Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


環境フォーラム


研究会のお知らせ
下記により研究会を行います。ふるってご参加下さい。
日 時 5月12日(土)午後2時ー5時半
会 場 立正大学 大崎キャンパス 第5会議室A(11号館11階)
【キャンパスマップ】http://www.ris.ac.jp/guidance/cam_guide/osaki_map.html
【交通アクセス】http://www.ris.ac.jp/guidance/cam_guide/osaki.html
      ※会議室の変更がある際は別途ご案内します。  
報告及び話題提供 西川純子「「リベラル・デモクラシーとソーシャル・デモクラシー: ニューディールを例にとりながら」
山本孝則・北原克宣「政経史学会秋季大会のパネル・テーマ案*について」
*「2008-2012金融・経済危機の行方と日本資本主義の再編」(仮称)
     テーマの一部に関する資料として、http://www5.hp-ez.com/hp/tyam/page11参照
連絡先 久保新一(UGN14301「アットマーク」nifty.com)
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「環境フォーラム」の呼びかけ
グローバル化された21世紀の経済社会にとって喫緊の課題は、空前のスケールで資本主義物質文明が普及していく反面で、地球規模の環境破壊が待ったなし の速度と深刻さで進んでいることである。人間にとっての環境とは突き詰めれば、生物界の一員に不可欠な物質的自然であると同時に、「物質的自然を改造する 人間関係」即ち生産関係である。「自然界に視点を据えて再把握された人間社会」を「人間環境」と捉えるとき、今日の社会科学に求められているのは、持続可 能な人間環境を育む《新しい人間関係・生産関係》の究明である。他方、日本の現実に目をやれば、世界にも例を見ない農業と地域社会の崩壊、少子高齢化とそ れに伴う年金破綻、住宅・都市インフラという国民資産の劣悪さなど、我々をとりまく環境はまさに持続不能な状態にあると言わなければならない。「成長の限界」が問わ

れ、「大量生産・大量消費・大量廃棄」からの脱却が論じられて久しい。しかし、学派を問わず量的な均衡概念に拘束された これまでの社会科学は、「大量生産・大量消費・大量廃棄」の世界から「持続可能な人間環境」世界へのパラダイム転換を果たすことなく、無力化しているかに 見える。本来社会科学は、「社会的・生態的持続性に根ざした、人間と自然の社会的再生産のシステム」を目指す学であるべきである。かかる観点から、21世 紀社会科学の課題として次の二点を提起したい。

(1) 「環境問題」の実態とその理論的・実践的な取り組みの確認。
「環境問題」の根源にあるのは、<自然資源は利用対象、市場取引の対象にならないモノはゴミ>と見なす経済観・社会観であり、その基礎にはあるのは「環 境=社会の外部」という自然・環境認識である。「環境=外部」説は、認識レベルにおける「環境問題」の根源であると同時に、「社会的費用」「社会的共通資 本」「排出権取引」など、「環境問題」に関する理論的処方箋にも大きく影響している。学問レベルでの「環境問題」の原因分析と、実践的な対策とがかみ合っ ていない点に着目し、「環境問題」の実態と研究水準を確認しておくことは、21世紀の「社会的再生産システム」を探る上で不可欠な前提である。

(2) 「持続可能な循環型社会」のあるべき姿の提示。
学問の分野のみならず実社会においても、 「持続可能な循環型社会」は21世紀世界のあるべき社会像として定着しつつある。しかし、日本の現実に明らか なように、「環境=社会の外部」説を維持したままの「循環型社会形成」論は、大量生産・大量廃棄を前提とする経済成長至上主義との折衷に陥りがちである。 自然科学の成果も踏まえ、「循環型社会」を「持続可能な社会的再生産のシステム」として具体化することは、今後の重要な課題である。  以上、狭義の学派や専攻分野を超え、持続可能な人間環境を育む《新しい人間関係、新しい生産関係》の研究というテーマに共感する、研究者・大学院生、実 務家の参加を期待している。

2006年10月10日

呼びかけ人:久保新一(代表)、黒瀧秀久、佐藤洋一、島崎美代子、福士正博、保志洵、 山本孝則