〈書かれなかった著作〉は存在しないのか−−〈ナショナリズム〉という主題−−
論評対象:『近代日本の日蓮主義運動』大谷栄一著 法蔵館 2001

張江洋直(稚内北星学園大学)

はじめに

 私たちは、まず、この奇妙な表題を解説することからはじめなければならないだろう。私たちにとって、大谷栄一による『近代日本の日蓮主義運動』の読後感の中心は、《〈書かれなかった著作〉は存在しないのか》という、この奇妙な問いに収斂させることができる。周知のように、〈書かれなかった著作〉は、それが〈書かれなかった〉という主部の限定において、そもそも存在しないといわなければならないだろう。それは自明性に属している。そうであるにも拘わらず、私たちにおいて、こうした問いが生起するのはなぜだろうか。これは、分析的には、2つの側面から考えなければならないだろう。その1つは現に存在するこの著作そのものという側面において、他方は〈私たちにおいて〉という側面においてである。まずは、比較的語りやすい後者から確認しておこう。
  ここで〈私たちにおいて〉というのは、私たちがすでにこの著者が『構築される信念』(大谷・川又・菊池[2000])の編者の一人であることを知っていることを意味している。そこでは、「現在、宗教研究の新しいアプローチ(方法論や研究視座)が求められている」(大谷・川又・菊池[2000:1])と揚言され、「宗教現象は……個人・集団・社会の各レベルが相互に影響し合うことで、われわれにとって意味ある現象として構築される現象である」(ibid.)と語られている。あるいは、そこで大谷は自らの理論的な立場性を「宗教運動を教団の成員たちによる宗教的意味の生産を行う集合行為という視点から捉え」(大谷・川又・菊池[2000:64])る「宗教運動の構築主義的アプローチ」(ibid.)と自己規定してもいる。だが、とりあえず、こうした野心的な方法論的な志向性は本書には〈ない〉ということができる。とはいえ、私たちはここで、この〈ない〉という事態そのものをそれ自体として問題にしたいのではない。そうではなく、この〈ない〉という事態が明確であるにも拘わらず、本書には、私たちをこの〈ない〉の否定へと誘惑する概念が散見しているのである。そうであれば、私たちは前者への吟味へと向かわなければならないだろう。
  さて、前者の理由は、そこに、つまり、この書かれた著作に〈書かれなかった著作〉の予兆が開示されてあるということができる。では、その予兆とはなにか。それは、本書において大谷が導入した「信憑性」あるいは「信憑構造」に深く関わっている。いい換えれば、それは、次の問いに集約することができる。つまり、これらの概念は、なぜ導入されなければならなかったのか、あるいは、それらは、どのように使用されているのか。これら2つの問いは、むろん、それぞれの位相を異にしている。問題は、これら2つの問いが2つの問いとして呈示されなければならない事態そのものにある。いい換えれば、本書はこれら2つの問いの交差軸に位置しているということができる。

1.〈書かれた著作〉の自己限定

 大谷は本書の存在理由を明瞭に書いている。

 田中智学と本多日生という日蓮主義者の言説と活動は、戦前期の日本で大きな勢力をなし、さまざま な人物に影響を与えたが、現在にいたるまで、その全体像が明らかにされているとはいいがたい。本書は、これまでの研究では言及されてこなかった第一次資料……を分析して、智学と日生が組織した日蓮主義運動を実証的に明らかにし、近代日本の宗教と国家(政教関係)を検討することを目的としている。(iii)

ここでの大谷の言説をより単純化することができる。そのことによって、私たちにとってなにが問題なのかを明示化していきたいとおもう。

  1. 智学と日生に代表される日蓮主義運動は、戦前期に多大な影響力をもっていた。
  2. しかし、現在まで、その全体像は明らかにされてこなかった。
  3. そのためには、「両者の実証的な把握が十分」(13)に為されなければならない。
  4. 本書は、それを行う。

