研究会
◆定例研究会・特別研究会報告
【特別研究会報告 2009】
ブルガリアのリズムと舞踊
岡田はるみ
2010年1月15日、国際文化会館会議室にて「ブルガリアのリズムと舞踊」について勉強会が行われました。講師の大原仁氏は永年にわたりフォークダンスを愛好し研究されてきた方。講演は「リズムとは何か」から始まり、ブルガリアの民族音楽に特徴的な付加リズムについて民族舞踊の実演をまじえて、以下のように述べられました。
「付加リズム」とは言語のアクセントの長短から由来するものと考えられる。実際には「拍の伸縮」と理解したほうがよい。たとえば7拍子(3+2+2)は3拍子の1拍目が少し長くなったと理解する。付加リズムの分布については周辺諸国(マケドニア、ギリシア、ルーマニア、トルコ)にも見られるがブルガリアには特に多く存在する。
具体的には7拍子-(3+3+2)のレスノト、(2+2+3)のラチェニッツア、(2+2+1+2)のエレニノ、5拍子(2+3)のパイドウェーシカ、9拍子(2+2+2+3)のダイチェボ等、及びそれらを組み合わせたもの(7+11、9+13、7+7+11)があり、たいへん複雑で変化に富んでいる。
舞踊の形式は手をつないで行うコロ(ブルガリア語でホロ)が中心で、7拍子のレスノトの場合も3拍子の一種と考え、7ステップにはならず、3ステップとなる。
参加者が8名でしたが、他のヨーロッパ地域と異なるブルガリア独自の世界に触れることができました。(参加者:森下、国枝、二見、中島、森田、佐々木、上野、岡田)
(比較舞踊学会)
定例研究会2001~2009
【定例研究会報告2008】
近藤洋子
2008年度の研究会は11月20日(木)19:30~21:00に
【定例研究会報告2006】
竹富島「種子取祭」研修報告
新 徳子(比較舞踊学会理事)
参加者 森下会長以下5名
昨年の
白砂の如き清められた道、サンゴの石垣、赤瓦の民家がたちならぶ祭祀場で、伝承芸能を神に奉納し、豊作、子孫繁栄を神に祈願し、祝い、奉納する。
釈迦の入滅後、56億7千年後に現れて衆生を救うという「ミルク(弥勒)」が幼い子の手を引き連れて舞台に登場する場面は島を挙げてのエネルギーを感じました。そして日が落ちると歌集を手にして唄いながら各戸を訪問し、このユクイ(世乞い)集団は歓迎を受け、ニンニクとタコの和え物と塩と泡盛を振る舞われ、ドラや太鼓を明け方までたたく。
「種子取祭」は新暦10月、11月中に廻り来る干支の(甲申~壬辰)の日までの9日間であるが、最も祭りらしくなる奉納芸能の日は、庚寅と辛卯の二日間である。
2004年11月発行の竹富島文庫1「種子取祭」によると、来年度は平成19年10月28日(土)・29日(日)とのこと。ぜひ御覧ください。
【定例研究会報告2005】
下北半島
近藤洋子他
森下会長の推薦を受けて研究会が主催した青森県・能舞見学会(2005年8月26日~28日)には12名の会員が参加した。28日は午前9時から夜7時まで「
(比較舞踊学会理事・民俗舞踊研究所 舞スタジオ)
【定例研究会報告2004】
西馬音内盆踊り
近藤洋子
本年度の研究会は700年の伝統を誇り、日本一手振りの美しい盆踊りとしても世間の注目を浴びる「西馬音内盆踊り」をとりあげた。日時は学会大会の翌日1月7日(日)、場所は学会大会の行われた“With Youさいたま”の一室‘心と身体の実習室’であった。参加者は20数名であったが、皆西馬音内盆踊りに対する期待がいっぱいの受講生であった。講師陣には西馬音内出身関東地区在住の吉田幸子氏他6人と、私(大学で34年間民俗舞踊授業を開講している関係でコーディネーターとして関与させていただいた)近藤があたった。昼食を挟み午前2時間、午後2時間の講習会であった。
午前中の講習はコーディネーター近藤が中心となって行われた。
「骨組みと手順」
① イメージ作りとしてビデオ鑑賞→②「音頭(一番)」の足取り→③手振り→全体
② 「がんげ(二番)」を同様に研修
③ 「音頭(一番)とがんげ(二番)」を通して踊った。
午後の研修は「地元出身の方々と踊る・みがきをかける」が目標であった。
藍染め、端縫いの美しい衣装を着て、彦左頭巾、編み笠をつけた7名地元出身の方々に引っ張られて、初心者の参加者さえも気持ちよく踊りつづける事が出来た。地元出身の方々のフルコスチュームでの牽引力は実に偉大であった。参加者は時間のある限り笠や、彦左頭巾をつけさせていただいたり、質問を次々に投げかけていた。全体として満足の行く研究会ではなかったか思われる。
