
第15号(p.1-3)
特集:どう変わったか、防災訓練
兵庫県防災監と学会長の対談:
具体的な被害想定で抜き打ち訓練可能に
今号のなゐふるは、防災訓練を特集しました。4年半前の兵庫県南部地震で大きな被害を受け、その反省に基づいて防災体制を見直している兵庫県の斎藤富雄防災監(写真左)と、日本地震学会の入倉孝次郎会長(京都大学防災研究所教授・写真右)の対談で、防災訓練が平常時に防災機関と地震研究との接点にもなることや、相互の連携の重要性が語られました。
(司会・進行、時事通信社神戸総局 中川和之)
司会:まず、斉藤防災監。地震以前と以降で、兵庫県の防災計画、特に防災訓練についてどう変わったのかを簡単に説明していただけますか。
斎藤:正直な話、あの地震の時には災害対策本部員となっていた20人のうち、午前中に来たのは5人だけ。情報も入らず、すべてのシステムもダウンしていました。新しい防災計画では、初動体制確保のための当直体制や災害対策本部員の待機宿舎、さらに、電話・無線・衛星でデータが集約できる災害対策対応総合情報ネットワークシステム(フェニックス防災システム)を整備しました。
防災訓練の時には、このシステムを使って実戦的な訓練を心がけています。地震以前の訓練は、形式に流れすぎて訓練だけで終わったような気になっていましたが、尊い犠牲によって目覚めたわけです。防災訓練は、防災意識を高める啓発効果、技術向上や習熟の要素のほか、今の防災体制が十分かどうかを検証する三つ目の要素が大切です。震災前は、前の二つしかやっていませんでした。
入倉:検証が大切というのは、我々の研究にも言えることですね。
斎藤:前二つの訓練は日時を決めて、場所を決めてやればできますが、検証のためには日時や場所をあらかじめ決めておこなったのでは不十分です。ですから、時間も場所も決めない抜き打ち訓練をおこなっています。地震から2年後に姫路市の老朽化した県営住宅を使っておこなった、警察・消防・自衛隊も参加した大がかりな抜き打ち訓練は、県庁内でも数人しか実施日を知りませんでした。実際、防災システムの電話回線が地元NTT局の容量不足でパンクするなど、問題点がたくさん分かりました。今も月1回、防災担当の職員の招集訓練を抜き打ちで実施しており、集まってきた初動要員が到着した順に災害対応の立ち上げの仕事をこなし、誰もが同じ事ができるような訓練を重ねています。
入倉:それは、やはり被災された経験が大きいのでしょうね。
斎藤:国全体を見ても、形式的なセレモニーのような訓練が主流ですよね。あの地震以降それではダメと言われながら、なかなか実戦的な訓練はできていません。我々は震災の経験があるから協力が得られますが、他では難しいでしょうか。抜き打ち訓練は、通常の訓練の3、4倍のエネルギーがかかりますから(笑)。
入倉:確かにエネルギーがいりそうですね(笑)。
斎藤:そこでは、実際に起きるような被害の想定がないと、抜き打ち訓練はできません。従来型の展示訓練は、全体の被害想定がなくてもできましたが、検証をするには現実的な被害想定に基づく、シナリオのない訓練をしないとできないですね。
入倉:地震対策は一番検証がしにくい。兵庫県南部地震だって短く見積もってもせいぜい数百年に1度です。次の機会での検証ができない。実感できる防災訓練はどうやったらできるのか重要な課題です。参加者が検証を実感できる訓練を考えていければいいですね。
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1997年1月14日に、全くの抜き打ちでおこなわ
れた兵庫県の防災訓練。姫路市内の老朽化した県営
住宅を実際に壊し、警察・消防・自衛隊が、被災者
に扮したボランティアの救出訓練をおこなった。 |
研究の限界も踏まえ最悪のシナリオで被害を想定
入倉:地震の前はどんな被害想定だったのですか。
斎藤:他府県で持っているような計画と遜色のない被害想定はありましたが、漠然としたもので、有馬高槻構造線の地震でも、大阪府枚方市周辺が震源のM7.0で、神戸が震度5-6程度を想定した不十分な内容でした。それを、今回の地震のような直下型なども加え、季節や時間帯に応じた被害も想定しました。フェニックス防災システムでは、即時被害予測のほか、任意に震源を置いて被害想定もできます。訓練の時にはこれを使います。
入倉:新しい兵庫県の被害想定は、詳細に書かれていて、すごく分かっている感じがしてしまうんですよね。正直な話、地震が起きたときにどのぐらいの地震動がおきるかの予測は、半分〜倍程度の誤差と言われています。実際、今の兵庫県の被害予測の手法でも震度7の想定はできない。実際にはまだ分かっていないことが多いですから。それなのに詳しく出されると、専門家としてはやりすぎというか、嘘じゃないかと思っちゃうんですよね(笑)。
