生物相の進化からみた外来種問題
侵入生物が生む進化のダイナミズム
池田清彦(山梨大学)
FRONT (リバーフロント整備センター刊) 2003年5月号
現在発表されている外来種リストには在来の可能性が否定できない種も混じって
いる。このように在来種と外来種の関係は明らかに判断できるものばかりではない。
外来種によるさまざまな悪影響はないがしろにできまいが、彼らは一方的な侵略者な
のだろうか。生物進化というタイムスケールからみれば、外来種問題の新たな一面が
浮き上がってくる。
外来種が侵入することにより、日本固有の在来種の生活が脅かされ、場合に
よっては絶滅の恐れさえある、との危惧が最近特に強く表明されるようになった。和歌
山県でタイワンザルが増加してニホンザルと混血して純血が守れなくなるとか、ブ
ラックバスが在来種の稚魚を食い荒らして困るとか、外国産のヒラタクワガタが逃げ出
して日本の亜種との間で雑種を作っているらしいとか、この手の話題には事欠かない
昨今である。
確かに外来種の侵入により、固有種が絶滅するという事態は、多様性の保全と
いう観点からは忌むべきことには違いないが、それではすべての外来種を排除してし
まえばよいかと言えば、ことはそんなに単純なものではないのだ。まず在来種、外来
種という区別そのものがそれほど簡単ではないのである。
外来種と在来種は区別できるのか
イネ、コムギ、トウモロコシ、サツマイモ、トウガラシ、イチョウ、コスモス、モ
ンシロチョウ、アオマツムシ、カンタン等々はすべて人間が持ち込んだ外来種で
ある。これらの種を排除してしまったら、我々の生活は成り立たなくなってしまう
し、景観も風物詩も台なしになってしまうだろう。我々の先祖は生活を豊かにするため
に、外来種を積極的に導入したことは間違いない。外来種の多くは、日本列島の生物
相の多様性の増大にむしろ寄与したと考えた方が正しいだろう。
ブラックバスのように、多様性を減らすように機能した外来種はむしろ例外な
のかもしれない。ニジマスもカワマスもブラウントラウトも外来種だけれども排斥
<はいせき>運動が起こっていない所を見ると、在来の生物相に対してはさしたる影響
を与えていないのだろう。比較的最近、侵入した外来種であっても、日本の風土(生
態系)によくなじんで在来種のような顔をしている生物種は案外多いのではあるまい
か。
そもそも日本列島の成立の時点に遡って考えれば、すべての種はよそからの侵
入種に違いない。日本固有の種といえども、最初はどこかから侵入してきた生物が、
日本列島で進化して特化したわけだから、コトバの厳密な意味では、日本列島のすべ
ての種は元はと言えば外来種に決まっているのだ。そのことに思い至れば、外来種と
在来種の区別は少なくとも自明なものではないことはわかるだろう。
天然記念物になった外来種
チョウセンアカシジミという蝶がいる。岩手、山形などの一部の地域に生息
し、天然記念物に指定されて保護されている。不思議なことにこの蝶は天然の林には生
息せず、人家の周辺にしかいない。比較的最近侵入してきた外来種であることは、お
そらく間違いあるまいと思う。だからといって、この蝶を絶滅させてしまえと主張す
る人を私は知らない。
一方、ホソオチョウという蝶がいる。一九七八年に人為的に移入され放蝶され
たものだ。侵入した当初は各地で大発生して問題となったが、最近では落ち着いて、
たとえば山梨県では笛吹<ふえふき>川の土手の一部で毎年コンスタントに発生して
いる。放蝶された当初はもちろんのこと、今でも外来種ホソオチョウを駆除すべきと
主張する人をときどき見かけるが、地史的に見れば、チョウセンアカシジミとホソオ
チョウの侵入時の時間差は一瞬にすぎないだろう。前者の保護を叫び後者の駆除を主
張するのは単なる偏見である。ホソオチョウの侵入により絶滅した在来の蝶は一種も
いない。日本の蝶相の多様性は現実に一種増えたのである。笛吹川の土手の上を紙飛
行機のように飛ぶホソオチョウは今ではすっかり初夏の風物詩である。
生物相の変化をどのように捉えるべきか
ある地域の生物相は、すでに生息している生物種と次々と侵入してくる生物種
の間の生存競争の結果である。外来種の侵入を一切認めないということは、進化のダ
イナミズムを無視するということにほかならない。長いタイムスケールで見れば、外
来の生物が侵入するというのはむしろ常態であって、固有生物相を死守しようとする
思想は、コトバの真の意味でのアナクロニズムである。ある地域の生物相を現時点で
固定しようというのは、ウルトラ保守主義とでも言うべき馬鹿げた妄想である。外来
種との生存競争や混血により、消滅する生物があったとしても、それは生物の進化の
当然の帰結なのだ。
確かに外来種と在来種が混血をしてしまうと、生物の地理的変異を調べたり系
統解析をおこなっている研究者は困るであろうことはよくわかる。しかし、タイワン
ザルとニホンザルが融合しても、家の近所にいるヒラタクワガタにパラワン島のヒラ
タクワガタの遺伝子が入ったとしても、一般の人は何ら困らない。困るのは、地理的
変異を調べたり系統解析をおこなっている研究者だけであろう。タイワンザルとニホ
ンザルの混血個体を殺戮<さつりく>するのは、研究者のエゴでしかない。混血によ
り個体群の遺伝的多様性は増大するわけだから、何を考えているのやら。
ブラックバスのように、多様性の減少をもたらしている外来種は確かに問題で
あると私も思うが(それでも長い目で見れば、落ち着くべきところに落ち着いていく
に違いない)、だからといって、すべての外来種を排斥しようとの思想は唾棄<だ
き>すべきものだ。
<図のキャプション>
メキシコ原産のコスモスは、東京美術学校のお雇い教師によってもたらされた。
現在は野生化している。(「Curtis's Botanical Magazine」より)
ホソオチョウ(♀)中国大陸、朝鮮半島原産。当初、山梨県大月市は天然記念物
に指定しようとしたが、やがて普通種となったため、この話は立ち消えとなった。
チョウセンアカシジミ(♂)氷河期に大陸から日本へ渡ってきたと考えられる。
希少種として保護活動が盛ん。(2点とも写真=川本聖哉、協力=国立科学博物館)
いけだ・きよひこ
一九四七年東京都生まれ。東京教育大学理学部卒業。山梨大学教育人間科学部教
授(生物学専攻)。主な著書に『構造主義生物学論の冒険』(講談社)『昆虫のパンセ』
(青土社)『生命という物語り』(洋泉社)『新しい生物学の教科書』(新潮社)など。
参考:池田清彦氏の講演内容要旨「八郎湖の自然環境とブラックバス釣について考える」
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