― 会長挨拶 ―

公害から環境へ、そして未来へ 

大気環境学会会長  坂本  和彦 (埼玉大学大学院理工学研究科)


1960年代中期の東海道新幹線の開通,東京オリンピックの開催に代表される我が国の高度経済成長期には、戦後の経済復興によって急速に発展した生産活動が三大公害と呼ばれる産業公害を発生させています。これらは、大量生産・大量消費を前提とした社会において、いずれも私たちが目指した豊かな消費生活を安価に手に入れるために持続可能性を配慮しないままに行われた生産活動が原因でした。生活用品等を効率よく、大量かつ安価に生産するための経済活動の過程で人への健康被害や生態系の破壊を引き起こしており、後年度負担を強いられる負の遺産を蓄積しつつ進められた発展でした。いわば環境コストを先送りして、見かけの豊かな生活を実現していたことになります。

1992年のブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された地球環境サミットにおいて、わが国から、「日本における公害私たちの悲劇的な体験」が公表されました。これによれば、日本の三大公害それぞれの健康補償額や汚染被害額などの総計に対する、被害を引き起こさないように未然防止対策を当時行ったと仮定した場合の推計費用の比較では、未然防止費用は実際の補償や被害額総計の1/100から2/3程度と推計されています。これをみれば、公害発生後に行う「治療型の対策」に比べて、未然防止を目指した「予防型の対策」の方が、私たちにとっても生態系にとっても望ましいことを示しています。本来、治療型、予防型いずれの対策を取る場合でもこの費用は製品の生産コストに含める必要があります。さまざまな製品の生産コストには「生産、消費、廃棄に至るすべての過程で引き起こされる生態系の破壊を含む環境破壊の未然防止費用(環境コスト)」を考慮すべきです。最近になって、後年度負担を強いられる環境負荷の最小化と枯渇性資源消費の少ない循環型社会の構築、環境汚染の未然防止と廃棄物の最小化を考慮した生産プロセスへの移行が進められています。

1992年の地球環境サミットでは、物質的な豊かさと利便性の追求によってもたらされたさまざまな地域汚染や地球環境問題への対応が要求され、世界の指導者が地球環境問題の大きさを確認し、対策を誓いあいました。国際的な温暖化防止対策の進展としては、199712月に京都で開催された第3回締約国会議(COP3)における京都議定書が挙げられます。この議定書は2008-2012年の間に先進国からの温室効果ガスの排出量を1990年レベルより全体の平均で5.2%削減することを義務付けた約束であり、2005年に発効しており、各国に定められた温室効果ガス削減約束の達成が注目されています。しかし、世界最大の排出国である米国、世界の二酸化炭素排出量の1/3を占めるアジアの中国、インド、韓国など発展途上国として排出削減義務がないために排出量は増加し続けています。そのため、地球温暖化は着実に進行しつつあり、その影響は、砂漠化、汚染物質の拡散など拡大しつつあり、地球上でさまざまな異変が広がっています。現在の推移では2100年までにこれまでの100年間の数倍以上の急速な温暖化が進むことになり、環境汚染の様相も大きく変化すると考えられています。例えば、温暖化の進行は対流圏オゾンの生成プロセスの加速による光化学スモッグの発生頻度やオゾン濃度の増加、有害化学物質の気化促進、水質の悪化、感染症の拡大、などさまざまな影響が懸念されています。

このような状況を受けて、本年(2008)7月の洞爺湖サミットでは、温室効果ガス削減の長期目標をめぐり活発な議論が交わされました。主要8カ国(G8: 米国、ロシア、日本、ドイツ、カナダ、英国、イタリア、フランス)と新興5カ国(中国、インド、メキシコ、南アフリカ、ブラジル)2050年までに世界の温室効果ガスの排出量の半減を目指すとの目標の共有で一致しました。我が国やEUは自らの長期目標として「60-80%削減」を掲げていますが、今後の課題は「ポスト京都」交渉の本命である、法的拘束力を伴う2020-2030年までの中期目標の設定です。気候変動枠組み条約の原則、「共通だが差異ある責任」を守りつつ、先進国と新興国の双方が納得して負担を分かち合うためには、先進国からの「技術協力」と「資金提供」に負うところも多いと考えられます。中期目標、長期目標を考えた場合、京都議定書における温室効果ガス削減義務達成に向けた行動は今正に正念場を迎えています。この達成が地球環境の持続可能性の向上につながっていくからです。

これまでの持続可能性を考慮していない、資源・エネルギーの大量消費によってもたらされていた20世紀の大量生産・大量消費・大量廃棄は、地球温暖化、酸性雨、有害化学物質問題に代表される地球環境問題をさらに顕在化させました。これは、サステイナビリティ学連携機構(2006)による主張のとおり、地球上の人口が著しく少なかったときには考慮する必要がなかった「私たちのライフスタイル・価値規範から形成される人間システム」と「私たちの政治・経済・産業・技術がかかわる社会システム」が「資源・エネルギーの源であり、気候システムや生態系を形成する地球システム」に悪影響を与え、地球環境問題に至っているものと言えます。