じつは、この理路は「2」と「3」のあいだで少しねじれている。あるいは、それを飛躍といってもよいだろう。というのも、現在までかれらの「言説と活動」の全体像が明らかにされてこなかったのには、ある明白な根拠があるからである。大谷はそれを、戸頃重基に代表される〈日蓮主義をめぐる認識空間〉に求める。

(戸頃は)ふたりを「国粋主義に迎合して日蓮の研究・解釈・宣伝をつうじて、右翼的な政治行動にいちじるしい影響をおよぼした」人物ととらえ、両者の言説を「国主法従説」と規定している。戸頃は、智学と日生の日蓮主義がナショナリスティックであり、国家に迎合した御用宗教である、と評価する。この評価が現在につづく日蓮主義研究の基調をなしている。(11)

 大谷にとって〈現在〉とは、こうした認識空間を意味している。それゆえに「実証的な把握が十分」に為されなければならない、という当為命題が招来されるのである。いい換えれば、「日蓮主義の言説と運動が形成される過程で、なぜ、どのようにしてナショナリズムと結びついたのかが問われなければならない」(11-12)とされるのである。このように本書の基調を明示したうえで、続いてすぐに大谷は重大な宣言をする。それは、「本書では『ナショナリズム』そのものの価値判断は保留」(12)するというものである。だが、その理由は明示されないままである。それゆえ、ここからは推測の域をでるものではないのだが、おそらく大谷は、〈政治的な判断停止〉を行ったのかもしれない。むろん、それは妥当である。しかし、それが同時に、本書が〈ナショナリズム〉を主題とするものでは〈ない〉ことを宣言したことをも含意されてしまったとすれば、大谷は決定的なミスをより基柢的な理論的な構えにおいて犯してしまったことになるのではあるまいか。というのも、私たちがみるかぎり、本書はすぐれて〈ナショナリズム〉を主題としているからである。だが、こうした本書の基本的な自己限定は、それを許さない。すでにみたように本書の基調を成す論理構成は、ナショナリズムを自明視したうえで、それと日蓮主義とが「なぜ、どのように……結びついたのかが」問われるものである。だが、このより基柢的な〈対象〉への構えに顕れる決定的な差異が、〈書かれなかった著作〉を本書に内蔵させることになる。

2.〈ナショナリズム〉という主題――「信憑性」はなぜ導入されたのか

  本書は前述の自己限定のゆえに〈ナショナリズム〉を限定していない。そのために、私たちの主張は、またもや〈ない〉ものねだりと映るのかもしれない。そこで、大谷が禁欲しつつも語りだしている、この概念への通路とも呼ぶべき理論的な契機に着目することにしよう。それが「国体」あるいは「国体神話」である。

 国体神話は、天皇の権威……の正当性を基礎づけ、近代日本の国家体制を正当化するための知識体系であり、近代日本の政治文化である。そして国体神話によって基礎づけられた近代天皇制とは、古い伝統の名のもとにネーション(国民・民族)と近代国家の構築を担った「創られた伝統」であり、この「創られた伝統」を基軸として、国民国家「日本」という「想像の共同体」が構築されていった。/なお、国体神話は、国家儀礼・教育・軍隊・メディアなどのさまざまな回路を通じて普及していく過程で、当時の人びとに共有され、自明化されていった。……日本が一九八〇年代から一九一〇年代の両対外戦争の勝利によって大国主義的なナショナリズムを確立し、一九〇〇−一〇年代にかけて国家体制の基礎を固めるとともに、国体神話の「信憑構造」が確立していくことになる。信憑構造とは、特定の観念や知識が人びとの間で「信憑性」を維持するための社会基盤であるが、国体神話の信憑構造は、近代天皇制(国家)の正当性を保証する社会基盤でもあった。近代日本のナショナリズムが確立していく過程で、国体神話の信憑性が「国民」の間で形成され、国体神話が人びとにとって自明のものとなった。その結果、「日本」は国体神話によって正当化されていったのである。(5)

