サルモネラ食中毒


−−−−−− 著 者 −−−−−−
品川邦汎1),中根明夫2)
1) 岩手大学 農学部 獣医微生物学教室
2) 弘前大学 医学部 細菌学教室

1.サルモネラ感染症

 サルモネラはヒトや動物の腸管内に生息し、食物や水を介して、またヒトからヒトに感染する代表的な菌群であり、病原細菌の中でも古くから知られている。本菌感染症としては飲食物を摂取し胃腸炎を起こす食中毒が最も多い。特に近年、サルモネラ食中毒の中で卵および卵加工品による Salmonella Enteritidis 食中毒が急増している。わが国では昨年(平成8年)大きな社会問題を起こした腸管出血性大腸菌(STEC)O157感染症では、10,000名近い患者者数が見られたのに対し、サルモネラ食中毒では患者数はさらに多く16,334名に達している。これらの状況を踏まえて、厚生省は特別にサルモネラ研究班を形成し、その原因、防止対策の検討を進めている。

1)食中毒発生状況と分離菌のファ−ジ型

 サルモネラ食中毒には、学校、旅館、飲食店などにおいて集団発生する事例と、家庭等において散発的に1〜2名発生する事例がある。わが国では、平成元年(1989年)になり、食中毒事件が突如多発し、その後平成4年には事件数および患者数とも第1位の発生を示すようになった(図1)。平成8年には350事件(全食中毒事例の33.5%)の発生があり、その患者数は細菌性食中毒の総患者数(43,935名)の42.2%を占めていた。また、国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)で毎月報告されている「病原微生物検出情報」で取り扱われている病原菌の中ではサルモネラによる患者数が最も多く、総患者数の38〜45%を占めている。これらの患者から検出されるサルモネラ血清型(血清型はOおよびH群の組み合わせで2,000以上存在)は、S.Enteritidis (SE)が最も多く、この他 S.TyhimuriumS.Thompson および S.infantis などがあり、特に食中毒事例からはSEが圧倒的に多く、サルモネラ食中毒(1992〜1996年:患者数10名以上の事件)事例のうち54〜79%を占めている1)。しかし、これらの事例から分離されるSEファージ型(PT)は同じではなく、1988年まではPT8が主体であったが、1989年にはPT34が分離菌株の69%を占め、さらに1990年にはPT4(57%)が急増し、PT34は26%に減少した。1992年にはPT4に加えてPT1(32%)が増加し、1996年まで同じ傾向を示している。しかし、近年新たなPTも検出されている1)

 他方、諸外国においてもサルモネラ食中毒は高頻度に発生している。英国では1987年から1989年にかけて鶏卵を原因食品とするSE食中毒が急増し2)、その多くはPT4であった。他方、米国およびカナダではSE食中毒からの分離菌株はPT8およびPT13aが主体であった3)

2)ヒトの発症菌数

 サルモネラ(SE)の発症菌量は、感染実験および食中毒事例の疫学調査成績から、ヒト(成人)の発症菌数は一般に105〜106cfu/ヒトと推測されている4)。しかし、個人差が相当見られ、疫学調査から発症には10cfu/ヒトから1011cfu/ヒトと大きな差が見られる4,5)。特に、チョコレートやチーズなどによる事例では発症菌数が少ないことも認められており6,7)、食品中の脂質が胃酸による菌の保護作用を示す可能性があることも示唆されている。しかしながら、ほとんどの事件では食品を汚染したSEが増殖(10の数乗個倍に増殖)し、これを摂取することによって発症している。

 

2.卵とサルモネラ

1)鶏卵および卵加工品による食中毒

 1985年以降、世界各国で鶏卵によるSE食中毒が多発し始め、1989年3月WHOにおいて「鶏におけるサルモネラの多発とそれに伴うサルモネラ食中毒」に関する緊急会議が開催され、本食中毒の原因究明ならびに今後の防止対策が論議された。他方、わが国では欧米諸国に遅れること約3年、平成元年にサルモネラ食中毒が急に多発し、その発生件数は例年の2倍近くに増加した。これらの原因食品の多くは卵およびその加工品(卵料理)であった。平成元年〜7年まで、卵および卵料理によるサルモネラ(SE)食中毒の発生件数(患者数10名以上の事例)を表2に示す8)

