■第43回大会委員会企画レジュメ(2009)■
| 企画趣旨 | 伊香報告 | 金報告 |
戦争責任と植民地支配認識 ―教育と研究の架橋にむけて―
委員会
本会ではこれまで、「「新自由主義」時代の歴史学」と題する企画を2年越しで取り組んで来た。今回は、そうした経緯をふまえ、新自由主義的な動向に対する対抗運動を構想し、それを鍛え直す試みの一つとして、戦争責任と植民地支配認識の問題を考える。
世界的な不況と国内の格差拡大に端的に見られるように、新自由主義的な政策の破綻は、世界の随所で顕在化しつつある。それらが、グローバルにもローカルにも、さらなる抑圧と反動を誘発するなか、戦争と植民地支配への対抗という、それ自体世界的な広がりをもつ民主的な動向について、現在の日本社会の状況に即して再検討し、態勢を整えておくことは、時宜に適ったことといえるだろう。
周知のように、2007年7月、「従軍慰安婦」問題について米国の下院本会議で、日本政府に謝罪と責任を求める決議が採択された。このことが、国際的な反響を呼ぶと同時に、日本政府の孤立と独善性を改めて印象づけたことは記憶に新しい。また、「従軍慰安婦」制度の被害者に不用意な分断を持ち込む「女性のためのアジア平和国民基金」が、同年三月、その一二年間の活動を終えて解散した。これらの動向をうけ、金富子・中野敏男編『歴史と責任』(青弓社、2008)が発行されたほか、歴史学研究会でも特集が組まれるなど、近年、にわかに議論が活発化している。
また、こうした動きに先行する形で、日韓や日韓中をつないだ共通教材づくりの試みが、成果をあげてきたことも忘れてはならない。他方、朴裕河『和解のために』(平凡社、2006)が日本の論壇で話題を呼んだほか、「韓日、連帯21」による『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー』(青弓社、2008)も発行されるなど、歴史認識をめぐる議論は、今や新たな様相を呈しつつある。
以上のような動向をふまえ、本企画で特に注目したいのは、教育と研究の架橋という古典的な問題である。言うまでもなく、日々更新される研究状況や問題設定は、「いかに教えられるか」という関心をぬきに論じられるべきものではない。そのなかで、「どうしていまさら責任を問われなくてはならないのか」とか、「日本は植民地に対して良いこともした」といった感覚は、残念ながら依然として根強く、また実は意外に身近なものなのではないかと考える。そして、こうした身近な層を放置せず、ていねいに対応することは、日本の教育現場では近年、思いのほか切実な課題になって来ているように思われる。 しかしながら、ともすればそれに対応するだけの柔軟な説明が共有されていないこと、また、一見良心的な歴史認識が、実は著しくエスノセントリックで男性中心的であることに無自覚であることなどにより、かかる事態に有効に対処できないでいるのが現状と言わねばならない。このことをふまえ、今回は、戦争責任と植民地支配認識をめぐる問題について、研究の側から教育実践に接近するための材料を、伊香俊哉氏と金富子氏に提供していただく。
まず伊香俊哉氏には、国際連盟を中心に形成された「戦争違法化体制」と、そのなかで特定される日本の戦争責任について論じていただく。正義と不正義の所在を法的レベルからとらえる作業は、思いのほかその重要性が見落とされがちなジャンルであり、今回はそれを、現行の教科書記述の問題とあわせて考察する。また、金富子氏には、日韓双方の社会に根強い「植民地近代化論」の問題点を、植民地教育の実相から提示していただく。民族や階級の視点に加え、ジェンダーの視点を加味することで、広汎な問題群が可視化されることに注意したい。そして、コメントは今野日出晴氏にお願いした。歴史研究の側から提示された材料を、教育実践につなげて論ずるヒントをいただけるであろう。
今日、「和解」や「対話」といった、それ自体否定しえない用語のもとで、玉石混淆の多様な取り組みが展開されている。そのなかで、侵略や植民地主義への相も変わらぬ無理解や、対話相手をステレオタイプに一括する暴論が再生産されていることも事実である。なかには、「和解」を急ぎそれを自己目的化したり、自らの体験を特権化し、あたかも当該社会を知悉した‘広報窓口’であるかのように振る舞う傾向も看取される。私たちはいま、そうした危険を慎重に回避しながら、対話という肝心な場面において、未来への生産的な手応えを育んでいかなくてはなるまい。本企画が、そうした実践に寄与するものになれば幸いである。