 この言説は、大谷自身が「注」で明記しているように、前半はB.アンダーソンに、後半はP.L.バーガーに依拠されている。そこで、それぞれの論拠を確認しながら、この言説でなにが問題とされているのかを、論理的な構えに焦点化しつつ確認することにしよう。

 アンダーソンは、ナショナリズム(国民主義)、ネーション(国民)、ナショナリティ(国民的帰属)、あるいはネーションネス(国民を構成するということ)などの類縁的な諸概念がすべて、「近代的現象」(Anderson[1983=1987:15])であるという。いい換えれば、それらは近代において〈構成されたもの〉である。そのうえでかれは、「ナショナリズムの理論家たちは、……次の三つのパラドックスに面くらい……いらだちをおぼえてきた」(ibid.)という。「その第一は、歴史家の客観的な目にはネーションが近代的現象とみえるのに、ナショナリストの主観的な目にはそれが古い存在とみえる……。……第二は、社会文化的概念としてのナショナリティ……が形式的普遍性をもつ……のに対し、それが、具体的にはいつも、手の施しようのない固有さをもって現れ……てしまうということである。……第三は、ナショナリズムのもつあの『政治的』影響力の大きさに対して、それが哲学的に貧困で支離滅裂だということである」(ibid.)という。かれの理論的な要諦は明瞭である。「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である――そしてそれは、本来的に限定され、かつ主権的なもの[最高の意志決定主体]として想像される」(Anderson[1983=1987:17])。大谷の言説はこうしたアンダーソンによるネーション理解に基づいている。ここで、既述した3つのパラドックスには充分な留意が必要であるが、それに関しては再び戻ることを確認して、私たちは次の理路へと赴くことにしよう。
 大谷はここではじめて、「信憑性」あるいは「信憑構造」を導入し、それ以降、それは具体的には「国体神話の信憑構造」という用法において繰り返し使用される。ここで私たちは、既述した問い、つまり、これらの概念はなぜ導入されなければならなかったのか、を発したいとおもう。既述したように、大谷の理路は、「国体神話」が近代において構成された「創られた伝統」であることを告げる。おそらく大谷はこの点を徹底化したいのである。いい換えれば、かれは、社会過程における「制度的側面ではなく、イデオロギー的側面に焦点をあて」(6-7)たいのであり、「儀礼という実践」(8)以上に「知識的側面」(ibid.)を重視したいのである。なぜならば、世界の内に生きる私たちの〈リアリティ〉の所在がこうした「知識体系」の側面に深く基因しているからである。大谷はバーガーを指示している。

  世界がそれぞれ、個々の人間存在にとって真実である世界として存在し続けるためには、ひとつの社会的〈基盤〉を要するのである。この〈基盤〉は世界がもつ信憑構造と呼ぶことができよう。[中略]信憑構造の前提条件は、宗教的世界を維持すべく企画された正当化のみならず、宗教的世界全体にもかかわるものであるが、さらにもっと細かい弁別が可能である。信憑構造が堅固であればあるほど、それを〈基盤〉とする世界もまた堅固となる。……信憑構造が堅固さを失うほど、世界を維持するための正当化の必要度はそれだけ痛切なものになる。(Berger[1967=1981:68-71])

 こうした信憑構造と正当化との相互規定的な了解によって、歴史過程の動態的な把握が可能となり、「国体神話」が、「国家儀礼・教育・軍隊・メディアなどのさまざまな回路を通じて普及していく過程」における多元性がそれとして捉えられる理論的な地平が確保されることになる。こうした側面は、全体的にみるかぎり、本書でよく発揮されているということができる。だが、これら両者の相互規定的な関連が浮かびあがる記述になっているとはいい難い。これでは、信憑構造の導入の意義は半減してしまうのではあるまいか。
  さて、その委細は紙幅の関係からみて割愛せざるをえないが、ここでは、本書の主題が〈ナショナリズム〉であるとする、私たちの主張をアンダーソンが呈示した3つのパラドックスの問題系と交差させながら考えたいとおもう。そのための手がかりとして、大澤真幸を一瞥したいとおもう。かれの議論は周到である。