60億人を超え、さらに増え続ける地球人に対して、豊かな生活と活発な産業・文化活動を持続させるためには、人類が社会活動を行うために消費する枯渇性資源利用の最小化と循環性資源の高効率利用を図り、地球環境や生態系への負荷の最小化を可能とする社会システムを構築するとともに、自然や生態系と共生しうる新たなライフスタイルと価値規範に基づく人間システムと社会システムを構築するための研究や教育が極めて重要です。それらによって「地球システムの持続可能性」をより高くしていくことを、世界共通の理解としていかなければなりません。そのためには、これまでの自然科学に基礎を多く研究者・技術者に加えて、これらの問題に対応し、人間・社会と環境の関わりを体系的にとらえて、環境を地球システムと整合するよう制御し、人間・社会の生産活動による環境への負荷の低減を図り、循環型社会を可能とする社会システムの構築に直接かかわる人材や多くの市民をその方向に誘導するオピニオンリーダーを養成することも必要です。

地球規模環境問題は大量の資源を採取し,エネルギーを始めとして経済的に有用な製品の生産と消費の過程で,様々な廃棄物や環境汚染物質を排出していることが原因です。よって、私たち一人一人は、被害者であると同時に,加害者であること、特に将来世代に対して加害者であることを認識し、将来世代に対して、「負の遺産」を残さないよう、継続的な努力を続けていくことが必要です。

 大気環境学会は、195912月に大気汚染研究全国協議会として創立され、その後1973年に大気汚染研究協会へ、さらには1996年には現在の社団法人大気環境学会に改称され、現在に至っています。冒頭に述べた19501960年代の激しい産業公害型の地域における大気汚染は、現在ではほとんど改善されており、本学会会員を含む諸先輩の活動に敬意を表したいと思います。本学会は、創立以来、大気汚染・大気環境に関する学術研究を通して、我が国の大気汚染の改善に誇りうる多くの業績を挙げており、我が国の環境分野では最も長い歴史を持つ学術団体の一つとして国内外から高く評価されています。しかし、光化学スモッグに代表されるそれぞれの地域外の発生源や域外から輸送される汚染物質に由来する大気汚染など広域化されつつある大気汚染、地球温暖化の進行に伴って変質しつつある汚染機構、微小粒子や有害化学物質、地球温暖化など、それぞれの現象解明や原因物質の排出抑制など、これらへの取り組みも一層強化しなくてはならないことは言うまでもありません。また、既に述べていますように、多くの残された課題の解決、もしくは解決の方向にむけるには研究開発や技術開発だけでなく、それらに直接取り組む研究者・技術者に加えて、それらの問題の所在や解決の手法を理解できる人、わかりやすく伝えることのできる人を増加させていく必要があります。私たちは、学術研究に基礎を置きつつ、このような活動も行うことによって、一見利害の対立する組織に属する人々や社会全体での共通理解を進め、環境汚染の発生原因の理解・制御、より良い地域環境の創出、地球の持続可能性を拡大発展させていくことができます。このような考え方は、以下の引用の通り、当時の産業公害に関する面が色濃く出ていますが、本学会の前身である「大気汚染研究全国協議会設立(195912)の趣意書」や「大気環境学会倫理綱領A.1(200410)」に明確に謳われているところです。

「大気汚染問題は、自然科学者だけの手によって解決されるような単純なものではありません。自然学者の理論や実験は、この際問題解決の基礎となるものではありますが、問題はさらに深いところにあって、心理学的に、社会的に、また産業経済的に綜合された研究と検討が行われて、はじめて対策が立てられるものであります。」

「大気汚染の社会的問題としては、なんとしても産業の発展との関連が重要であって、大気汚染は産業、経済と直結して考えられることが多いのであります。従って、産業経営の側からこの問題に対する考え方が大切であります。ともすれば大気汚染を取り上げることは産業の発展を日阻害するものであるかのようにみられていますが、この見方を根本的に是正することが、大気汚染対策の重点の一つであります。

 産業経営に携わっておられる方々も、またわれわれ研究者も共にわが国の産業の健全な発育を念願しているのであります。」

 「この問題の解決に対する我々の考え方は、理解ある経営者との協力による研究によって問題を解決し、産業人からも、住民からも喜ばれ、その結果としてその企業に対して経済的に寄与することを念願するものであります。」(大気汚染学会誌, 創立三十周年記念号, 24(5.6合併号), 346(36) (1989))

 「現在および未来の地球社会に対する使命と責任の重大さを認識し、その研究・調査活動を通じて大気環境問題の解決に貢献する。」(大気環境学会倫理綱領A.1)

本学会は、200912月に創立50周年を迎えますが、学会の原点に立ちつつ、これまでの50年を振り返り、新たな50年に向かって進んでいくために、以下に示す50周年記念事業に取り組んでいきます。また、その中では、この創立50周年を契機に、本学会の運営の在り方や将来構想を検討して行きたいと考えています。会員の皆様には、これまで以上に、創立50周年記念事業、支部活動、分科会活動、出版活動、国際協力活動等への積極的な参加とご協力を心からお願いいたします。

(1)     50回年会: 創立50周年記念シンポジウム

(2)     50周年記念国際シンポジウム

(3)     50周年記念全国キャラバン講演会

(4) 大気環境ハンドブック(仮題)の出版

(5) 学会誌50周年記念特別号の出版

(6) アーカイブの作成

など