ができるのが物理だと思ってるけども.
夏梅:でも現在の素粒子論では,「これを見たらすぐに検証できますよ」ということはなかなか言えないわけですよね.だから少なくともtax payerに納得してもらうには,「物理じゃないけど,別の分野でこういうことができますよ」ということも言わないと.
何:最初にお話しましたが,私は物質を制御する方に面白みを感じます.その点では流体分野と同じ工学なんですね.しかし,流体分野は,スーパーコンピュータの性能向上が成果に直結するように思えますが,物性では一筋縄にはいかず,大きな壁があるように感じます.例えば,デジタルカメラで使われているフラッシュメモリーは,アモルファス状態のシリコンが使われます.最近話題なのは,蓄積していた電子が何らかの理由で流れる現象があります.---実はどうもシリコン酸化膜内や界面の欠陥が動き回り,ある条件下で共鳴的な伝導を生み出すと言われています.この現象は,バンド理論及びアモルファス伝導や非平衡な輸送理論等が絡んでいて,厄介な問題です.重要なのは抑制法を見出すことですが,力づくで計算しても答えは出ません.各分野の理論を発展させ融合する必要があり,このような頭のひねりどころがいくらでもある問題にチャレンジしようと考えてます.
梅木:計算機の能力っていうのは,今後同じように伸びるとお考えですか?
何:一番の問題はコストです.ベクトルプロセッサーは専用的に開発するので高くつきます.そこで,並列機のように低コストのプロセッサーを沢山そろえ,cost performanceを良くする方向に流れています.計算パワーを更に追い求めると,ベクトル並列機が考えられるので,再びコストの問題が生じるのではと思います.
梅木:並列をどんどん増やしていくと,プロセッサー間のデータの流れとかで.
何:通信のconflictionが起こり,大体1,000台規模が限界かと感じます.
梅木:1,000台以上はだめかもしれない?
何:個人的な見解ですが,1,000台オーダーのイメージを持ってます.
伊藤:1,000台の壁っていうのは,コミュニケーションとかそんな難しいことじゃなくて,信頼性からくるんじゃないですか.1台のコンピュータがこれから1年間にエラーを起こす確率をpだとすると,1,000台のシステムは(1−p)1000でしかsurviveしないわけでしょう.
梅木:でも256とかありますよ.
伊藤:その辺が限界だと思います.それを越えたらもう,always downという感じだと思います.コンピュータでは,システムの方の信頼性も大事じゃないですか.当面,1,000台が限界,で正しい読みだと思うのです.
梅木:1台壊れても,他のが補ってくれるような,何か.
伊藤:複雑にすればするほど,また信頼性が劣りますからね.
延與:結構,スーパーコンピュータが進めばどんどん進むという分野が,各分野にちょっとずつある.でもあまり進むと,どこまでが物理屋さんと呼べるのか解らなくなってくるということもある.結構latticeなんてそうですよね.
伊藤:計算機の進歩というのが,理論的なモデル化のdriving forceになりつづけてて,10年位前からみんなそれに気がつき始めたと思ってるんです.だとすると,計算機に乗りにくい問題はモデルが悪い,第一原理を変えた方がいいんじゃないかと,思うんです.
湯川:場の理論っていうか,量子力学はモデルが悪いんでしょうか? 場の理論は全ての量子力学的な自由度が一点にあるんです.その点が4次元空間を埋め尽くしているわけです.
伊藤:Wolframみたいな人がセルオー トマトンを復活させたのは,何となく共感できます.彼の試みは成功とは思えませんけれど.モデルも第一原理も,計算機なり解析手法なりで扱いやすい,面白い問題を解析する方が,物理の将来として生き残る確率が高いんじゃないかと思うんです.それが物理と言えるかどうかはともかくとして.私は物理と呼んで良いと思うんですが.
延與:物理がやるしかない仕事でしょう.他に誰がやるのって感じですよね.
伊藤:日本ではこれまであまり追求されて来なかったと思うんです.アメリカでは盛んだったのですが.だけどコンピュータがdriving forceなのだから, これからは日本でやるべき時じゃないかと思うんです.スーパーコンピュータを作ってるの日本くらいで,ほかではあまり良くないものしか作っていませんから.
夏梅:モデルを変えるのではなくて,計算機を変える方は難しいんですか?
伊藤:難しいと思います.でもそれも可能性はありますね.Feynmanなんか そういう発想だったのでしょうね.
加藤:問題を変えていくという意味では,高安さんが一番最前線かなっていう気がするんですけど.
高安:10年とか15年前だと,「あれもフラクタル,これもフラクタル」とかそういう言い方をしていて非難も浴びたんですけど,学問の初めっていうのは,まず相手を知るために,そういうふうな時期が必要だったと思うんです.この5年位の流れとしては,「パターンとか似てるけど,そこに潜んでいるメカニズムはどうなってるんだ」っていう方に物理学者の目がいって,より普遍的な見方がだんだん求められてくるわけですね.今はそういう段階にあると思います.マクロなスケールでの複雑な現象っていうのは,マクロなスケールで見てもゆらぎが大きいわけですね.その一つの解釈として最近,自己組織臨界現象という,自ら相転移の臨界点を保つような数理モデルが出て,いろんな現象が説明されています.このように様々な現象の,もっと統一的な見方を求めるような風潮にあります.で,先程伊藤さんがおっしゃったようなuniversality classとか….
長谷川(琢):それは何か1個のモデルがあって,それで全てが説明できるというような?