  第一次大戦が勃発したとき、第二インターに属するヨーロッパ各国の社会主義者たちはこの戦争を支持した。つまり社会主義者たちは、ナショナリスティックに振舞った。この有名なエピソードが人を驚かすのは、本来、普遍主義的な社会主義を奉ずる者は、最後までナショナリズムに抵抗を示すはずなのに、あっさりと屈してしまったからである。しばしば、ナショナリズムは、特定の共同体に愛着する特殊主義の一種だと考えられている。だが、エピソードが示唆していることは、ナショナリズムは単なる特殊主義ではなく、むしろ、普遍主義と特殊主義の独特の交錯をこそ、その本性としている、ということである。(大澤[2000:134])

 ここで語られている思想的なモティーフは大澤の独自性というよりも、むしろ、「ヴェトナム、カンボジア、中国のあいだの最近の戦争」(Anderson[1983=1987:10])を「マルクス主義運動の歴史的に根底的変容」(ibid.)と捉えるアンダーソンのものであり、さらにいえば、「近年、世界各地でナショナリズムが再生し、ファンダメンタリズムが隆盛をみせるという現象」(iii)を目撃することになった、冷戦後を生きている私たちに共通するものであるということができる。私たちが〈ナショナリズム〉と表記してきたのは、このパースペクティヴに因っている。いい換えれば、大谷は本書でそれをたんなる「特定の共同体に愛着する特殊主義の一種」としてしか捉えていないといわれたとしても仕方のない理論的な構えで論述しているのではあるまいか。それを水路づけているのは、かれの自己限定である。
  アンダーソンの3つのパラドックスは、こうした拮抗するベクトルの交錯をよく示している。あるいは、それを〈ナショナリズムの罠〉といってもよい。近代的現象であるネーションが歴史的な遡及を要求する。形式的普遍性をもつナショナリティが特定の共同体にしか着地しない。政治的影響力の大きなナショナリズムの内実があたかもたんなる「空疎さ」(Anderson[1983=1987:16])でしかない。これらはすべて、私たちにとって現代的な問いなのだ。ここで、〈私たちにとって〉というのは、ひろく「現実構成主義」(張江[1991:51])を含意している。ここで私たちは再びバーガーへと戻らなければならないだろう。

 厳密なケース(経験的には得られない事例)では、世界が、いわば自立してその純然たる現存以上に何の正当化をも要しないということになろう。これはきわめてあり得ないケースであって、万一あり得たとしても、その社会への新世代ごとの社会化にはある種の正当化が必要であり、たとえば、子供たちは〈なぜ〉と質問してくるにちがいないからである。(Berger[1967=1981:70-71])

 ここでバーガーは信憑構造をめぐる一つの理念型を描いている。だが、「何の正当化をも要しない」世界は、そもそも理念型としても成立不能である。それは世界がすでにつねに〈新たな参入者〉を本質的な契機としているからであり、そうであれば、社会化はすでにつねに世界の内で生起しているといわなければならないだろう。そうであれば、信憑構造は不断の正当化の過程を、その本質において帯同させていると考えなければならないだろう。いい換えれば、わが国の戦前期における「国体神話」という信憑構造の形成過程は、論理的には特殊なものではない。それは、多元的な構成過程をその本質にしている。
  ここで私たちがあえて留意したいのは、「国体神話」という信憑構造と日蓮主義との連関である。というのも、本書のより大きな主題とされる「近代日本の宗教と国家(政教関係)を検討すること」(iii)とは、より具体的には両者の連関の把握であるとおもえるからである。両者の関係を「実証的」にではなく、単純に論理的に考えてみよう。

