バタイユ・ブランショ研究会ミニシンポジウム2006

アセファル、その内と外

来たる5月20日(土)、下記のとおり、「バタイユ・ブランショ研究会」主催によるシンポジウムが開催されます。皆さまぜひ奮ってご参加ください。

シンポジウム「アセファル、その内と外」
日程:2006年5月20日(土)10:00〜12:30 
会場:慶應義塾大学(東京都港区三田2-15-45)西校舎515教室
問い合せ先:郷原cahierあっとまーくmiracle.ocn.ne.jp
*参加自由

G. Bataille著M. Galletti編のL'Apprenti Sorcier, Éditions de la différence, 1999の第V部と補遺が、吉田裕、江澤健一郎、神田浩一、古永真一、細貝健司の5名の共訳により、『聖なる陰謀』の表題でちくま学芸文庫から4月10日に刊行された。これは宗教結社「アセファル」に関わる資料集だが、この主題の下に、訳者たちが「戦争の影」「無頭人の形象をめぐって」「アセファルと死」「集団的思考としてのアセファル」「アセファルと30年代の生物学」の5つの発表を行う。
発表要旨
吉田裕「戦争の影」
「コントル・アタック」「アセファル」そして『有罪者』『内的体験』というふうに辿っていく時、活動の形態あるいは記述の形態が変わるにせよ、戦争の影がいっそう強くなりながら差していることに気づく。これらの活動は、戦争に抗するため、あるいは耐えるために為されたと見えるほどである。戦争は非生産的消費の一つとしてバタイユの重要な関心事の一つだったが、それはこの時期のバタイユの探求をどのように条件付け、どのような刻印を残したのか、それを確かめたい。

古永真一「集団的思考としてのアセファル」
「アセファル」では、バタイユ以外のメンバーたち(ピエール・アンドラー、アンリ・デュサ、パトリック・ヴァルドベルグ、ジャン・ロラン……)も興味深いテキストを書き残している。モーリス・ブランショが評価するように「アセファル」がバタイユによる「共同体の思考」の絶頂だったとすれば、その余波はバタイユを貫いてさまざまな人々に感染し、それぞれの軌道を描いていったはずである。本発表では「アセファル」をバタイユの思想に限定せず、その総体において捉えたときにどのようなことが明らかになるのか考えてみたい。

神田浩一「アセファルと死」
「アセファル」という運動体において、死の概念は、極めて重要な意味を担っている。ある資料の中では、組織の原則が「死を前にした歓喜」と明言されているほどである。死はアセファルにおいて具体的にはどのような意味を持っていたのか。本発表では、死がかきたてる情動性により結びつく共同体という考えと死を前にした歓喜という瞑想の実践という二つの観点から、それを明らかにしたい。

細貝健司「アセファルと30年代の生物学」
アセファルや社会学研究会による、人間の成り立ちについての考えの成立に対して、30年代のフランス生物学、ことにエチエンヌ・ラボーの果たした役割を考察したい。バタイユやカイヨワは、ラボーの定理を批判しながら、一部を取り入れて自らの理論を構築している。しかしラボーが遅れてきたラマルキストであり、生物学の本流に必ずしも属していないことは余り知られていない。果たして30年代のフランス生物学は、時代と共にある偏向をし、それ故に同時代の思想家に賛美されたのか。その問題を問いたい。

江澤健一郎「無頭人の形象をめぐって」
「アセファル」の紋章となった無頭人の形象は、首長なき共同体を具現しているが、この毀損した身体像は、ドイツ・ファシズムが理想とした身体像に対抗する「退廃した」形象である。バタイユは、すでに『ドキュマン』誌において、グノーシス主義における「無頭の神」の形象を呈示し、また同時代の芸術に建築的身体の解体を見いだしていたが、アセファル像の発案者である彼の文脈、それを描いたマッソンの問題、そして時代背景について考察する。



バタイユ・ブランショ研究会 (2005年春季)ミニ・シンポジウムのお知らせ



   「モーリス・ブランショ 『政治論集1958-1993』 をめぐって

      ――アルジェリア戦争、六八年五月、戦争の記憶」

日時・場所:

2005528日(土)10001230 立教大学(東京都豊島区)5号館5124教室

(日本フランス語フランス文学会・2005年度春季大会第1日目の研究会枠で実施。入場無料)

発表者:

安原伸一朗(明治大学非常勤講師)   :「1958-1962 アルジェリア戦争」

西山雄二  (一橋大学博士課程)     :「1968年〈六八年五月〉」

郷原佳以(日本学術振興会特別研究員):「1981-1993 戦争の記憶」

シンポジウム内容:

  2004220日、作家・文芸批評家モーリス・ブランショが95歳で逝去した。それから三ヵ月後、ブランショにとっては初めての政治論集が公刊された(Ecrits politiques 1958-1993, Lignes & Manifestes, 2003. 月曜社より近刊予定)。この『政治論集』には、副題にもあるように、1958年から1993年に至るまでの彼の政治的テクストが収録されている。今回の論集には、確かに、右派ジャーナリストとして活躍したブランショの30年代のテクストは全く収録されていないものの、アルジェリア戦争期以後の彼の政治的テクストが一冊にまとめられたという点では重要な論集であるといえるだろう。

第一部にはアルジェリア戦争期に書かれたテクストが収められており、「714日」誌に掲載されたテクスト、「国際雑誌」の企画案、さらにはブランショ唯一のインダヴューを読むことができる。第二部には〈六八年五月〉に書き上げられたビラやアピール文、デュラスやマスコロらとともに結成した学生作家行動委員会の雑誌「コミテ」のテクストなどが収録されている。そして、第三部では、ブランショがユダヤ性をめぐって、ハイデガーやレヴィナス、アンテルムに触れながら執筆した、1981年から1993年までのテクストが収められている。

  この『政治論集』からは、まず何よりも、ブランショが各時代状況に対して政治的そして文学的に格闘し、批判的な言葉を紡ぎ出している姿を読みとることができる。しかしそれだけでなく、本書には、戦後のフランス社会が現在に至るまで抱えている問題の諸相が詰まっているといえるだろう。アルジェリア戦争が突きつけた反植民地闘争とこれに参加する知識人の抵抗運動、〈六八年五月〉に突発的に生じた学生と労働者の異議申し立て運動、ユダヤ民族が被ったナチス強制収容所の災厄の記憶と忘却など、本政治論集が抱える問題系は極めて多岐にわたる。

  シンポジウムでは、この『政治論集』の共訳者三人が担当セクションの解題をおこない、各々の視座から論を展開する。その後、時間を十分にとって質疑応答の時間とし、活発な意見交換の場としたい。

(お問い合わせはtel042-524-1861西山雄二まで)