新しい千年紀を迎えて

プロの研究者の育成を真剣に考えよ


石坂 公成 Kimishige Ishizaka

 

 21世紀の医学研究の体制をどのようにしたらよいか?産学協同体制はどうなるのか? ということは,多くの日本の研究者の関心事である.しかし,現在,私がもっとも心配していることは,日本ではプロの研究者をつくるシステムが確立されていないということである.申すまでもなく,プロの研究者は,大学院教育とポストドク時代のtrainingによってつくられる.そして,アメリカ の大学院教育は明らかにこの目的のために存在している.私は日本で大学院教育をしたことはないが,アメリカと日本の大学院教育には根本的な考え方の違いがあるのではないかと思う.
 私がジョンスホプキンスで免疫のPhDコースをやっていたときは,われわれは毎年2人か3人の大学院生しかとらなかったが,これは他の大学と比べて特別少ないわけではない.このプログラムでは,われわれが多くの応募者のなかから学生を選ぶのだが,彼らの月謝も生活費もすべてNIHの training grant で支払われる.Facultyが 大学院生の教育にかける時間は training grantからは支払われないが,その他の経費は全部 training grantで賄われるから,大学はPhDコースに一文も使っていない.アメリカの大学は faculty の数が多いし,PhD studentの数は少ないから,原則として,一人の指導教官は一人の学生しかもっていない(もちろん,そのfacultyはフェローはもっているが).したがって,大学院生は個人教授を受けているようなものである.

 われわれのコースでは,学生がすべての講義と試験を終えて自分の指導教官について実験を始めた後,生化学者や分子生物学者を含む数人の教授による口頭試問を行っていた.この試験の目的は,その学生がPhDをとってプロの研究者になり得るかどうかを判定するためである.講義の内容は覚えており,器用に実験をしていても,自分が何をしているかわからないで実験しているような学生はマスターで放り出してしまう.研究者たるものは,何故キットが働くか知らないでそれを使うべきではないし,自分が追求している蛋白を SDS-PAGE で検出するためには,どの程度の蛋白量が必要かを知ったうえで実験を組まなければならない.われわれは,そのようなことが,independentの研究者になるためには大切なことだと信じていたので,一人ひとりの学生をしごいて,それについてこれない人には辞めてもらったのである.

 アメリカでは,一つの大学のすべての基礎医学の講座が別々のPhDコースをもっているわけではない.専門の違うfacultyが協力しあっていくつかの特徴あるPhDプログラムをつくっている.ジョンスホプキンスのような貧乏大学では,NIHのtraining grantをとらなければPhDコースを持つことはできない.このgrantをとるためには,教育経験豊かなfacultyをもち, 彼らが自分の research grant を使って学生の実験をさせられること,また,その大学では大学院生のためのいろいろな講義のコースができることが必要条件であるが,申請書の選考にあたってもっとも大切なことは,そのコースを主催する主なfacultyのtraining recordである.つまり,彼らが以前教育した大学院生やフェローが,他の大学の教授や助教授になって活躍していることが,grant をとるために必要なのである.

 日本では,東京大学や京都大学を大学院大学にするということである.確かに,activeな研究者はこれらの大学に多いだろうが,果たして,教育のエキスパートがどの講座にも揃っているのだろうか? そして,彼らは大学院生のために,どんな特徴をもつコースをつくるつもりなのだろう? 今までの日本の大学院生は,研究室のマンパワーとして使われがちだということだが,それではindependentの研究者は育たない.大学院教育は研究の片手間ではできない.日本の大学院も,どうしたらプロの研究者を育てられるかを考えてほしい.

 アメリカの大学院生は, PhDをとったら 99 %は他の研究機関へ行ってフェローになる.今までとは違うボスについて,違った経験を積むためである.研究者の考え方やアプローチの仕方にはそれぞれ特徴がある.若い研究者が2人か3人の指導者の考え方を吸収し,それを参考にして自分のやり方を確立していくことは,independentの研究者になるためには必須の経験である.過去において日本の研究者は留学することによって第二のボスに巡り会い,そこで国際的に名前のでた人が多い.30年前にはそれしか方法がなかったが,現在では日本にも国際的に優れた学者がたくさんいる.若い人たちが,所属する大学が違うというだけの理由で,自分の望む学者のフェローにならない(なれない)ということは,日本人以外には理解しがたい現象である.科学者は国際的に通用する職業である.一つの大学にしか通用しない科学者なんてものはあり得ない.日本の科学者が学閥の障壁のなかに住んでいることは,プロの研究者の育成のみならず,研究システムやネットワークの構築にも障害となっている.21世紀を迎えるにあたり,この前(今)世紀の遺物は除くべきではないだろうか?

 

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最終更新日: 2002/12/24