今年1月より日本微生物生態学会の新会長になりました。少し長くなりますが、挨拶の言葉と今後の学会の方向性について考えているところを述べさせていただきます。

 

はじめに

 一昨年のサブプライムローンの破綻に端を発した全世界的な経済不況は留まることを知らない状況です。さらに、その国力に比して極めて貧しいわが国の研究・教育予算や、借金漬けの国家予算の状況を見れば、我々の研究環境は益々厳しくなると予想されます。企業でも、成果の見えにくい基礎的な研究や微生物の天然での挙動についての研究などに予算をつけるのは相当勇気がいることでしょう。しかし、天然資源の少ないわが国は、こんな時だからこそ、地道な研究とそれを担う次世代の人材育成の重要性を認識すべきでしょう。学会もそのような動きを牽引していく役割が求められている時代になっています。

 微生物学は歴史的に病原微生物学や食品微生物学などの応用研究がそれを主導するとともに、各分野に細分化されながら発展してきた、という特徴があります。そうした中で、地球上の微生物の生き様や代謝機能、生態系への役割などは、殆ど理解されないままに置かれてきました。このため、例えばこれまでの病原微生物学は病原菌の天然の分布や生態に関する情報が全く欠落したまま作られてきましたし、他の個々の分野にも同様の傾向が見られます。このように、微生物学は地球生命圏の形成と維持に中心的な役割を果たしてきた微生物の役割に関する情報がぽっかり欠落したまま発展してきました。

微生物生態学は、地圏、水圏、大気圏にまたがる地球スケールでの物質循環、生命の発生と進化過程、様々な生物との相互作用、環境の保全および浄化技術,微生物機能を利用した様々なテクノロジー、病原微生物あるいは有害微生物の動態の解明やその潜在的危険性の評価、有用微生物を用いた食料生産、有用遺伝子源など、多様な分野に関わる学問領域です。平たく言えば、微生物の機能や特性をその環境との関わりの中で明らかにするとともに、そうした特性を利用していこうとする全ての研究領域を含みます。地球上で単独に生存する生物は皆無であることから容易に想像されるように、微生物生態学は微生物学の中でも最も基本的な研究領域と言えるでしょう。そこには膨大な数の未知の現象とまだ誰も気付いていないような機能が探索の手を差し伸べられるのを待っているのです。

 

微生物生態学会の方向性

日本微生物生態学会は会員の努力によって年々発展を遂げ、2007年度から、1000人規模の学会になりました。とりわけ若い会員が多くいることがこの学会を活気あるものにしています。しかしそれに安住することなく、学会のあり方や方向性を時代の動きに応じて不断に見直して行くことが必要だと思われます。

まず学会が主とする研究領域としては、やはりフィールド調査に根ざした生態系の中の微生物群集の解析を中心に置くのは揺ぎないことでしょう。最近は他の微生物関連の学会も環境に関する課題を多く挙げるようになりました。しかしここは我々の最も得意とする領域であり、その基礎的な研究で主導権を維持するのは当然かつ必要なことです。我々のフィールドは陸上のみならず、深海にも宇宙にも広がっています。また対象微生物の種類も膨大な数に上ります。そこには基礎的課題が山積しています。その一方で、ではそうした解析が一体どのような意味を持ちうるのか、例えば環境問題に代表されるような諸問題の本質的理解や解決にどのようにつながりうるのか、病原菌などの潜在的危険性についてどれだけ判断基準を提供できるのか、などについてより積極的にアピールしていくこと、そして状況に応じては具体的な応用研究に取り組むことも大事になりつつあります。生態系の中での微生物の動態を知っているからこそ胡散臭いものは科学的見地に立って建設的に批判し、実効性のある提案を行っていくことが可能になるはずです。