■ホームへ移動 | ▲ページの最初に移動「戦争違法化体制」と日本
伊香 俊哉
この度、委員会より与えられた報告の課題は「歴史認識をめぐる研究の現状と課題について、教育実践との関係で再検討するための材料を……提供」するというものであるが、その「歴史認識」というのは「戦争責任と植民地支配認識」を中心に措定されている。
この課題設定に対して、今の私の力量で応えられるとすれば、日本の十五年戦争をめぐって、戦争自体の侵略性・犯罪性というものは当時の国際法状況においてどのように把握することができるのかという点を中心に報告するということになるであろう。そして「教育実践との関係で再検討するための材料を提供する」という点について述べるならば、戦争をめぐる国際法という視角を導入することで、現行の高校教科書には表れていないような、どのような歴史的な問題が見えてくるのかということを議論したいと考える。現時点では、まだ確定的ではないが、以下のような構成で報告を予定したい。
はじめに
本報告では、国際連盟(規約)成立により立ち上がった「戦争違法化体制」―実質的な侵略戦争を国際法上違法なものとし、それを開始した国に対して連盟国が制裁を実施しうる国際体制―の動態を分析することを通じて、十五年戦争をめぐる新たな視点を提示する。
1 高校の日本史教科書記述における戦争をめぐる国際法
戦争にかかわる戦時国際法、国際連盟規約、不戦条約、軍縮条約などが現行高校日本史教科書でどのように扱われているのかを以後の分析の前提として確認する。
2 「戦争違法化体制」について
「戦争違法化」が第一次大戦の経験の中からどのように出現したのか、国際連盟創設過程において日本はどのような国際秩序観に基づいて行動したのか、連盟規約による実質的な侵略戦争の違法化はどのような内容のものであったのかを検討する。
3 「戦争違法化体制」強化の潮流
国際連盟により形成された「戦争違法化体制」は万全ではなく、その後国際連盟内では「戦争違法化体制」強化をめざす動きが現れる。また連盟外では不戦条約が締結された。このような動きに日本はどのような反応を示したのかを検討する。
4 十五年戦争と「戦争違法化体制」
戦争違法化体制が存在するなかで日本はどのような論理で武力行使を拡大したのか、戦争違法化体制は日本の戦争にどのような影響を与えたのかを検討する。
おわりに
■ホームへ移動 | ▲ページの最初に移動植民地教育の実相から植民地支配認識を問い直す
金 富子
1990年代初頭に日本社会に衝撃を与えた「慰安婦」問題は、日本政府の植民地支配認識の表明に転換をもたらした。「慰安婦」制度への軍の関与と官憲の加担とともに日本「統治下」での強制性を認めた河野洋平官房長官による「河野談話」(1993年8月)、「侵略行為や植民地支配」を謝罪した細川護煕首相の所信表明演説(同年同月)、「植民地支配と侵略」に対する反省を国内外にアピールした村山富市首相の「村山談話」(95年8月)などがそれである。1965年韓日基本条約には文言にすらなかった植民地支配への反省・謝罪が、1990年代にようやく明言・明記されたのである。
しかし1995年当時、吉田裕氏が「国民の歴史意識の深化が政策の転換を促すという関係が必ずしも存在せず、対外的な政治的必要性が最大の動因となって政策の転換が進」んだため、「対日批判に対する感情的反発が偏狭で攻撃的なナショナリズムに転化する可能性」を予測した(『日本人の戦争観』)が、それは90年代後半以降に歴史修正主義の台頭として現実のものとなり、現在に至っている。
その決定的な契機は、02年9月の日朝首脳会談を契機にした北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による日本人拉致事件の浮上であろう。 "北朝鮮=悪魔"の図式ができあがるとともに、植民地支配の清算をもちだすのは利敵行為であるかのような雰囲気になった。日本の長引く不況、新自由主義的価値観の浸透、格差社会の到来がこれを後押しした。日本人の多くは被害者意識に囚われ、加害責任論どころではなくなった。マンガ版植民地近代化論というべき『マンガ嫌韓流』(05年)が60万部も売れたのも偶然ではない。新自由主義に飲み込まれた韓国でも、ニューライトが台頭し経済学者により植民地近代化論が盛んに唱えられている。韓国側から主唱された歴史問題への「和解論」も、その系譜に位置づけることができよう。
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