(比較舞踊学会理事・民俗舞踊研究所 舞スタジオ)
【定例研究会報告2003】
近藤洋子
2003年度研究会は翌日11月9日(日)10:00~17:00同じく国際基督教大学の体育館で行われた。ICU民俗舞踊月例研究会との共催、指導は、近藤洋子があたった。歌舞伎創始者阿国400年を記念した小唄踊り1.静岡県 徳山の盆踊 「ぼたん」2.東京都 鹿島踊り「羯鼓」3.新潟県 綾子舞「小原木踊り」いずれも国指定無形重要民俗文化財指定の芸能である。午後からは岩手県「黒川さんさ踊り」11曲が月例会員誘導のもとに行われ、充実した民俗芸能の研究会となった。参加者はのべ30人程であった。
【定例研究会報告2002】
「ピラーティス・メソッドを学ぶ」
理事 武井正子(順天堂大学)
上記研究会は、聖心女子大学 高田由美先生を講師に6月2日(日)午後1時30分から聖心女子大学 体育館を会場に開催され、約40名が参加した。
高田教授は、アメリカでピラーティス・メソッドの指導者資格を取得され、ボディ・コンディショニング研究会主催者として、活躍されている。研究会は、ピラーティス・メソッドについての講義の後、インストラクター川名昌代さんをアシスタントに基本的なピラーティス・エクササイズの実技指導がおこなわれた。また、ピラーティス・メソッドの代表的なエクイップメントであるリフォーマー(身体を調整し、体の歪みを矯正しながらエクササイズをおこなう木製のマシーン)を用いたエクササイズが紹介された。
ピラーティス・メソッドは、Joseph H. Pilates(1880~1967)によって開発されたボディ・コンディショニングのメソッドである。彼は、第1次大戦中、イギリスで捕虜になり、収容所生活の間にベットを利用したエクササイズから彼の考えを発展させることが出来た。その後、アメリカにわたり、妻クララと共にニューヨークでフィットネス・スタジオを開き、ピラーティス・メソッドを完成させた。1940年以降、ルース・セント・デニス、テッド・ショーン、ハンヤ・ホルンといったモダンダンス界のパイオニア達が、彼の指導を受けたといわれている。
90年代になって、一般の人々にも受け入れられるようになり、ダンサーやスポーツ選手の障害の予防にも取り入れられるようになった。 彼のメソッドの基本はマットを使ったエクササイズであり、①身体各部位に対する意識のもち方・コンセントレーション ②身体の各部位と動きの関係・コントロール ③センター意識を持つ ④センターからの動きの流れ ⑤エクササイズと呼吸などに特徴がある。是非、体験されることをお勧めしたいエクササイズである。(「“こころ”と“からだ”のコンディショニング」『女子体育』1987.7・8月号に筆者による同法の紹介があります。〔波〕)
【定例研究会報告2001】
ワークショップに参加して
中川聖子(千葉県立衛生短期大学)
今回は研究発表の後、約1時間のダンス・タイムが催されました。発表者や聴講者の多くがそのまま残り、ダンスを楽しみました。
はじめは近藤洋子先生のご指導のもと「こきりこ」を唄い踊りました。幼い頃、飛騨高山の合掌造りの民家で、おじさんに歌を習った記憶がよみがえりました。日本の踊りでは珍しい裏のカウントでとる出だしのステップは、つい踏み忘れてしまいます。ゆっくりと穏やかな踊りではあるが、油断ができませんでした。
次に新徳子先生に「リデ」を教えていただきました。これはスリル満点のダンスでした。というのは、軽快な音楽にのって、人のあいだをくぐったり通り抜けたりといった、ポジションチェンジがめまぐるしいためです。この時男役であった私は、本来女性パートナーを大切に扱わなければならないところを、振り回して前方に送り、はたまた新たなパートナーを引っ張り回して自分のところに連れてくるという、なんとも品のないダンスになってしまったのでした。
最後は、吉田幸三先生によるポーランド民族舞踊でした。これはいくつかのパートに分かれており、ステップや移動が少々複雑なので、始めは覚えるのが大変でした。この時は男子学生の方がパートナーになってくださって、大切に扱っていただいたおかげで、非常楽しむことができました。
日頃自分が行わないダンスを体験することは純粋に踊りを楽しめるという意味で、また、新たな発見(この発見が自分のダンスに当てはまることがよくあります)ができるという意味で、楽しく有意義な時間でした。