本書がどのような点ですぐれた書物であるかについては多くのことを述べたいが、それは当日に譲り、ここではあえていくつか、本書の意義をより深く理解するためにつっこんで論じあいたい問題を記すことにする。日蓮主義運動をどのようにとらえるかについて大谷氏の立場をあらためて問い、当日の議論が充実したものになるための材料となることを願っている。基本的には、序章と終章の構想に問いかけることになる。まとまっていないところはご容赦下さい。当日までに、もう少し練り直します。
(1)そもそも日蓮仏教と国体論との関係をどのようなものとしてとらえるのか?
国体論はそれ自身、独自の宗教的世界観(本論中には「神話」とある)と見られないか?
- 智学と日生はある時期から、国体論へと傾斜し、日蓮仏教そのものの広布という側面は後退していくように見える。このような運動をどういう意味で、「宗教運動」(p.15)とよべるのだろうか?「宗教運動」と「精神教化活動を中心とする思想運動」の関係は?「国体神話を取り込んだ宗教」とも言えるが、新たな政治=宗教=教化的文化(広義の国家神道という創られつつある伝統)の構築に棹さした運動であり、国家神道(治教)=伝統仏教(宗教)複合的運動と見た方がよくないだろうか?それは「伝統的な日蓮仏教」を源泉とするもの(つまり「宗教」)と言ってしまってよいのだろうか?これは序章での「国体神話(という政治文化)と宗教の関係」の設定の仕方と関係する。日蓮主義において「政治」と「宗教」は「統一」されているとすれば、「政治」と「宗教」の「宗教」の側に主な視点を置き、「宗教」と外なる「政治文化」の関係から「宗教」運動を問うという問題設定は妥当だろうか?
- 智学の場合、その思想の核の一つに「明治天皇教」といってよいようなものがあると思われるが、それは日蓮仏教とどう統合されたのか?「法国冥合」の観念は日蓮仏教の伝統にとってどのような変容を意味したのか?「国体論の神話」を受け入れることによって、日蓮仏教がどのような意味で「新しい」ものになったのか?「世界悉檀」の強調は、それ自身、新しい「宗教」的世界の構築ではなかっただろうか?仏教が天皇教と合体するという一種の離れ業がどのようにして可能になったのか?そのような近代的な新しさをもった宗教集団が、「新宗教」でないと言えるのか、それはどうしてか?(これらは本書の各所で、ある意味ではじっくり論じられていることだが、そのことの大きな意味[たとえば戸頃氏が問おうとした問題、p.11]が十分に引き出されていないように思いました。そしてその理論的背景として、(2)で取り上げ直しますが、「宗教」概念をまず狭く限定してしまっていないかという問いが基礎にあります。)
- 他の「新宗教」と大いに違う運動だが、そのことは国体神話に基づく「精神教化」に力点があることと関わりがある。このような「国体神話=政治文化」の方に力点がある運動を、対馬路人氏らが取り上げている大本系の運動などと同じ枠組みで論じることができるのだろうか?「現実の天皇(制)」に「理想の天皇(制)」を対置するということが言える(だからこそ、「宗教運動」としてよいと私も思うが)としても、その「対置」の性格がだいぶ異なるのではないか?個人の救済に強い信仰的根拠をもっている大本系教団の求心力と、天皇による国家救済に主軸を置く日蓮主義では「対置」のあり方が異なり、「国体神話と宗教の関係」の性格に大きな隔たりがあるのではないか?ここに注目しないと、基本的には国家神道の側にあった日蓮主義の特徴がとらえられないのではないか(日蓮主義の規定に関する戸頃説への批判(p.11-12)への疑問)?
- (本書を読んだ後の島薗の感想としては、「智学の運動は政治・社会運動を基軸とした新宗教、日生の運動は伝統教団の政治・社会運動で、両者が合わさって日蓮主義運動を形作った」、また、きわめて大ざっぱにまとめてしまえば、「日蓮主義運動は日蓮仏教と国家神道のシンクレティズムである」と言えるように思いました。)
- e.以下は、上の問題を二つの異なる角度から問いなおすもの。
(2)理論的枠組みについて。
「国家と宗教」、「ナショナリズム」、「宗教運動」、「思想運動」、「精神教化活動」、「国体神話」「信憑構造」、「ファンダメンタリズム」などの鍵概念について。
- 近代日本の「国家と宗教」について論じる際の基本的な理論的枠組みはどのようにたてればよいのだろうか?この本の枠組みは、日蓮主義とは近代国民国家の下で、国体神話という日本的ナショナリズムの信憑構造に合致した方向に日蓮仏教が舵をとったとするもののように思える。だが、この枠組みは「ナショナリズム」と「宗教」を分けることを当然のこととしすぎていないだろうか?
