東京歴史科学研究会

■第44回大会個別報告レジュメ(2010)■

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日本古代における皇后制の成立―「大后」から「皇后」へ―

鈴木 織絵

 『国史大辞典』(吉川弘文館)では皇后を「天皇の嫡妻。古くは天皇の妻室を「きさき」といい、その最上位者を「おおきさき」と称し、『古事記』はそれに大后の文字を充てたが、『日本書記』は中国の制に倣って皇后と記している。」と、天皇(大王)の妻が、記紀の編纂において「大后」「皇后」と表記されたとする。大宝律令では、天皇のキサキの序列を皇后・妃・夫人・嬪とし、仁徳天皇から天武天皇に至る歴代皇后がいずれも内親王であること、後宮職員令妃条では皇后の次位である「妃」の出自は内親王とすることから、皇后は「内親王より選定されるのを原則とした」と説明している。

 このように大宝律令では皇后の出自を「内親王」とする令意があるが、この規定は中国の律令にない。中国には同姓不婚の原則があり、皇后は必ず皇帝の異姓から選ばれる。したがって後宮職員令妃条は、日本における王権内部の婚姻を反映したものといえる。しかし、この婚姻と「大后」の称号がヤマト政権の伝統的な形態を示しているともいえない。例えば『日本書紀』に欽明天皇の妃で推古天皇の「皇太夫人」とある堅塩媛(蘇我稲目の女)は、『日本書紀』以前に作成された天寿国繍帳銘には「大后」とある。このように「大后」と伝承されたキサキが全て『日本書紀』で「皇后」と表記されていない。歴代皇后の多くが内親王なのは編纂段階で、皇后を内親王より選びたい王権内部の意志を『日本書記』に反映させたもので、令制以前の「大后」は、大王の有力な妻や母を示す曖昧な称号であった。

 「大后」が「皇后」となる画期は、天武皇后の鵜野讃良皇女(天智天皇の女、のちの持統天皇)で、皇后の称号は天武朝頃に成立し、飛鳥浄御原令以降に法の整備が進められた。この時期に皇位継承順位と関連して、内親王(皇女)を最上位の「皇后」とする序列が形成され、これに基づいて『日本書紀』の皇后記事が編纂されたと考えられる。

 しかし律令成立後、皇后となったのは藤原光明子で、その後の多くの皇后は藤原氏より輩出されるようになる。内親王ではない光明子の立后の歴史的意義については、従来より多くの研究蓄積があるが、内親王を皇后の出自の原則とする検討は、幼い皇太子が成人するまで皇后が中継ぎで即位する「女帝中継論」と、藤原氏出身皇后の検討では、藤原氏が天皇の専制権力の一部を掌握する「藤原氏陰謀史観」と関連づける研究が主流であった。

 しかし近年、「女帝中継論」「藤原氏陰謀史観」は、近代天皇制に影響を受けた歴史解釈であったことが指摘されている。また天皇号は天武朝に成立した説が有力視されており、皇后の称号もこれと関連した歴史的展開を検討する必要がある。

 以上から本報告では、皇后号の成立と記紀における「皇后」、光明子の立后と後宮職員令妃条の令意と関連し、奈良・平安初期の立后を検討することを課題としたい。

『人民の歴史学』183号に掲載

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近世対外関係をめぐる認識形成―18世紀前半の平戸藩を中心に―

吉村 雅美

 近世対外関係の「四つの口」は、寛永期に実態として成立し、18世紀前半にその体制が定着した後、寛政期から文化期に「鎖国祖法観」の成立にともなって意識化されたという理解が一般的である。この「口」の意識化については、近世後期における幕府および各「口」の認識が明らかにされる一方で、「口」以外の地域が近世を通じて対外関係をどのように認識し、そのなかにどのように自らを位置づけたのかは十分に検討されていない。

 そこで本報告では、中世から近世初頭には倭寇の根拠地・ヨーロッパ商人の貿易拠点でありながら、「口」としては位置づけられなかった平戸藩において、対外関係と自らの関わりがどのように認識されていたのか、18世紀前半における対外問題や同時期成立した記録・由緒を中心に検討する。そして、「口」以外の地域の視点から、近世前期における幕府の対外関係と地域の関わりの特質を明らかにする。具体的には、次の三点を中心に考察したい。

 第一に、18世紀前半の対外関係と平戸藩の関わりについて検討する。正徳新例による船数制限のために、唐船の不法行為が増加したことを受け、幕府は九州諸藩に唐船打ち払いを実行させた。享保3年、平戸藩主は「異国船防御」の方法を幕府に言上するとともに、異国船の模型・オランダ鉄砲などの資料を上覧に供している。近世初期に対外関係の窓口であった平戸藩が有していた異国船に関する知識・情報を、幕府が必要としていたことを指摘する。