  1. 前者は後者を〈飲み込んだ〉。
  2. 両者は〈ともに成長した〉。
  3. 前者は後者によって〈補完された〉。
  4. 後者が前者を〈飲み込んだ〉。
  5. 後者は前者によって〈補完された〉。

さて、「1」は大谷が批判する、戸頃にはじまる〈日蓮主義をめぐる現在的な認識空間〉である。「4」は日蓮主義の未だ実現されていない目標といってよい。それでは、大谷はどのように考えているのだろうか。おそらくかれは、「2」「3」「5」を日蓮主義運動の時期区分とそれぞれに関連づけながら、「実証的に」、それらの複合と応えるのかもしれない。だが、こうした問いもそれに対する答えも、ともに〈ナショナリズム〉を主題としないとする自己限定によって帰結するものである。だが、私たちがみるかぎり、まったく別様の展開がある。

3.〈書かれなかった著作〉へ――宗教と〈ナショナリズム〉

   日蓮主義という〈宗教的な信憑構造〉は〈ナショナリズム〉である。この命題によって、〈書かれなかった著作〉がその姿を顕すのではあるまいか。むろん、「国体神話」という信憑構造は〈ナショナリズム〉を体現している。だが、それは〈ナショナリズム〉の唯一の体現者ではない。ここで、既述のバーガーの用語法に正確に基づいた記述を試みてみよう。〈ナショナリズム〉とは〈基盤〉としての信憑構造である。「国体神話」はそれを正当化する手段であり、また、その体現者である。日蓮主義もまた、〈ナショナリズム〉を体現している。そこには、差異性と同一性が存在する。それらが同時に存在するということは、世界がもつ信憑構造が多元的な構成過程をその本質にしているからである。
  しかし、私たちのこうした主張は、大谷が批判した戸頃にはじまる〈日蓮主義をめぐる現在的な認識空間〉と同一なのではないか、といった反批判にすぐにでも出会うのかもしれない。しかし、私たちの呈示する〈ナショナリズム〉概念のイメージは、それらと似て非なるものである。というのも、「国粋主義に迎合して日蓮の研究・解釈・宣伝をつうじて、右翼的な政治行動にいちじるしい影響をおよぼした」という記述に端的に示されているように、おそらく戸頃からはじまる〈認識空間〉では〈ナショナリズム〉の多層性は担保されていない。そこにあるのは、政治と宗教という二項対立構図である。私たちはここで、こうした図式そのものが思考的な阻害物であると考えているわけではない。むろん私たちも、それを、ある一定の準位における一定の分析枠として考えることができる。だが、それら二項の実体化や固定化が為されるのであれば、そこに問題をみないわけにはいかないだろう。おそらくここが、私たちの理路の決定的な分水嶺となるはずである。そこで、アンダーソンのパラドックスあるいは〈ナショナリズムの罠〉を、日蓮主義という〈場〉において再確認しておきたいとおもう。

  智学は日本国体の由来、内容、使命を次のように解説する。日本国体は「養正」……、「重暉」……、「積慶」……の「建国の三大綱」をもって建国された。この三綱こそが、日本の「建国の主義」である。日本は「三綱」による世界統一の使命を担って道義建国された国であり、その使命を担うのが「天業民族」たる日本人である。[中略]こうした日本国体の概要……をふまえて、日蓮主義(三経)と日本国体(三綱)との喫応関係……が示される。……「養正」「重暉」「積慶」は、それぞれ「本門の本尊」「本門の題目」「本門の戒壇」に対応する……。(256-257)