斎藤:実際、市町別に全壊戸数を一桁台まで出していますし、これが悩ましい部分(笑)。行政としての判断、思い切った判断がいるんですよ。防災対策上に役立つ資料を作ることと、学問の限界とは違うんですよね。学問的に確立されていなくても、最悪のシナリオで防災対策を考え、はずれたら被害が少ないのでいいわけです。実際よりも過少想定してしまうことが、兵庫県南部地震の反省の一つですし。可能性として考えられるのであれば、取り入れるべきではないかと考えます。
入倉:確かに1994年の米国のノースリッジ地震で高速道路が倒壊した際、日本では起こらないと自信を持って工学の研究者が発言していました。地震の力を過小評価して耐震安全性に自信過剰となっていたこと、それゆえ適切な忠告がまったくできなかったことに、地震の研究者としては痛みがあります。今の時点で最悪のシナリオを想定しておくのは大事ですね。分かっていない時には最悪のシナリオはどのようなものかを考えておくことが重要ですね。適切な地震対策をおこなうことで想定される被害が小さくなることを示すことは、研究者としてもやりがいのある仕事です。
斎藤:行政は一度、こういうシステムを作ると「基礎データを変えると混乱するから」という理由で変えないんですよね。でも、学問的に確立されればその要因を取り入れて想定を変えていけばいいんですよね。
入倉:例えば、高架橋の補強などの整備が進んで、どの程度被害想定が少なくなるのかということはできないんでしょうか。「これだけ被害があるぞ」との脅しだけでなく、研究や防災対策が進んで被害想定がダイナミックにどう変わるかが示せるといいですね。地震災害は低頻度だから、各地で起きたこともこのシステムに反映させることを考えないと。
研究者と行政の日常的な交流の場を
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兵庫県のフェニックス防災システム(災害対
応総合情報ネットワークシステム)をフル活
用できる災害対策本部室で。このシステムを
使って、具体的な被害想定をした上での抜き
打ち訓練がしばしばおこなわれている。 |
斎藤:研究成果を行政に活かす仕組みがないんですよ。被害想定の検証、メンテナンスの仕組みがないのが問題ですね。実際に災害が起きたようなふりをして訓練をしても限界はありますが、それを踏まえて現実に近づけるには、いかに被害想定をしっかりするかにかかっており、研究成果を取り入れる仕組みが必要ですね。行政が何に困っているのかを踏まえて、研究成果を防災面で活かせるように。
入倉:行政がやるようなことは直接的には研究にならない面もありますが、かつて防災というと年輩の研究者の仕事になっていたのには違和感がありました。国として、災害がどこで起こりそうなのか、活断層と同時に地形や地盤を考慮するために地下構造の調査を進めていますが、長期的な防災対策に対する地震学の貢献を考えていかないと。
斎藤:行政がじっとしていても、そんな情報が得られないですから。
入倉:さすが兵庫県、迫力がありますね(笑)。自治体がおこなっている防災訓練で検証まで考えているのですから、被害想定が今の時代にマッチしているのかどうか、研究成果と被害想定のギャップを自治体に返していくのも学会の役割だと思います。
斎藤:まもなく5年がたとうとしていますが、風化のスピードは早まっています。行政と研究者がタイアップしないと元に戻されてしまいかねません。活断層の調査でも、被害予測でも、行政が必要だと叫び続けることで研究の進展もあるでしょう。みんながエネルギーを結束して、発展につなげる仕組みを作らないと必ず風化すると思います。兵庫県でも、せっかくでた芽を、育てる仕組みを作る必要があると、国にメモリアルセンターの構想を訴えているところです。自治体の力だけでは無理で、専門家の協力を得られる、国家的な仕組みが必要だと。
入倉:研究者としても地震学の成果を通じて被害が出ないようにすることが一つの目標なので、警鐘を鳴らし続けることも責任だと思います。経済や工学の論理では、解明しない限り受け入れてもらえないところがありますが、地震学も分かっていないことが何かを明らかにし、その影響をどう見積もるかですね。
斎藤:行政も自らの限界を明らかにするのは勇気がいりますが、限界を明らかにすべきというのが基本ですね。危険だと言うことをディスクローズし、住民もそれを踏まえて行政ができない部分を自分たちでどうするか考える。何でもかんでも、行政や国が守ってくれると言う時代ではないですから。
入倉:地震学会としても、兵庫県南部地震のあと、社会的な役割を果たすため内部で強震動や学校教育、広報などの委員会を作りましたが、行政の担当者との交流ができるような場があってもいいですね。まもなく再開するなゐふるのメーリングリストにもぜひ多くの行政関係者にも入ってもらい、研究者との間で欠けている部分をどう結ぶかの研究にも取り組んでいければと思います。