 第二に、唐船打ち払いおよび幕府の系譜編纂を背景として、平戸藩が近世初期以来の対外関係と自らの関わりを再認識したことを明らかにする。享保期において、平戸藩は寛永期の藩主松浦隆信の碑銘を採録し、隆信が「異邦貢献之官舶・商船」および「異客」との関係を掌握していたことを再確認している。このほか、藩は藩士の先祖書を編纂し、城下町人所蔵の判物を収集するなかで、対外関係と藩士・町人との関わりについての認識を形成していったと考えられる。

 第三に、平戸の地域社会において藩側の動向とは別個に成立した、近世初期対外関係に関する記録や由緒について検討する。平戸出身のオランダ通詞に関する記録・自らを朝鮮人の子孫とする由緒・「摩訶陀国」へ赴いたとする海商の記録などを事例に、「四つの口」を通じた関係に限定されない東アジア海域との交流や、長崎に先んじてオランダ商館との交流を有していたという歴史性が主張されていることを指摘する。そして、由緒・記録の作成契機や作成された家の藩や地域社会との関わりや、について考察する。

 最後に、18世紀前半の平戸藩における対外関係に関する認識を、近世後期の平戸藩や幕府の認識と比較する。そして、本格的な対外危機に接する以前の段階で、「口」以外の地域において対外関係との関わりがどのように認識されていたのか明らかにし、その認識が近世後期における藩・幕府の認識や対外政策にどのような影響を与えたのか展望したい。

『人民の歴史学』183号に掲載

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融和運動と女性教化(仮)

大高 俊一郎

 本報告は、一九二〇〜三〇年代における融和運動による女性を対象とした活動を検討し、融和運動史研究の領域から、戦前期における部落問題と女性とのかかわりを論じるものである。

 部落問題と女性をめぐる従来の研究では、被差別部落女性を身分差別・性差別・階級差別という差別の三層構造のもとで抑圧された存在として把握するという認識にたち、主として婦人水平運動および被差別部落女性の生活史が注目され、これらの分野で一定の研究が蓄積されてきた(鈴木裕子『水平線をめざす女たち―婦人水平社運動史』ドメス出版、一九八七年、多田恵美子『唄で命をつむいで 部落のおばあちゃん、母、そして私』青木書店、二〇〇〇年)。しかし、当事者である被差別部落女性が文字史料を残すことの困難さから、女性史・ジェンダー史の観点からのアプローチは、その必要性が強調されつつも、実際には部落史研究のなかでもっとも立ち遅れていると言わざるを得ない。なかでも、本報告が対象とする融和運動史研究においては、とりわけその立ち遅れが顕著であり、わずかに一九三〇年代前半に展開された婦人融和運動についての分析がなされている程度である(黒川みどり「融和運動機関紙誌に見る女性」『歴史評論』四七九号、一九九〇年、北野裕子「婦人融和運動に関する一考察――全国婦人融和連盟設立前後の状況を中心に」仲尾俊博先生古稀記念会編『仏教と社会』永田文昌堂、一九九〇年)。また、先行研究においては、女性史・ジェンダー史の観点から部落問題を取り上げる場合、その主たる対象は被差別部落女性であった。

 本報告では、先行研究と異なる素材とアプローチを用い、従来の研究では視野の外におかれていた被差別部落外の女性の存在にも注目し、融和運動による被差別部落内外の女性に対する活動を検討する。その際、本報告が重視するのは、同時期における政府や教化団体による教化政策・教化運動の展開と、女性を対象とした融和団体による活動との関連である。

 よって報告では、第一に同時期における女性教化の動向を整理し、そのなかでどのような望ましい女性像が提示されたのかを検討する。なぜなら、当該期の融和運動は、同時期の教化運動との連携を模索しつつ実践されたからである(大高俊一郎「一九二〇年代の融和運動と地域の部落問題――神奈川県青和会の活動を手がかりに」『日本史研究』五〇五号、二〇〇四年九月)。また、融和運動と女性とのかかわりを取り上げた先行研究では、一九三〇年代以降を検討の対象としてきたが、本報告が一九二〇年代からを検討の対象とするのは、第一次世界大戦後、女性教化の内実が総力戦段階に適合的なものへの改編され、それが融和運動に影響するとの理由による。

 それをうけて第二に、融和運動内部における部落問題と女性とのかかわりに関する議論を検討し、そこにみられる女性観と部落差別解消との関連を検討する。

 以上をふまえて第三に、女性に対する取り組みに積極的であった融和団体・神奈川県青和会を事例として、地域社会レベルで女性に対する融和運動の実践がどのように遂行されていったのかを検討する。

 これらの検討を通して、部落問題と女性にかかわる研究の深化と、その新たな領域を開拓するとともに、女性史・ジェンダー史的なアプローチを媒介項として、日本近代史研究と部落史研究とを架橋する試論とできれば幸いである。

『人民の歴史学』183号に掲載

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