  大谷は、私たちには誇大妄想ともとれるこうした智学の思想を適切にも、「日本のナショナリズム道義性を保証する宗教的ナショナリズムの主張であった」(399)と総括する。ここでいう「日本のナショナリズム」とは「国体神話」の謂いである。では、「宗教的ナショナリズム」とはなにか。大谷はなにも語ってはいない。しかし、大谷の記述は、近代的現象であるネーションが要求する〈歴史的な遡及〉という志向を智学が宗教として語る姿を明示しているのではあるまいか。さらには、形式的普遍性をもつナショナリティが特定の共同体にしか着地しないという逆説を、智学が日蓮主義思想という普遍性志向によって超克する姿も。まさに、〈ナショナリズム〉の内実が示す「空疎さ」とは、それが空疎であるがゆえに、実際「国体神話」がそうしたように、じつは〈如何なるもの〉といえどもも入れることができるものなのである。 

 さて、私たちはここで、〈ナショナリズム〉とはなんであるのかを、再び大澤によって確認することにしよう。ここで注視したいのは、その機制である。

 普遍主義的な志向性が、特定のネーションに託する形式で特殊主義的に発現すること、特定のネーションへの特殊主義的な固着において普遍主義的な志向性が充足されるかのように見えていること、これがナショナリズムなのである。(大澤[2000:134-135])

 この大沢の定義は決して周到なものではない。なぜならば〈ナショナリズム〉つまり《〈ネーション〉+〈イズム〉》を限定する作業過程において、当の〈ネーション〉を混入させているからである。だが、そうであるにも拘わらず、それは〈ナショナリズム〉の内的機制をじつに適切にいい当てている。そして、この〈ナショナリズム〉の動態性の把握をもって、私たちはここで必要な概念用具をすべてそろえたことになる。そこで、おそらくわずかばかりではあるが、可能なかぎり〈書かれなかった著作〉を論理的に〈幻視〉し、それをもって本報告を終えたいとおもう。
  「法国冥合」という原理にとって、「国」は不可欠である。もしも「智学……という日蓮ファンダメンタリズムを……近代的なものであった」(395-369)と語ることができるとすれば、それはかれが「近代社会において生起したさまざまな問題への対応」(397)を為したことに因る以上に、かれの〈明治〉というアイデンティティ、あるいは、そこで形成された〈ネーション〉というアイデンティティこそが注視されなければならないだろう。これは、智学が宗教者である前に〈明治人〉であること、それゆえ、かれにとって「国」とは〈ネーション〉でなければならないことを意味している。ここで私たちは、〈はじめてネーション〉と遭遇した人びとの驚きの地平を考えてみる必要があるだろう。
  しかし、こういったからといって私たちは、「日蓮ファンダメンタリズム」がたんに〈明治ネーション〉において開花したことだけをそこに含意させたいのではない。おそらく智学は、謂わば宗教的な〈幻視〉において〈ネーションの歴史的遡及〉を為したのである。むろん、それは〈ナショナリズム〉そのものの要請である。そして、ここであえていえば、智学を強烈に捉えた「祖道復古」というファンダメンタリズムは〈明治ネーション〉においてのみ成立可能だったのではないかとおもわれる。少なくとも私たちには、智学にあっては、日蓮主義思想という「普遍主義的な志向性」が〈明治ネーション〉に「託する形式で特殊主義的に発現」したとおもえてならないのだ。もしもそうであるとすれば、日蓮主義運動とは、それが「なぜ、どのようにしてナショナリズムと結びついたのか」と問われるべきものではないだろう。むろん、それは「国粋主義に迎合」したのでもないはずだ。おそらく智学は終生一貫した宗教者として、徹底して激烈な〈ナショナリズム〉を生きたのである。たとえそこにかれの特異性があったにしても、当時の人びとにとって〈基盤〉として機能する〈ナショナリズム〉という信憑構造が謂わば共−構成という仕方でその地平において成立してあったと考えることができるだろう。
  もしもそうであるとすれば、日蓮主義運動とは〈生きられたナショナリズム〉としての宗教運動であったと断言することが許されるようにおもえる。

参考文献

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