高安:いや,そういうふうには思っていません.平衡系の統計物理ではHamiltonianが決まれば,いろんな統計量を出すのに便利なformalismがあるわけですね.じゃあ,非平衡でも別の数学を導入すれば,同じようなformalismができて,それは物理の領域のみならず,これは私の個人的な見解だけれども,社会科学,情報,生物,地球科学とか似たような現象が,そういう新しい物理のformalismで記述できていくんじゃないかと思う.
長谷川(琢):僕が言いたいのは,そういうふうにモデルを当てはめて,いろんなものが説明できる,というところまではいいんだけど,そのモデルに潜んでいる何ものかというのを求めるところに物理の面白さがある.そこに進まずに,何となくグローバルなモデルを持ってくれば合うかもしれない,パラメータを変えれば.そこからもう一歩行かないといけないんだと思う.
高安:そう思います.いろいろな条件をそぎ落としていけば,より基本的なモデル,共通するモデルができて,何がより普遍的,根元的にそのメカニズムを作る要素かっていうことが,解ってくると期待しているわけです.だけどまだ到達点はすごく遠いし,みなさんの分野のように,乗り越えなくっちゃというような壁もない,ただこう意気揚々と未来に向かって進んでいる段階で,とても夢があるんです.
夏梅:しかし,僕の個人的な印象なんですけど,10年前とは違って,カオスもJames Gleick("Chaos-Making A New Science"を参照)が描いているようなワイルドなイメージはもうなくなって,かなり分野がmatureになってきたような気がするんですが.他の分野が抱えているような問題はないんですか? 蛸壷化とか不安とか.
高安:それ以前の問題なんです.非平衡系の大統一理論でもできて,それで「100年はみんなその理論を信じて食べていける」っていうなら,それは蛸壷化になるだろうし,そうじゃなくって,「やっぱりだめだ,別の方法で」と消えてしまえば,それでなくなるだろうし.
梅木:乱流の現象論的なフラクタルモデルとか,Navier Stokesを簡単にしたモデルで研究している人もいます.統計量を実験と比べてるんですけど,Navier Stokes方程式との関連も詰めていかないと.
伊藤:Navier Stokesはエネルギーと運動量の保存則に,流体力学極限という,ちょっと手荒なことをやって出てくるわけで,方程式はちゃんとしてるようだけれど,私にはまだ,いま一つよくわからないんですよ.流体力学極限って,熱力学的極限に比べて見えにくいですね….
井上:高エネルギー物理と比べると,物性物理はむしろ実験より理論が非常に困難に直面している.第一原理的なところから全てやるのは,複雑な構造の物質ではとてもできないし,理論のモデルは物事をかなり単純化しています.その点,実験屋は理論屋にきっぱり否定されることはないし,むしろ優越感みたいな楽しさを持ってやっている.
紺谷:物性の方は実験と理論がわりとうまいこと行ってて,実験で新しい物質を作って未知の面白い現象を発見すれば,対応した新しい自由度をもつモデルを理論家が解析できる.逆に実験家の方も現象の本質を理解し,論文のデータを整理するためには理論が欲しいわけですよね.お互いうまいこといって発展しているんだと思うんですけど.
井上:物性の一部しか見てないのですが,非常にいい感じだと思います.
加藤:素粒子理論はいわば「真空の物性」を調べる学問で,材料を決められているんですね.一方,いわゆる物性は磁場を加えたり,銅を鉄に代えたりできる.これによって本質的な新しいことが見える場合と,trivialな拡張の場合とがあるはずですよね.そういう価値判断って,物性分野の中でもやはりあると思うんですが,break throughはあんまり起こってないんですか?
伊藤:テクノロジーはまだまだ進んで行きそうですから,「真空を作る」という発想は,これからもますます重要になるでしょう.
井上:ある特殊な現象をつついているだけの研究は,物性物理全体には寄与しないのかもしれません.しかし本質的なことは,むしろ蛸壷の中にあるのかもしれませんし,あまりにも分野が広がっているせいで蛸壷の価値判断は難しい.一方で,広い視野を持った人の研究は確かに面白いし,非常にインパクトを受けます.どちらがbreak throughをもたらすものなのでしょうか?
古崎:物性理論では,今まで発展してきたのはweak couplingの理論であって,その領域では例えば,Fermi流体論という,いい理論が3次元でできているわけですけど,高温超伝導などで問題になっているのは,strong coupling の領域で,その非摂動論的なところでの固定点を記述する理論がないのが現状です.そいつを作らないといけないと思います.非摂動的領域を調べる上で,ほとんどexactに解けるようなモデルが必要になると思うんですけど,その指針として,例えば最近流行っているSeiberg Wittenなどが使えたら面白いでしょうね.
夏梅:結局,例えば摂動的に見えるような対称性は,もしもあったら昔から発見されてるべきもので,これからはやっぱり,非摂動的な現象をどの程度理解するかにかかってきますね.
古崎:分数量子Hall系で,エニオンが 実際に半導体の中で実現していたように,全く不思議な素励起がまた見つかったらいいなと思います.
夏梅:standard modelの一つの教訓は,明らかな対称性なんていうのは,もう探し尽くされちゃったけども,例えば自発的対称性の破れとかいうような形で,隠れたところに対称性が潜んでいる可能性があるということを,教えたことだと思うんですよ.探すとしたら,非摂動的な対称性とか自発的対称性の破れとか,そういうふうにいくしかないと思います.実際,素粒子理論の残されたほとんどの問題というのは,そういう非摂動的なもの,つまり真空に関する質問ばかりです.例えば世代数や,質量を説明するとか,超対称性を破るとか,この世はなぜ4次元かとか….
加藤:いろいろ話も尽きないのですが,もう予定時間を大幅に過ぎてしまったので,このあたりでお開きにしたいと思います.今日はみなさん,どうもありがとうございました.