- 智学と日生は国体論に基づく「精神教化活動」に熱心に取り組んだわけだが、それは国家主導の「思想運動」への参与、あるいは国家主導の「思想運動」の増幅活動といってよいようなものではないか?そうした運動・活動の担い手は多岐にわたったが、それを宗教集団が担った。そのような形の、近代的な「国家と宗教」の関わりをどうとらえるか?近代日本における「思想運動」「精神教化活動」「宗教運動」などの関係を総合的にとらえる枠組みが必要ではないか?
- 本書はたとえば、鈴木正幸『皇室制度』、山本・今野著『近代教育の天皇制イデオロギー』『大正・昭和教育の天皇制イデオロギー』(いずれも本書で重要な役割を与えられている)のような、「天皇制イデオロギー」「天皇制のマツリ」との「教化・布教」の過程の研究(島薗の枠組みでは「国家神道の普及浸透」)と同列に位置づけられる側面をもつ(p.5-8)が、それを「宗教」に対する外部として扱ってよいのか?
むしろその「内部」に日蓮主義運動があったと見た方がよい面が大きいのでは?「信憑構造」(P.バーガー)の概念は、宗教/世俗を分割した上で関連づけるという前提によっているが、近代日本の宗教の分析にうまく適用できるのだろうか?
(3)方法論について。
構築主義的な方法(?)に基づく「宗教運動論」と国民国家論(?)に基づく歴史の再構成との関係について。また、「徹底した実証」の役割は?
- 日本の宗教社会学における「歴史」の重要性。森岡清美、村上重良、安丸良夫など。近代宗教(運動)研究(新宗教研究はその一部)はその成果をどのように継承発展させてきたのか?宗教集団(宗教思想)をある種の自律性をもった存在としてその「信仰世界」の解明に努めながら、それを歴史的展望を示す理論的枠組みに位置づけるやり方。イエ理論(日本社会の特質と近代化)、マルクス主義、ウェーバー的近代化論、そのヴァリエーションとしてのセクト論・世俗化論、通俗道徳論(ウェーバー=フーコー的近代的主体論)など。これら歴史的展望を含んだ理論的枠組みは近代社会や現代社会をどう自己理解するかに関わっている。それらと本書で採用されている「国体神話と宗教」(p.6-10)という問題設定はどのように関わるのか?もし、宗教運動研究であるとすれば、人々の生活世界の変化にどう関わったかが問われる。が、「ナショナリズム」や「国体神話」の増幅過程が自明のコンテクストとされてしまうと、このような「歴史」に参与する宗教という宗教社会学の初源的問題意識の系譜が見えなくなってしまうのではないか?
- 本書における歴史(と宗教)を展望する大きな枠組みは何か??本書によって近代日本(宗教)史はどのように見直されたか??近代日本の「国家と宗教」についての見方はどのようにとらえ返されるのか??近代日本における仏教について、本書はどのような展望を指し示しているか?ムム本書の豊かな叙述から、これらの問いへの答えがたくさん浮上してくる。が、本書の中ではこれらの問いと答えが明示的に示されている箇所は少ない。読後感として、?─→?と次第に印象をまとめにくくなる。
- これは「理論」に走ることよりも、「実証」を重視したこと、微視的に問題を集約していく手続きが丁寧になされている(ように見える)ことの結果であり、その研究戦略は敬意に値する。また、枠組みに基づく歴史ではなく、従来の枠組みを脱構築する歴史批判の潮流に棹さしているのではないかとも思われる。しかし、??の問いに展開する可能性は十分すぎるぐらい含んでいる研究ではないだろうか?
- 「運動」の記述に力点を置くということで、集団の行動の描写が丁寧になされており、そこに本書の功績があるのは確かだが、そのような行動の描写(たとえば思想的影響関係ではなく)によって、運動の特徴が過不足なく十分に描き出されたといえるだろうか?運動を描くためにどのようなコンテクストを選び、叙述するかはどう説明されているか?「信憑構造」の変化を要因として、運動の展開が説明されるという論述の形が妥当なものかどうか?運動のダイナミックな展開が3段階の移行としてなめらかに説明されることによって、歴史や運動を動かしていく矛盾や葛藤が見えにくくなっていないだろうか(たとえば、日蓮主義から派生してくるラディカル派について示唆はされているがノノ)?また、それは宗教/国家、内部/外部が静的に分けられていることと関わっていないだろうか((2)の問題に接続)?「宗教」「運動」とその外部という枠組みを社会理論=近代理論=宗教理論の根本枠組みに関わるものとして考え直す必要があるのではないか?(問題を広げすぎて、本書の論題を超えてしまっていることは自覚しています。)