エコノミークラス症候群に関する提言

平成13年11月1日

背景

"いわゆるエコノミークラス症候群"の病態は、航空機旅行中・旅行後に発生した深部静脈血栓症、あるいはその血栓により引き起こされた急性肺動脈血栓塞栓症であり、血栓形成に長時間の座位による静脈血のうっ滞・血液粘度の上昇が関与していると考えられている。本邦でも症例が報告され臨床像が明らかにされつつあるが、未だ解決すべき多くの問題が残っており、本症候群は正しく理解されていない傾向にある。
日本宇宙航空環境医学会では、ワーキンググループ"エコノミークラス症候群に関する検討委員会"を組織し、現時点で明らかにされている事実、不明な点、さらには憶測で語られている点等を整理したので以下のように報告・提言する。

エコノミークラス症候群に関する検討委員会の構成メンバ-

委員長 東急病院院長 酒井 紀
副委員長(財)航空医学研究センター所長 津久井一平

委員
慶應義塾大学医学部内科学教授 池田康夫
日本医科大学第一内科教授 高野照夫
慶應義塾大学医学部内科学助教授 山口佳寿博
日本医科大学新東京国際空港クリニック所長 牧野俊郎
日本医科大学付属千葉北総病院集中治療部講師 畑 典武
東京慈恵会医科大学呼吸器内科講師 吉村邦彦
成田赤十字病院内科副部長 森尾比呂志
(財)航空医学研究センター研究・指導部部長 三浦靖彦
東京慈恵会医科大学法医学講座助手 一杉正仁

幹事
日本航空(株)健康管理室副主席医師 大越裕文
全日本空輸(株)主席産業医 五味秀穂

オブザーバー
日本宇宙航空環境医学会理事長 飛鳥田一朗
東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科教授 田嶋尚子
東京慈恵会医科大学宇宙航空医学教室助教授 須藤正道
全日本空輸(株)健康管理室主席産業医 宮島真之

提言

提言1 名称
深部静脈血栓症と急性肺動脈血栓塞栓症は、エコノミークラス以外の航空機利用者やバス・列車・船などの交通機関を利用した旅客にも発症が認められている。エコノミークラス症候群という名称はエコノミークラス以外では本症は起り得ない等誤解を生ずる危険性があるため妥当ではない。航空機旅行との直接的因果関係が不明である現在、病態を示す深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症を原則的には用いるべきである。但し、旅行に伴う深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症の調査研究や旅客に対して注意を喚起する場合に限り、広く流布している旅行者血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)の名称を用いることを提言する。

提言2 予防
多くの深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症は既知の危険因子を有している旅客から発症しているが、少数ではあるが危険因子が認められない旅客からも発症がみられる。したがって、航空会社・旅行会社等は旅客に対して深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症が航空機内で起りうることについて旅行前に注意を喚起すべきである。さらに、飛行中は旅客全員に体操ビデオ・機内誌等を用いて足の運動・水分の補給・ゆったりとした服装・過度の飲酒を避ける等の深部静脈血栓症の一般的な血栓予防法を航空会社は紹介すべきである。

提言3 啓蒙
中等度以上の深部静脈血栓症の危険因子を有する旅客に対して旅行前に医師が薬物療法あるいは弾性ストッキング使用等の予防策を講ずることは極めて重要である。したがって、医師又は医療従事者に対して、航空機旅行に伴う深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症の病態や予防等を医学雑誌・講演会等で広く紹介し、正しい理解を得る機会を作る必要がある。

深部静脈血栓症の危険因子(文献1,2より改変引用)
低危険因子
40才以上、肥満、糖尿病、高脂血症、3日以内に受けた小外科手術(内視鏡的・肛門外科・皮膚科・眼科手術等)
中等度危険因子
下肢静脈瘤、心不全、6週間以内に発症した急性心筋梗塞、経口避妊薬を含むホルモン療法、真性多血症、妊娠・出産直後、下肢の麻痺、6週間以内に受けた下肢の手術・外傷・骨折
高危険因子
深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症の既往歴あるいは家族歴、先天性血栓形成素因、血小板増多症、6週間以内に受けた大手術(脳外科・心臓外科・整形外科・婦人科・泌尿器科手術等)、心血管系疾患の既往, 癌等の悪性腫瘍

提言4 今後の対応
航空機旅行における深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症の発生実態、深部静脈血栓形成に与える機内環境の影響の有無、さらに存在するかもしれない未知の内因性危険因子、有効な予防法等について今後調査研究し明らかにされるべきである。

参考文献
1) Bagshaw M: Traveller's Thrombosis: A Review of Deep Vein Thrombosis Associated with Travel. Aviat. Space Environ. Med., 72, 848-851, 2001.
2)山口佳寿博 急性肺動脈血栓塞栓症. I. 病因と病態  2. 要因と症状. 日内会誌, 90, 199-206, 2001.