第二に、前述したように、わが国の自然科学研究を巡る環境は厳しい状況下に置かれています。学会の発展は、そうした中で関連する研究や教育をいかに伸ばしていくべきか、それを取り巻く状況をどのように改善していくべきか、という課題と切り離すことはできません。平たく言えば、これまでは学会内で研究の話のみをしていればよかった時代から、それがどんな魅力を持っているのか、どのような意義があるのかについて、様々な機会を捉えて社会に訴えていくことが必要な時代に入っています。これにはいくつかのやり方があるでしょう。まず、対市民に対する活動や小、中、高校生に対する活動を粘り強く展開していくことが大事です。幸い皆様の努力によってこうした活動が根付き、一例を挙げると、昨年秋には中学生の会員が誕生しています。ジュニア会員制度などの新しいあり方も検討に値すると考えています。次に、国内の関連する学会や諸組織と連携し、情報を得ながらできることあるいはやるべきことをしていくことが必要になります。本学会は生物科学学会連合に加盟しております。また日本生態学会およびその関連学会とも研究領域では重なりがあります。このような繋がりを大事にしていきたいと思います。さらに、社会との接点という意味では、学会は民間企業などとより柔軟な関わり方を探っていくべきではないでしょうか。一例を挙げれば、2000年に発足したバイオフィルム研究会の活動にそうした側面が顕れています。単に応用研究への足がかりという点だけではなく、そこには人々のニーズが色濃く映し出されているとも考えられます。学会で異なる視点からの考え方やデータをぶつけ合い、議論するのは大変有意義なことと思います。

第三に、学会の動きは国際的な動きと無関係ではいられません。例えば、多くの会員はInternational Society for Microbial Ecologyの会員でもありますし、2年毎に開催されるISMEには100人以上の日本人が参加するようになりました。2007年には愛媛大会でISME-Asiaが開催され、東南アジアを中心に多くの国外研究者が参加したこともまだ記憶に新しいところです。今年は5月に韓国の微生物学会(Microbial Society of Korea)の50周年大会の開催が予定され、当学会にも参加の呼びかけがされようとしています。本学会の会員は、その他にも多くの国際学会に関わってきています。こうした様々な動きの中で我々の研究成果を機敏かつ効果的に発表し、さらにリードしていくためには、学会としても新たに国際対応のための組織作りをする必要があります。これまでISMEBoard Member である諏訪裕一会員には一方ならぬ奮闘をしてきて頂きましたが、より組織的な動きが必須です。国際的な場で活躍できる次世代の研究者を育てることも含め、対応を考えて行きたいと思います。

第四に、Journalについてです。本学会は日本土壌微生物学会とともに、Microbes and Environmentsを発刊しています。海外の出版社によらず、J Stageを通じてオンライン化するポリシーを堅持しています。この最大のメリットは、海外の出版社のOn Line Journalの購読料が高騰する中で、Microbes and Environmentsはその問題に囚われることなく、世界のどこからでもアクセスが可能なことです。おそらく昨年は海外から3万件近いダウンロードがあったと思いますが、この数は今後も増えるでしょう。さらに、南澤究編集委員長、平石明前委員長らの努力により、昨年からThomson Scientific社のWeb of Scienceの収録雑誌に採択されています。つまりMicrobes and Environmentsは既に国際誌の仲間入りをしているのです。さらにこの編集が両学会によって行われていることも強みです。このJournalへの投稿数を増やす、そしてMicrobes and Environmentsに掲載された論文を積極的に引用することで、我々はこのJournalを質的、量的にさらに高め、それによって学会と投稿者の国際的ステータスを上げることができます。今後、国内の関連学会を巻き込みながら、東南アジアを起点とする微生物生態学の国際誌として発展させ、その研究を牽引していくことを目指して行きたいと思います。

 

おわりに

学会に所属しているメリットがなければ会員は離れていくでしょう。しかし学会を支えているのは会員ですから、そのメリットを生み出すのは最終的に個々の会員の活力の総体と学会への求心力によります。総体を成す要素としては、上に述べてきたような、研究、学会の運営、学会の対外的活動、Journalなどがあります。おそらく私や事務局の役割は、そうした学会活動の状況をできるだけ整理してみなさんにお伝えし、必要に応じて会員のみなさんのご協力をお願いしていくことだと思います。同時に、やはり学会の魅力は、微生物生態学の魅力に他なりません。会員のみなさんが生態系の中の微生物に関し、面白いと思ったことを、情熱を持って語り合う、本学会がそのような場として多くの人々を引き付け、議論し、それを通じて研究の発展に繋げていけるような場を提供していければ幸いと考えています。ご協力をよろしくお願いいたします。

 

日本微生物生態学会第13期会長 木暮一啓