『言語研究』第131号(2007年3月)論文要旨
日本語の長距離格付与と方言差
「長距離の例外的格付与(LD-ECM)」とは、構造的に介在する名詞句や定形節の境界を通り越して主節動詞が埋め込み文内の名詞句に対して格付与を行っている構文であるが、本論はまず、A方言と名づけた関西方言のうちのある地方語でこの構文が観察されるということを様々な観察的事実より示した。これを受けて2つの問題が浮上する。(I)何故、LD-ECMはA方言でのみ可能であり、標準日本語や他の関西方言では不可能であるのか? (II) A方言のLD-ECM文では、どのようなメカニズムによってPhase Impenetrability Condition (PIC)やDefective Intervention Condition (DIC)が回避され得る状況が起こっているのか?これらを説明するために次の2つの要請がなされた:「A方言の補文標識の特異性によって、それに導かれた定形節がstrong phaseにならないこと」・「DICの定義にCollins and Ura (2001)で提案されているAccessibilityの概念を導入すること」そして、これらの要請に従えば、上記の2点の相互に関係した問題点が現行のPhase/Agree-理論の枠組みで同時に解決可能であることが示された。
チノ語の疑問文末に現れる3つの助詞について
本稿は中国雲南省で話されるチノ語悠楽方言(チベット・ビルマ語派ロロ・ビルマ語支) の疑問文末に生起する3 つの助詞-la42, -ȵa42, -a44 の振る舞いについて論じた.多くのアジア諸語では真偽疑問文/ 疑問語疑問文の区別が疑問文末の助詞の振る舞いに関与する.しかし,チノ語では上記の区別に加えて,名詞述語文/ 動詞述語文といった形式的条件と焦点位置などの意味的条件が助詞の振る舞いに関与する.具体的には以下のとおりである.形式的条件としては-la42 は真偽疑問文末に,-ȵa42 は動詞述語文である真偽疑問文末と疑問語疑問文末に,-a44 は名詞述語文の疑問語疑問文末に生起しうる.また意味的条件としては主に-la42 は文全体が焦点であるときに生起するのに対し,-ȵa42 は文の一部が焦点であるときに生起する.
Negをc-統御する不定語+モ
日本語で文否定要素(Neg)を必要とする不定語+モ「だれも/なにも」は,英語のNPIのany-と同様,否定とともに全称否定解釈を導くので,any-の対応物としてLFでのNegによるc-統御がその必要条件と見なされてきた. また最近のWatanabe (2004)において,イタリア語等の否定環境に現れる不定語と同様にそれ自体否定力を持った要素であるという分析も提示された. 本研究では,まず,同じくNegを要求する「シカ」句とそれら不定語+モの相互作用の現象に基づき,不定語+モは,LFでNegにc-統御されてはならないこと,また,それ自体否定力を持たないことを示し,それら先行の分析が不適切であることを示す. その上で,「シカ」句との相互作用の現象に基づいて,不定語+モを含む名詞句全体が全称量化を導く表現であり,それ故に,全称否定を導くためにはLFでNegをc-統御しなければならないことを主張する.
定量的分析に基づく「が/の」交替再考
本論文では,「が/の」交替についてHarada(1971)で提唱された言語変化仮説の検証と,「が/の」交替に影響を与える要因の特定を定量的観点から行う.本論文で扱う要因は先行研究による分析を参考として想定し,それらの要因がどの程度「が/の」交替に影響を与えているのかを経験的に特定する.本論文で扱うデータは,国会会議録に収録されている東京都出身の国会議員76名の発話データとし,分析にはクロス表とロジスティック回帰を採用した.分析の結果,Harada(1971)の仮説通り,「が/の」交替において「の」から「が」への移行という言語変化が観察された.また,本論文で想定した12要因のうち,生年,隣接性,他動性制約,名詞句の形式差,「という」節,品詞の種類,有生性,主要部名詞,「の」先行環境,の9要因において「が/の」交替に対する影響が確認され,それらの影響度も特定された.