2)鶏卵へのSE汚染

 殻付卵のSE汚染としては、SE保菌鶏から卵巣や卵管を経由して、産卵時には既に卵内に本菌が認められるもの(in-eggによる汚染)と、産卵時または産卵後に卵殻表面に糞便等と一緒に付着したSEが、卵殻を通過して卵内に侵入するもの(on-egg汚染)の二つの経路がある。前者(in-egg)では、SE感染鶏であっても産卵される全ての卵にSEが移行するものではなく、一部の卵に低頻度(1.5〜2.0%の頻度)で検出されることが知られている9)。また、卵中の汚染菌数も少ない(自然保菌鶏では卵中のSE菌数は、産卵後室温で7日間以内の保存であるならば20cfu/卵未満である9,10)ことも報告されている。わが国では、産卵鶏の原種鶏や種鶏は英国や米国などから輸入されており、in-eggによる汚染防止には、輸入時にこれらの種鶏のSE保菌状況をチェックし、陽性ヒナを排除することが重要であると言われている。さらに、各ファームでの原種鶏・種鶏場および孵卵場のSE防止のための衛生管理も大切である。

3)卵殻通過(on-egg)によるSE汚染

 On-eggによるSE汚染は、産卵時に総排泄腔での汚染、および産卵後ケージ内、輸送ベルト、輸送ケージなどにおいて卵殻表面に鶏糞付着と一緒にSEが付着し、その後鶏卵格付け選別・包装施設(Grading and Packaging Center:GPセンター)での処理(洗卵、乾燥など)工程および流通工程で卵内に本菌が侵入する。カルシュウム含量の多い餌を与えた鶏卵(比重が高く、卵殻の厚い卵)では卵内への浸入性が低いことも知られている11,12)。また、GPセンターでの洗卵工程で、卵品温より低い温度の冷水に浸漬することによって、卵表面のSEは卵殻を容易に通過して侵入する13,14)。さらに、ブラシ等で洗卵すると卵表面に存在するクチクラ層が破壊され、卵殻表面のサルモネラは容易に卵内に侵入する。

 品温25℃の正常卵、A級破卵(肉眼的には正常卵と区別できないが、暗所で透過光線下によって観察すると、ヒビ様なものが見える卵)およびB級破卵(卵殻にヒビが入っているが、卵殻膜は破れていない卵)をSE培養菌液(106cfu/ml,10℃)に10分間浸漬後、乾燥状態(25℃)で保存した場合浸漬直後でも正常卵で陽性(1/10個)のものが見られ、保存日数の経過と共に陽性率は増加した13,14)(表3)。

4)殻付き卵中でのSE増殖

 卵中のSE増殖については、卵黄内では8℃以下で増殖は見られないが、10℃以下ではわずかに増殖を示す15)。他方、卵白はリゾチーム以外にアルブミン、アビディンなどが含有されており、またpHが比較的高いため、細菌の増殖は抑制される16)。また、卵を保管する場合、気室を下にして置くより上にして保管した方が、SEは増殖し易く卵内への移行も早い17)。このように、SE増殖には卵黄の位置と関連があり、卵黄の栄養が関与していると考えられている。

5)鶏卵によるサルモネラ食中毒の予防と対策

 殻付き卵によるサルモネラ食中毒を防止するには、その1、殻付き卵は正常卵を用い、卵表面に糞便などが付着している卵(汚卵)は除去すること。その2、卵の洗浄は、汚卵以外は行なわないことが望ましい。また、洗卵する場合は清浄な温水(30℃以上で卵品温より5℃以上高い水)を用いること。その3,卵の保管は8℃以下が望ましく、湿度の高い状態(不十分な乾燥)の保管は避けること。などが重要である。さらに、農場およびGPセンターでの衛生的な取り扱い、GPセンター出荷後の卵の流通(卵問屋等の管理)およびユーザ(卵加工場、飲食店等)において十分な衛生管理も必要である。なお、厚生省は「卵およびその加工品の衛生対策について」以下の項目を遵守するように通達している(平成4年7月)。

 さらに、平成5年8月には液卵製造施設等の衛生指導要領が作成され、「液卵の製造等に係わる衛生確保について」、全国に通知(平成5年8月)された。

 他方、農水省も生産段階におけるサルモネラ対策として「採卵鶏農場におけるサルモネラ衛生対策指針」(平成5年9月)を定め、採卵鶏農場に対する衛生指導を各都道府県に通達し、サルモネラ食中毒発生防止に努めてきている。

参考文献